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第7話 Escape from Northwall



 ウォルシュ中尉率いる槍騎兵達と別れたあと、俺達第21乗馬警邏隊と在郷義勇軍の面々は保護した住民達を護衛しつつアントナムを目指し出発した。

 ノースウォールからアントナムまでの道のりは、歩きで急げば1日、通常であれば2日で踏破できる程度の距離だ。特別遠いという訳でもないが、しかし歩みの遅い地域住民の列を連れての逃避行になる。果たして、アントナムに到着するのにどれほどかかるものか、見当もつかない。


(北部辺境にも『鉄道』が通っていりゃぁ……)


 胸中で愚痴り、嘆息する。

 無いものねだりと解っていても、あの鉄の巨体が煙を吐きながら駆けつけてくれればどんなに心強いかと考えてしまう。

 この大陸における移動と輸送の最先端技術、それが『鉄道』だ。

 三十年ほど前に登場した当初は、金持ちの道楽だの鋼のオモチャなどと色々と揶揄されたとか聞くが、現在から思うと当時の連中は余程見る目がなかったと言わざるをえない。日々進化を重ね、今や大陸には網の目のように線路が縦横無尽と延びているのだ。

 無論、だからといって馬のような従来の移動手段が廃れたわけでもない。

 線路を敷くのも機関車をこしらえるのにも莫大な金がかかる。こと我らが祖国センラックは、なまじ国土がだだっ広いぶん首都周辺の主要な都市の間を繋ぐので精一杯で、北部辺境などにはまるで手が回っていなかった。アントナムのような主要都市にすら鉄道が通っていないのが哀しき現状で、今だこっちじゃ馬や牛、そして河船が移動輸送の主流だ。

 幸い、アントナム市の中央を流れるヴィー河は水深が深めで川幅も広い。つまり大型の船でも乗り付けることができるのだ。連絡さえつけば、中央より河伝いに救援軍が来てくれるだろう。


(だからこそ、だ)


 一刻も早く、アントナムへと辿り着かなければならない。

 俺は振り返り、背後に広がった有様を改めて見た。


「余計な荷物は置いていけと言ったろう!今すぐそのデカブツを馬車から落とせ!」

「冗談こくな!この間収穫済ませたばっかなのにそんなことできるか!」

「テメェの馬車が遅いから後ろがつっかえてんだよボケ!」

「遅いのはテメェのところが牛車だからろうが!」

「くせぇ!こいつ糞垂れやがった!」

「赤ん坊を泣きやまさせろ!」

「アンタこそ黙りなさいよ!アンタが怖いって――おーよしよし!」


 そしてその地獄絵図っぷりに頭を抱えた。

 長く真っ直ぐに伸びた車列に、荷物を背負った農民の群れ。

 怒鳴り声、鳴き声、家畜の鳴き声の大合唱。

 おまけに色んな臭いが混ざり合って、もう何がクサイかも判らない悪臭が風に乗り、俺に鼻へと突き刺さる。


「……ハァ」


 静かに溜息をついたあと、 右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れる。

 サーベルを抜き、それを掲げてぐるぐると回しながら、俺は馬を走らせた。


「余計な荷物は捨てろー!一刻も速く!急がんと魔族が来るぞー!魔族が来るぞー!」


 避難民の行列の横を逆向きに駆け抜けながら、俺は目立って動きの遅い馬車や牛車へと怒鳴り散らしていく。


「フィリップさん!この猪の肉は捨てて行って下さい!」

「でもね少尉さん!まだ一口も食べてないんですよ!」

「だからって言ったってコレは邪魔です!息子さんに歩かせて肉を馬車ににってどういう判断ですか!」


「馬鹿者!助けあって進まんかー!ダンカン!フィンの息子を牛車に乗せてやれ!」

「ふざけんな!なんでこんな糞ガキを俺の牛車に!」

「言うこときかんと貴様を引きずり落として代わりにガキを乗せるぞ!つべこべ言わんとはよ動かんか!」


 マクレラン少尉や、パトリック曹長も俺と同じように怒鳴り散らしながら走り回っている。

 これまでの任務では出来る限り地元の連中に好かれるよう努めてきたが……それもこの一件で全部チャラだろう。

 まあ良いさ。横柄に怒鳴り散らして嫌われるのも一興。

 いずれにせよ、死ぬよかマシなんだから。




◇勇/魔◆




 長い行列はえっちらおっちら進み続け、気がつけばもう日が落ちる時分になっていた。

 オレンジ色の太陽が地平近くにある。もうすぐ夜が来る。


「全隊!止まれ!」


 俺が大声で叫ぶのに合わせて、ラッパ卒が合図のラッパを鳴らして回る。

 みな半日歩きっぱなしで疲れたのか、どっこらせと地面へと座り込んでいくのが見えた。



「……今日はここで野営するしかないな」

「ですな」


 俺が呟いた言葉に曹長が頷く。

 空を見れば浮かんでいる雲はわずかで、これならば星明かり月明かりで夜になってもそこそこ視界はきくだろう。


「全行程の半分……いや三分の一強といった所かな」

「セーランの丘を過ぎて一時間ですから、そんな所でしょうな」


 アントナムまで、あと約三〇キロ。

 通常の行軍ならばさして遠い距離でもないが、言い方は悪いが『大量のお荷物』を抱えた現状では恐ろしく長い距離に感じる。


「明日一日朝から晩まで歩いて、もう一回野営すればアントナム……か。上手く行けば」

「上手くいけば、ですな」


 不幸中の幸い、今日は駐在所での駱鳥騎兵の攻撃以来、魔王軍の姿は全く見かけていない。

 細長く伸びた列の横っ腹を突かれるのでは、と行進中ずっと気が気でなかったのだが、今日一日に限っちゃ杞憂に終わってくれたみたいだ。


「曹長、この付近に水場はあるか?」

「お待ち下さい。ええと……」


 歳のせいかなかなか思い出せない曹長の変わりに、答えたのはマクレラン少尉だった。


「水場に関しては、気軽に歩いて行ける距離にはありません。ただもう2、3キロ先に進めば小川が流れていた筈です」

「どうも少尉」

「……どうも少尉さん」


 思い出すまで待ってもらえず、やや不満顔な曹長の傍らで俺は考える。

 水場が近くにないのは、野営の場所としちゃ適しているとは言えない。だが空を見ればもう陽は地平すれすれであるし、視線を地上に戻せば我が隊も義勇兵も、それに避難民たちも疲れきっている様子なのが解る。


「……致し方無い、ここで野営する。曹長!少尉!」

「ハッ!」

「はい隊長!」


 避難民の行列、そのなかの馬車や牛車のほうを指差しながら俺は二人に指示を出した。


「騎馬警官と義勇兵を使って避難民を一箇所に集合させるんだ。それと馬車と牛車を集めさせろ」

「『車陣』を組むので?」


 曹長にはもう俺が何をしようとしているか解ったらしい。

 さすがは古参兵と、感心して俺はニヤリと笑いかけた。

 俺のような若造士官の考えそうなこと程度、お見通しということか。


「今の時分から野戦築城する時間はないからな。車から馬と牛を外して、円の形に配置するんだ。牛、馬、避難民に手持ちの荷物はすべて、この円陣の内側に集合させる」

「道の真ん中で、ですか?高所ではなく?」


 マクレラン少尉から当然の問いが出てきた。

 確かに道の傍ら、少し歩いて行ける距離には小高い丘がある。

 陣地を張るなら高所というのが軍事上の常識だが、今は教科書通りにできない理由がある。


「みんな疲れきってるんだ。丘の上まで車を持って行って並べ直す体力があると思うか?」

「……なるほど。ですが、失礼を承知で具申させて頂くならば、ここでは見晴らしが悪すぎます」


 少尉の心配も理解できる。

 実際に道の両側はなだらかとはいえ緩い丘陵が連なっている。見晴らしが良いとはお世辞にも言えない。

 加えて、魔族どもはいつなんどき、どこから襲ってくるか解らない。用心深くあらねばならないのは当然だ。


「あの丘の上に歩哨を立てる。あそこからなら付近一帯を遮るものなく見渡せる」


 周囲で一番小高い丘を指さし俺がいうと、少尉もようやく納得したか頷いた。

 俺は右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れ、号令を下した。


「よーし!ラッパ卒!集合ラッパ!」

「ラッパ卒!集合ラッパ!」


 ラッパの音を聞きつけ、騎馬警官達が大急ぎで集まってくる。

 小休止は破られ、辺りはにわかに騒がしくなるのだった。





◇勇/魔◆





(そう言えば……)


 満天の星空の下、出来上がった『車陣』に囲まれる中、寝そべる愛馬の腹に背を預けつつ、俺は天を仰いでいた。

 車陣を作り終え、陣地の東西南北四箇所と丘の上に歩哨を立て、交替の順番も決めた所でようやく一行は休むことができたのだ。

 隊の軍馬は一箇所にまとめて休ませてある。

 俺以外の騎馬警官たちも、愛馬の側で休息をとっていた。

 ごろりと寝転びながら、俺は明日以降のことを色々と考える。

 今脳裏を過ぎったのは、目指す先のアントナムのことだった。


(アントナムには砲兵連隊がいないんだっけか……)


 そんなことをふと思い出したのだ。

 一昔前、北部辺境が今よりずっと不穏で、いつ戦争が始まってもおかしくなかった時代には相当な戦力がアントナムにも配置されていた。街をぐるりと囲む『市壁』には、要塞砲すら設置されていたとか聞いた覚えがある。

 ところがここ数年、あいかわらず治安は悪いとは言え『魔帝国』自体は不気味なぐらい大人しく、戦争の「せ」の字の気配も感じられないぐらいに平穏な状況が続いていた。

 ――むしろ危険なのは『北』よりも『南』。

 同じ人間の国家でありながら敵対関係にある『ゴロワ連合国』との国境紛争こそ、より重要な問題であると連邦共和国政府は考えるようになっていった。

 現代戦に耐えうる装備と規模の軍隊を維持するのには、莫大な資金、資材そして人材が必要だ。

 自然、安定化してきた北部辺境の戦力を削って南部国境地帯へ移そう、という話になってくる。

 維持管理費が掛る要塞砲は撤去され、砲兵連隊は南部国境地帯へと移動した。

 現状、北部辺境には騎兵も砲兵もいない。

 アントナム駐屯の第20歩兵連隊と、各地の騎馬警官隊がその戦力の全てだった。


 最近だとアントナム市民の間でも『市壁を撤去せよ!』という声も日に日に強まっているらしい。

 街を再開発したくても、でかい城壁が邪魔してできないというのだ。

 城壁のメンテナンスにかかる資金も、市の財政を圧迫している。

 そしてなにより、街の景観を酷く損なうのが問題だ、と、市民諸君は息巻いているそうな。


(……まぁ、その迷惑扱いの城壁が、今度ばかりは命綱になるかも知れんがね)


 北部辺境に侵攻してきた魔王軍の総戦力は解らない。

 だが敵が多かろうが少なかろうが、アントナムに城壁があるだけで相当に有利になるのは変わらないのだ。

 砲撃戦に対応するために創られた、いわゆる『星型要塞』形式の城壁の防御力は極めて高い。

 『稜堡りょうほ』と呼ばれる三角形で分厚く、しかも補強された土塁を、隙がないように星形に配置した要塞。それが『星形要塞』だ。その装甲の厚みで砲弾を受け止め、三角形の組み合わせで防御の隙を無くし、守備側が敵への十字砲火を容易にできるように設計されている。センラックに限らず、人間側では極一般的な要塞の形式だ。ここ数年で砲の威力と性能が向上し、やや時代遅れになった感もある。

 だが魔族相手なら、充分に現役であると言って良いだろう。

 人間基準に考えて『まともな砲兵』を持っていない魔族共に、そう易々と突破できる代物では無い……筈だ。


(だが、砲兵がいないのはどうもね)


 それがどうしても、俺には気にかかる。

 もし上級の魔族が出張ってきた場合、はたして『椎の実弾』仕様とはいえ小銃だけで敵を撃退できるだろうか?魔族の恐ろしさを寝物語に育った俺には、考えているだけで不安な気持ちが湧いてくる。


「まぁ……今からそれを気にしても詮無きことか」


 声に出して呟き、無理やり思考を切り替える。

 俺はブリキのコップに注がれた、乾燥豆と痛んだ塩漬け肉とをグズグズになるまで煮て作ったスープを呷った。

 これが今日の晩飯だ。

 ハッキリ言って旨くは無いが、いつ敵襲があるとも解らぬ野営地での夕食だ。

 温かく、落ち着いて食べれるだけましだろうさ。


 即席の防壁に囲まれ、静かに薪を囲む人影が夜空の下にあり、皆も俺と同じ様な粗末な夕飯を呷っている。

 今は落ち着いている様子だったが、この状態がこの先、いつまでもつものか。


 まだまだ夜は長く、敵の幻は消えず、影の如く俺達の背に添っている。

 今夜はなかなか眠れそうもない。




◇勇/魔◆




 なかなか寝付けなかったが諸悪の根源だ。

 朝日が昇ってきたのに、気付かずうっかり眠りこけていたとは。


 そんな俺の眼が覚ましたのは、立て続けになった二発の銃声だった。

 寝ぼけながらも俺は思い出していた。丘の上の歩哨に、何か見つけたらピストル二発撃って知らせろと。

 ラッパ卒がビューグル(信号ラッパ)を力いっぱい吹いた音に、俺は両目をカッと見開いた。

 鳴ったのは平時の『起床』のラッパではなく、『警報』のラッパだった。


「敵襲ーー!」


 誰かが叫んだ声を聞くや否や、俺の意識は一瞬で覚醒し、跳ねるように起き上がっていた。

 傍らに置いておいたピストルを二丁ひん掴み、隊の騎馬警官たちや義勇兵達が向かう方に合わせて走った。 

 車陣の東側、歩哨が何かを指さし立つ牛車に、俺も駆け足そのまま飛び乗った。


「お先に失礼」


 曹長は既に牛車の上で、装填済みらしいカービン銃を構えている。


「遅れました!」


 マクレラン少尉も慌てて牛車へと登ってきた。

 

「お先に失礼」


 俺も少尉にそう言いつつ、ピストルを一丁サッシュに差して双眼鏡を取り出す。

 丘の上から、歩哨に立たせていた騎馬警官達が大急ぎで駆け戻ってくるその背後、丘の頂上付近に、新たな影が朝焼けの下姿を表したのだ。

 遠目にも解る『人ならぬ姿』。

 望遠レンズを通して覗きこめば、その正体は判明した。


「ゴブリンの狼騎兵か!」


 白い毛並みも見事な恐ろしく大型の戦狼の上に、先日一戦交えた時に見たのと同じゴツゴツした緑や茶の肌に包まれた矮躯が見える。

 軍馬や駱鳥のように戦闘用に訓練された狼を戦狼と言うが、彼らは賢く、そして獰猛で、跨るゴブリンのだらしなさを補って余りある力の持ち主だ。体の大きさの問題でゴブリンしか乗せることができないのが、唯一の弱点だと言える。

 ゴブリン狼騎兵は、人間の軍隊で言えば『軽騎兵』に当たる兵科だ。

 その主な任務は斥候、後方撹乱、そして奇襲攻撃。丘の上の連中は十数騎程度で、恐らくは斥候か。


(丘の向こうに大軍勢を隠してなきゃだが)


 あの丘を越えて魔族の大軍が雪崩うって襲ってくる。

 そんな光景を思い描き、背筋が寒くなる。


「報告ーっ!ブラウニング上等兵!報告にあがりました!」

「良し。まずは落ち着け。それからあの上で何を見たのかを、教えろ」


 車陣の中へと駆け戻って来た歩哨の片割れが息を切らせてやって来た。

 ひとまず息を整えさせて、丘の上から何を見たのかを述べさせる。


「敵、ゴブリン狼騎兵、数およそ五十!随伴の歩兵等は姿を認められず!」

「……と、なればやはり斥候か」


 続々と集まってきた騎馬警官に義勇兵が各々の射撃位置につくのを見回した後、俺は改めて双眼鏡を覗き込む。

 丘の上の連中は、いまだ動いてはいない。じっと静かに、こっちの様子をうかがっている。


「隊長!全員配置につきましたー!」


 少尉が大声でそう報告するのに、俺はさらなる大声の号令で応えた。


「装填を済ませていない者は速やかに済ませよ!照尺、百ヤード!」

「装填!照尺、百ヤード!」


 曹長が復唱するのに、何人かの騎馬警官と義勇兵の半分ぐらいが、慌てて紙薬包を取り出しているのが見えた。

 時々慌てて装填済みの小銃にさらに何発も上から装填だけを繰り返す場合があるらしいが、あの慌ててる連中にそんな間抜けが居ないことを俺は祈った。


「そのまま待機!追っての号令を待て!」

「待機!号令待て!」


 迎撃の態勢は整った。後はあっちの出方次第だが、双眼鏡越しどれだけ様子をうかがえど、まるで動き出す気配が見えない。

 暫くの間、静かに睨み合いを続ける。

 風の音と、兵士たちの呼吸の音以外は、しんと辺りは静まり返った。

 赤ん坊の泣き声すら聞こえない。牛や馬のいななきすら聞こえない。

 緊張感が形を持って、全ての音を押さえつけているかのようだった。


 汗が流れたが、拭うこともできない。

 ただただ双眼鏡越しに連中を見つめる。見つめ続ける。


 ――きっかけは何だったかのは解らない。

 不意に、唐突に、ゴブリン共は馬首……なる犬首を返した。

 そしてそのまま丘の向こう側へと駆け去って、見えなくなった。


 緊張の重しが、すっと姿を消していく。


「……助かった」


 そんな俺の呟きは、背後よりの騒音に掻き消された。

 一斉に、我慢していた分精一杯泣き出す赤ん坊に、騒ぎ出す子どもたち。

 馬はいななき、牛は鳴き、避難民たちは男も女も歓声を挙げた。

 義勇兵達の一部は吼えるような鬨の声をあげ、空へと小銃をぶっ放す。

 騎馬警官たちは一斉に銃口をおろし、額の汗を拭った。


「ラッパ卒!」


 俺は騒音に負けない大声でラッパ卒を呼んだ。


「はい!」

「集合ラッパ!」

「はい?」

「馬鹿!敵にこっちの位置が知れただろう!移動だ移動!」

「あ、はいっ!」


 騒音にラッパの『集合』の号令が突き刺さり、野営地はさっきまでとは違う意味で騒がしくなった。


「曹長!避難民に荷物をまとめさせろ!もう『これがないと死ぬ!』ぐらいに大事なモノ以外は捨てさせて行け!」

「ハッ!」

「少尉!マクレラン少尉は馬車と牛車を動かせ!これも行軍に邪魔なヤツはここに捨てていくぞ!」

「はい隊長!」


 あのゴブリン狼騎兵達が、味方の魔族共を連れて来る前に、ここを移動せなばならないのだ!


「……今日も忙しくなりそうだ」


 俺は周りに聞こえないよう、小さな声でそう呟いたのだった。




◇勇/魔◆




 ――意外な事であったが、それからのアントナムへの道のりは極めて順調であった。

 予想された魔族軍の追撃はなく、途中、老人が腹痛で倒れたり子供がはぐれたり(無事見つかった)等々、いくつかのアクシデントはあったものの、それらを何とかクリアしつつ、一行は無事にアントナム付近にまで来る事が出来た。


 エルドリク中尉はホッと胸を撫で下ろし、何故魔族軍が来なかったか怪訝に思いつつも、まぁいいかと呑気に構えていた。

 そんな彼の態度は、軍人として甘いと言わざるを得ない。

 何故、彼らはここまで無事に来る事が出来たのか?魔王軍は何処へ行ったのか?


 その答えを、彼らはこれから知る。




◇勇/魔◆




 アントナムまで、あと僅か、という地点だった。

 部隊に先行して斥候に出ていたマクレラン少尉が、俺のもとへと戻ったきた……その時の表情はまるで病気かなにかのように蒼褪めていた。


「エルドリク中尉!隊長殿!」

 

 少尉は、俺に見せたいものがあって呼びに急行してきたらしい。

 俺もまた、曹長と共に現場へと急行し――。


「          」

「……なんてこった」


 俺は思わず絶句し、剛毅な曹長ですら天を仰いだ。

 俺達の視線の先に見えたのは、炎と煙。


 ――俺達の目指す先、アントナムが燃えていた。


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