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第8話 the Rockets' Red Glare




 ――エルドリク達が燃え盛るアントナムに辿り着く、ほんの数時間前の事であった。


「……ありゃ?」


 やや雲が多目の青空の下、アントナム市壁の『東側』で歩哨をしている一人の二等兵がいた。

 若干青色がかった灰色の軍服に、黒い軍靴、そして簡素な衣装の革製ヘルメットと、極めて一般的なセンラック陸軍歩兵の二等兵である。

 市に駐屯する第20歩兵連隊所属のこの二等兵、ふと、空の彼方、雲にまぎれて動く『なにか』がいるのに気がついたのだった。

 歩哨の二等兵は雑嚢より双眼鏡を取り出すと、その動く『なにか』を改めて見た。

 随分と遠くにいるためか、双眼鏡を通しても委細までは解らなかったが、しかしそのシルエットだけで正体は明らかだった。


「……あれは……『ワイバーン』!?」


 二等兵は驚きの声をあげた。

 コウモリ然とした翼に、深緑色の鱗、蛇の様に長い首、そして角の生えた鰐に似た顔立ち。

 『ワイバーン』だ!間違いあるまい!

 『竜種』と呼ばれる、極めて特殊な爬虫類の一種が『ワイバーン』。

 雲の彼方に見え隠れする姿は、確かにワイバーンだった。


 ――『竜種』を爬虫類に分類する事には学者の間でも今なお激しい議論があるが、ひとまずは定説に従っておこう。

 『竜種』は『ドラゴン』『ワイバーン』『ワーム』の三種に分類され、四つ脚がドラゴン、二つ脚がワイバーン、脚が無い蛇体なのがワームであり、三種全てに共通するのはコウモリのように飛膜のある翼だ。

 そしてその全ての竜種に共通する見逃せない特性として、『上級の魔族と心を交わす事ができる』というものがある。

 おそらくは魔族が先天的に持つ魔術能力に依るのであろうが、竜種を家畜や騎兵として運用できるのは魔族のみだった。

 口から火炎を吐き、空を飛び、その巨大な体躯を硬い鱗で守られたこの恐るべき動物を、人間もまた自ら使役せんと何度となく試みた。だが結局は時間、資金、そして人命を浪費しただけに終わった。

 竜種を使役するには、ある種の魔術的感応能力が不可欠なようなのだ。


 ――そんな竜種が、ワイバーンが、街に近い空を飛んでいる。

 天然の竜は魔族領域内、それも火山地帯付近しか生息しない。

 と、言う事はである。


「……なんてこった!魔族の連中がこんなところまで!伍長どのーー!伍長どのーー!」


 二等兵は、一番近くにいる上官の名を叫んだ。

 叫ぶように呼ぶ声にに、件の伍長がすっ飛んで来る。


「何だ!騒々しい!」

「伍長どの、あれを!」


 伍長は二等兵より双眼鏡をふんだくると、二等兵の指さす方にレンズを向ける。

 空飛ぶ羽つき蜥蜴を見つけた伍長は、二等兵と同じようにアッと叫んだ。

 そして、双眼鏡越しに舐める様に彼方のワイバーンを観察する。

 ――何度見ても、確かにワイバーンである。

 念入りに確認した後、伍長は叫んだ。


「連隊本部に伝令!連隊本部に伝令だ!急げ!」


 ――伝令兵が、連隊本部へと急行した。

 が、しかし第20歩兵連隊が態勢を整えるよりも、『魔王軍』の動きの方がずっと速かった


 歩哨達が最初のワイバーンを発見してから数分と経たず次のワイバーンが出現し、次のワイバーンが、また次の、また次のと、ワイバーンは数が瞬く間に増していく。


「ひい、ふう、みい……二十騎。……いや、まだ増えるか!?」


 伍長は増え続けるその数に目を剥いた。

 数に加えてその統制のとれた動きから、魔族の『竜騎士』部隊なのは明らかだった。


 人間側では乗馬歩兵、あるいは精鋭銃騎兵を指して『竜騎兵』と言うが、竜と名前につけど実際は馬に乗っている。竜にようにカービン銃が火を吹くことからついた、アダ名みたいなものだった。

 対し魔族の『竜騎士』は、本当に火を吹く本物の竜種に跨っているのだ!


 ……とは言え、竜は見た目こそ恐ろしいが、現代戦における実力の程は大した事が無い。


 派手な火炎ブレスは、一見恐ろしい武器だが、有効射程は20メートルから30メートル程度。砲はおろか銃にすらその射程で大きく劣るのだ。

 硬い鱗も、銃弾や砲弾を防ぐほどには頑丈では無し、何より翼の飛膜が脆弱で、これを破られると飛べなくなってしまう。見た目に反して竜騎士は実に脆い。

 その飛行能力こそ脅威であるが、巡航速度は決して速くは無い。

 搭載できる兵員、貨物の量も多くは無い。いや、むしろ少ないといっていい。

 竜種は繁殖数も多くない為、数をたのみに攻めることもできない。

 火薬登場以前であればその機動力と火炎攻撃は極めて脅威で、弓矢程度でこれに対抗するの実に難事であった。だが現代においては費用対効果に見合う兵科では無いと、言うのが人間側の結論であった。要するに『時代遅れ』ということだ。


 ――だがそれは、人間側に竜騎士を迎撃する用意が整っている場合の話だ。


「マズイぞ」


 伍長の額に冷や汗が流れた。

 対竜騎士戦の基本と言えば散弾を大砲に詰めてぶっ放すことだが、第20歩兵連隊の装備には大砲がない。小銃と銃剣、あと少々の拳銃とサーベルが装備の全てだ。兵数にしたって二千程度に過ぎない。


「連中が分散して市街地を襲えば……」


 街全体を防衛するには兵隊の数が足りない!

 竜騎士を小銃で迎撃する事も不可能ではないが、その為には一定数の兵力を密集させて弾幕を張る必要がある。決まった拠点を守るだけなら兎も角、脚の速い竜騎士相手に追随し、隊を密集させ、狙い、弾幕を張るのは不可能だ。

 市街地にブレスで手当たり次第に火を点けられれば――どうしようもない!


「――!」


 そんなこんな考えている内に、竜騎士部隊がが動き出した!

 雑な編隊を組みながら、伍長達のほうへ向かって直進して来る!


「いかん!整列!整列!」


 伍長は手近な兵士達に号令を発し、ラッパ卒が集合ラッパをかき鳴らす。

 集まった歩兵達は集結し、三列横隊を組んだ。やや古臭いが、歩兵の基本中の基本の隊形だ。


「照尺100ヤード!」


 伍長の号令に、兵士達は照準器を一斉に100ヤードに合わせた。

 騎馬警官のカービン銃に比べると、歩兵用の前装式ライフル銃は遥かに長い銃身を持っている。

 有効射程は300ヤード、最大射程は1000ヤードであるが、命中精度と威力を考えて伍長は100ヤードに

照尺を合わせさせた。

 竜は馬よりも脚が速い。最初の斉射で仕留めなければ、今度は彼らがブレスで焼き殺されるのだ。


「撃ち方用意!」

「構え!」

「狙え!」


 伍長の号令に従い、よどみなく兵士達は動く。

 辺境部隊とは言え、訓練は欠かした事は無い。

 絶えない訓練こそが兵士の強さを決めるのだ。


 敵の竜騎士が、距離500メートル付近にまで接近してくる。

 

「ん?」


 この時伍長は、相手の竜騎士の奇妙な部分に気がついた。

 竜騎士達の跨るワイバーンの二本の脚に、得体のしれない何かが括りつけられている。

 太い筒を4本束ねたモノで、左右に同じモノが括りつけてあるため、筒は全部で8本にもなる。


 伍長が八本の筒に気づいたのと殆ど同時に――伍長達には聞こえなかったが――ワイバーンに跨った竜騎士が小さく呪文を呟いた。

 魔族の用いる魔法の内、最も初歩的な術の一つ。術者のごく近くの場所に、小さな種火を起こす術。

 術により生じた火は、筒の一つに搭載された『あるもの』に、より詳しく言えば『あるもの』から延びた『導火線』に着火する。


「――なっ!?」

「ふ、ふせろぉぉぉぉぉ!?」


 伍長らは目玉が飛び出す程に驚き絶叫した。

 彼らの方へと、風きって黒い何かが飛んで来るのだ!

 それはワイバーンに括りつけられた『発射機』より飛び出してきた。

 煙の尾をひき、一直線に伍長たち向かって飛んでいき――爆発した!


「――」 


 金属の破片が散弾のようにバラ撒かれ、それらは歩兵達に次々と突き刺ささる。

 あるものは腹を割かれて腸をぶち撒け、あるものは足を裂かれて地面に倒れ伏した。

 特に不運だったのは伍長だった。破片は彼の頭部に直撃し、即死させた。

 一発で戦列は崩れ、歩兵たちは散り散りになった。


 その様を見るや否や、他のワイバーンからも、次々と同じ『あるもの』が発射される。

 それらはアントナム市街へと降り注ぎ、金属片と火炎をまき散らした。

 絶叫があがり、火の手が上がった。



 ――大陸暦1864年。

 魔帝国軍による宣戦布告なしのセンラック武力侵攻により『第四次北部戦争』は始まった。

 この戦争には、これまでの魔帝国対センラックの戦争とは大きく異る部分があった。

 『それ』の登場も、異なる部分のひとつ。

 人類側が初めて火器を大々的に戦場に持ち込み魔族に対して大勝利を収め、大陸の歴史の転換点となった『丘陵の戦い』よりちょうど250年。

 この戦争において初めて、魔族はそれまで頑なに拒否し続けていた火薬武器の使用に、遂に踏み切った。

 『それ』は、魔族独自の技術が使用された新兵器であった。


 その新兵器を、人間はこう呼んだ。

 『ロケット』と。





◆魔/勇◇





 人類にとって火薬を用いた兵器と言えば、常に『銃』と『砲』であった。


 現在から遡る事、ょうど二五〇年前、大陸暦1614年の夏ごろ。

 この時起こった『丘陵の戦い』より、人類にとっての『火器の時代』は始まった。

 魔帝国より攻めてきた、もう何度目かの『遠征軍』を迎撃した1614年の人類軍は、これまでの人類の軍隊とはあらゆる意味において一線を画していたいた。


 それは、『火縄銃アークエバス』と『射石砲ボンバード』で武装された軍隊であった。


 魔王自ら率い、上級魔族の武将達が綺羅星の如く集った遠征軍は、勇者や騎士のような『選ばれし者』でははない、『とるに足りない雑兵達』が操る、この二つの火器に粉砕されたのだ。

 『荷車要塞』――荷車の両側に鉄板や革張りの厚い木板で装甲化した移動式防御装置――の即席の胸壁や、一晩で掘った塹壕土塁の後ろに、火縄銃兵を潜ませ、射石砲を据え付ける。

 そうして野戦築城された丘陵へと魔族軍をおびき出し、何も知らぬ魔族へと出し抜けに、鉛と大理石の雨を叩きつけたのである。


 無駄に大きく、不合理・不効率の塊で、連射力もまるで無かった『射石砲』だが、その鉄製の砲身より発射された大理石の砲弾が、魔族軍へと与えたその影響は大きかった。

 『射石砲』の射程距離は、魔族側の一般的な魔法攻撃の間合いを大きく凌いでいたからである。

 その轟音と、発射される大きな砲弾は、実際の威力以上に強力な『精神』への破壊力を有していた。


 射石砲が『脅し』に大きな効力を発揮する陰で、実際に魔族の多くを討ちとったのは『火縄銃』だった。

 連射力は一分間に二発から三発。射程はおおよそ50メートル。

 お世辞にも高性能とは言い難かった『火縄銃』だが、その威力は弩や弓を大きく凌駕し、鉄製の鎧を軽々と貫通すことができた。

 連射力の低さと、次弾装填の際に無防備になる欠点は、数を揃えて一斉に発射する事と、防御装置を利用することで補う事が出来た。

 丘の上から次々と発射される丸い鉛の弾丸は、丘を駆け昇って防御陣地へととりつかんとする魔族軍へと容赦なく襲い掛り、その命を奪いとった。


 それでも、種としての身体能力は人類を超越した魔族である。

 相当数の魔族が、陣地に取りつく寸前にまで肉迫出来たのだ。


 しかし魔族達に前には、重装歩兵の防御方陣が立ちふさがっていた。

 人類側にも、魔族に肉薄された射手や砲手が虫を潰す様に容易く殺されてしまうであろう事は予測できていた。

 だからこそ、『下馬騎士』と『重装歩兵』により編成された歩兵部隊を置き、文字通り『肉の壁』として迫る魔族を待ち構えていたのだ。


 『斧槍ハルバード』や『長槍パイク』で武装した歩兵部隊は当時の勇者自らが率いており、何としても射撃陣地を潰さんとする魔族軍の必死の猛攻撃を、真っ向から受け止めた。

 ここでの戦いは一両日にも渡った『丘陵の戦い』における、人魔の死闘の最激戦区となった。


 人間歩兵部隊と魔族軍の戦闘はまさにこの世の地獄だった。

 次々と人間の戦士達は血の池に沈み、首を刎ねられ、臓物をまき散らし、死んでいった。

 しかし彼らの中で誰ひとり、後退したり、逃げ出す者はいなかった。

 自分達の背後にいる射手・砲手達こそがこの戦いの要であり、ここで自分達が『盾』の役割を放棄すれば即座に人類側の敗北が決定する事を、歩兵たち全員が自覚していたからだ。


 この『丘陵の戦い』は『火薬革命』による歴史のパラダイムシフトを告げるモノであったと同時に、『勇者』と『騎士』達の長い戦いの歴史の、最後にして最も輝かしい瞬間でもあった。


 そもそも『勇者』と『騎士』の役割は、その身を以て『人類の盾』と為す事にある。

 だとすれば彼らがその役割を、この戦いでの働き以上に成し遂げたことはないであろう。


 勇者率いる歩兵部隊の血みどろの奮闘と、銃身が焼けつき砲身が破裂する程の激しい射撃の雨に、遂に魔族軍がその攻撃の勢いを失いつつあった時、その時を待ち続け、戦場の片隅で息を潜めていた槍騎兵達に、出撃の合図が出た。

 槍騎兵達は魔族軍の背後へと迂回し、奇襲突撃を仕掛けた。

 疲れ切り、士気は萎え、勢いを失っていた魔族軍は、この突撃にひとたまりもなかった。


 魔族軍は壊滅、潰走した。

 なんと当時の魔王自身も火縄銃兵の銃撃により討ち取られ、多くの上級魔族も魔王のあとを追い、魔帝国の根幹を揺るがすほどの大損害を魔族は被った。


 ――人類側の大勝利であった。

 魔王軍は、丘を越える事を遂に果たせなかったのだ。


 無論、人類側の被害も甚大であった。

 特に被害が酷かったのは勇者率いる歩兵部隊で、損耗率は何と七割にも及んだ。

 多くの者が戦死し、生き残った者も大半が手か足を無くしていた。


 勇者自身も致命傷を負い、翌朝、力尽き息をひきとった。

 彼の命の灯は、夜明けの風に吹き消された。

 しかし死を目前にしながらも、彼の眼差し希望に輝いていたと年代記は伝える。

 勇者の家に生まれながら、先天的に不具を抱えていた彼は、故に新しい戦い方を生涯模索し、遂に成し遂げたのだ。

 彼は自分の生み出したやり方が、世界を変えるだろう事を確信しながら逝った。

 彼の確信は正しかった。銃砲の威力により、人類の夜明けは訪れたのだから。


 彼が火器の開発を思い付いた最初の切っ掛けは、錬金術師の実験の過程で偶然生まれ、しかし出来た当初は火の魔法に劣る事から注目すらされなかった『黒い粉』が、さる街で『花火』に使用されていたのを見た事であったと、年代記は伝える。

 果たして『火器』を産んだその親は、取るに足りぬ木製の『ロケット花火』であったのだ。


 人類が火薬の炎を武器としてより二五〇年。

 皮肉にも、人類に火器をもたらした取るに足りぬ『玩具』の後裔が、『ロケット兵器』へとその姿を変え、人類へと襲いかかる。



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