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第6話 Crow or Swan




 ――『エルフ』。

 別名『長耳人種』と呼ばれる彼らは、一応は『人間』の範疇にある人々だ。

 つまり『種族』程の違いは無く、あくまで『人種』レベルの差異だと言う事なのだが、それは遺伝学上の話であり、実際には外見的に一般的な人間と大きく異なっている。

 『エルフ』には大別して三種類の人種が存在するが、その全てに共通するのはその長く尖った耳だ。基本的に南方のエルフ程耳が長く大きくなり、北方にいくほど小さく短くなっていく傾向があるが、それは気候に対する適応の結果であろうと人類学者は仮説を立てている。北方で過度に長い耳をしていれば凍傷でちぎれてしまうだろうから、と。

 『エルフ』にはもう一つ、その人種を問わない共通する特徴がある。それは概として人間よりも魔力と精霊の加護を持って生まれてくる比率が高く、加えて魔力を操る能力で人間を凌ぐ『先天的感性』を必ず備えていた。

 故に『魔術師』としてかつては活躍し、人類暗黒時代において『騎士』や『勇者』と同じく対魔族の最前線に立った人々であり、支配層でもあった。

 さて今、俺の眼の前にいるのは『北方エルフ人種』と呼ばれる、センラックにおいては主流のエルフ人。

 名前はシャーロット・ウォルシュとか言うらしい。

 騎兵連中は基本格好が派手だが、花形の槍騎兵連隊の所属だけあって彼女の装いは一層ド派手だった。

 純白の乗馬ズボンに黒革ブーツ金拍車。

 肩章始め各所に金色の飾りをあしらった青い詰め襟軍服。詰襟には連隊徽章を象ったバッジが取り付けられているが、これもまた実に手の込んだ細工物になっている。

 騎馬警官のケピ帽とは違って、革拵えの兜を被っており、頭頂部には真鍮製の角飾りがあって、赤い房が繋がれている。兜の正面には大きな連隊徽章が備わっており、それも真鍮ではなく金メッキ仕立てとは恐れ入る。

 こうして並んでみると俺たち騎馬警官と槍騎兵とじゃカラスと白鳥だ。

 どっちがカラスで、どっちが白鳥かは言うまでもあるまい。


(それにしても『エルフ連隊』か)


 『エルフ連隊』とは言うまでも無く、その兵員の殆どがエルフ人で構成された連隊の事である。

 エルフ人はかつては『貴族階級』に属していた連中が大半である。その為、王政が廃止され選挙制議会により国が運営されるようになった現在においてもエルフ人の多くはエリート階級に属しており、当然、『エルフ連隊』もエリート部隊であるとみなされていた。

 この女エルフ中尉が俺を見る視線にも、そんな尊大さが満ちに満ちているのが感じ取れる。


「聞こえなかったか?私はここの指揮官はお前かと聞いる。所属、姓名、階級を述べよ」


 自分と同じ階級なのにこの横柄さ。ムッとしないと言えば嘘になる。

 俺は少し間を置いて心を落ち着かせてから、答えた。


「陸軍騎馬軍警、北部辺境方面隊、第二十一乗馬警邏隊指揮官。アーサー・エルドリク。階級は中尉だ」

「……エルドリク?」


 ウォルシュとかいう名前の女エルフ中尉は、俺の名前を聞いて何か考えている顔になる。

 だが思案顔もすぐに終わり、今度はニヤリと口角を軽く釣り上げると、再度、自身も名乗った。


「国立騎兵軍、第2エルフ槍騎兵連隊、臨時先遣小隊。シャーロット・ウォルシュ。階級は中尉」


 一拍間を置いて、一語一語強調するように続けて言った。


「『こんなところ』でよもやあの勇者の裔と出会うとは、まことに『光栄』だ」


 その言い方には、あからさまな悪意がこもっている。

 向かい合う騎兵隊と、我が隊の間に、良くない空気が流れ始めるのが肌で感じられた。


 ――そもそも、人間とエルフは仲が悪い。これは大陸の何処であってもおおよそ変わり無い。

 エルフは出生率で人間に劣る半面、魔力を持って生まれて来る者の比率は高い。だから『火薬以前』の時代においては人間の庇護者と言って良かったが……それも今は昔の話だ。エルフは人間を力無き者と見下し、人間達の大半も事実そうであるが為に、かつては黙ってヘヘェと頭を下げていた。

 だが火薬が発明されて事情が変わる。もはやエルフの庇護など、人類は必要としなくなったのだ。

 そうなれば、数で劣るエルフは人類に対し自然、不利になる。

 現在においても、センラックのようにエルフがエリート階級に属している事は多いが、しかし往年の権勢に比べれば、地位の低下は明らかだった。

 落ち目のものほど空威張りが酷くなるのが世の習い。

 既得権益にしがみ付かんとする心情故か、過度に尊大な態度のエルフは多い。目の前の女エルフ中尉なんかは、その好例だ。


「我らは特命により、挺進捜索を行っていたが、諸君らの危急を発見し、それを助けた。感謝してもらいたいところだな」

「――『挺進捜索』?」


 フフンと鼻で笑うウォルシュの高慢な態度よりも、その言葉に出てきた内容こそ俺には気にかかった。

 『挺進捜索』とは、つまるところ偵察任務の事であるが、こんな辺境地帯で、それも槍騎兵が偵察すべき相手とは何だ?


「こんな北部の辺境で、わざわざ花形の槍騎兵連隊、それもエルフ連隊が相手にしなければならない……その相手とは?」


 俺の問いに女エルフの中尉は若干言いよどんだ。


「生憎だが、私はそれに対し答える義務を持たん。むしろ、私の側にこそ君達に色々と問わねばならぬ事がある。現在の状況について、色々と問わねばならぬ事が――」


 女エルフの中尉は、居丈高かつ一方的に自分の要求を通すつもりのようだ。

 ――何やら、様子が怪しい。何かに焦っている様に感じられる。

 助けられたとは言え一部隊の指揮官として、言うべき事は先に言っておいた方が良いだろう。


「――ウォルシュ中尉」


 俺はウォルシュ中尉の問いを遮った。


「君の任官の年月はいつだ?」

「……それを聞いてどうする?田舎の駐在、それも乗馬歩兵風情が騎兵隊に逆らう気か?」


 ウォルシュ中尉は不快感を顔に露わにしたが、俺は飽くまで冷静に重ねて問うた。


「この場における、『最上位者』をはっきりさせておきたいだけだ。君の任官の年月は?」

「――大陸歴1863年、6月3日だ」


 少し間を置いて、俺も中尉任官年月を告げた。


「大陸歴1862年、9月15日。……私の方が先任のようだな」


 通例、現場において最大階級者が同位であり、かつ、より上位の階級者が近辺に存在しない場合、同一階級者の中で、最先任の者を『最上位者』として取り扱うという決まりがセンラック陸軍にはある。

 つまり、である。


「当方は、現在、地域住民を北方中都へと誘導、護衛する任務に当たっている。先程の援護には感謝するが、当方には貴官の『特命』とやらに協力する余裕はないし、その義務も無い。加えて現状においては私の命令が貴官の命令より優先される。貴官には私にも、我が隊にも、指図する権利は無い」


 ――と、言う事なのだ。

 『騎馬軍警隊』も『国立騎兵軍』も同じ陸軍所属であり、騎兵隊は通常エリートとみなされるがしかし、階級上の差異は存在しない。ならば槍騎兵連隊だからと言って、この女エルフ中尉には俺に対しあれこれ指図する権利は無いということだ。ましてや俺の方が先任士官であるからなおさらだ。


「……人間が『恩知らず』なのは昔からだが、助けた相手に対し感謝の気持ちの一つも無いのは呆れるな」

「援護には感謝すると言ったが?」

「ならば、我が方への多少の協力はあってしかるべきでは?」


 俺は頭を振った。


「生憎、こちらにはその余裕も無いし、時間も無い。敵の駱鳥騎兵は撃退できたが、第二波が来ないとも限らない。我々は早急にここより脱出し、アントナムへと向かう。貴官と、貴官の隊が如何なる『特命』の下に、我が隊の管轄区で動いているか――興味と疑問は尽きないが……まぁ良いだろう、敢えて問うまい。貴官にも、その隊にも、『特命』こそ優先されるべきモノだろう。ならばそれをなすが良いだろう。互いに互いの本分を為す……現状においては、それが最善だ。貴官も、そう思うだろう?」


 正直、今は人手が喉から手が出る程に欲しい。

 しかしそれ以上に、この『胡散臭い連中』と行動を共にする方が、リスクが大きいと俺はみた。

 ましてや俺が先任士官であるとはいえ、階級は同じ中尉。つまり俺がウォルシュ中尉に絶対的指揮権を持っている訳では無く、あくまで若干優位にあるというだけに過ぎない。

 この非常事態において、指揮系統に混乱をきたす様な要因は出来うるだけ避けたい。


 それにエルフ人と人間、槍騎兵と乗馬歩兵の、それぞれの人種・所属の違いから来る対立感情の問題もあり。

 こんな状況下で厄介な荷物は背負い込みたくはない。

 内輪もめで部隊が崩壊するなど冗談にもならない。


(……正直、このエルフ槍騎兵連隊の連中には信用が置けないしな)


 こんな辺境に槍騎兵連隊、それもエルフ連隊がいるのがそもそも妙だ。指揮官も挙動不審であるし、『特命』とやらも何やらキナ臭い。藪をつついて蛇を出す様な事だけは避けるべきだ。

 民間人を多数抱えた現状では、如何なるリスクも、これ以上負いたくなかった。


「……」


 女エルフの中尉は俺を無言で彼を睨み返している。

 エルフ人は容貌の美しい者が多いが、目の前の女エルフ中尉もその例に漏れない。

 緑色の切れ長の眼を持つ細い相貌は美しいが、可憐さは無く、錐の様に尖った雰囲気をしている。

 その雰囲気と、右の口元にある薄く盛り上がった、刃物によるであろう古い傷痕が、彼女が単なる美しいだけの女では無い事を、すなわち兵士であることを示していた。


「……」

「……」


 暫時言葉も無く睨みあうが、最初に目をそらしたのは彼女の方だった。


「――フンッ」


 不満げに鼻を鳴らすと、手綱を握り馬首を返しつつ捨て台詞のように言った。


「余計な時間だった。次は助けんぞ……。おい、行くぞ!」


 ウォルシュ中尉はその手先を進むべき方向へと切ると、随伴していたラッパ卒に合図のラッパを吹かせた。

 その麾下にある槍騎兵達の先頭となり、現れた時と同様の唐突さで走り去っていく。

 向かう先は、来た方と同じ丘の向こう。

 その丘の向こうに騎影は次々と吸い込まれ、最後尾の一騎もすぐに見えなくなり、ただ土煙りのみが、彼らのいた証拠となった。


「……」


 俺も馬首を我が隊と志願兵達の方へと向けた。

 皆一様に、何とも言えない表情をして、槍騎兵達の去って行った方を見ている。


「……」


 目に見える範囲のひとりひとりの顔を見渡した後、俺は大声で号令を発した。


「総~~員、傾注ッ!」


 槍騎兵の方に意識を取られていた一同が、一斉に俺の方を向いた。

 俺は改めて一同を見渡し、努めて落ち着いた静かな声で言った。


「諸君、良く戦ったくれた。君達の奮闘により、見事、犠牲を出す事無く敵を撃退できた。これをぜひとも労いたい所だが、しかし――現状、我々は敵中にて孤立無援に等しい状況である。故に、ここより一刻も早く脱出しなくてはならない」


 ここで少し間を置き、強い声で言う。


「諸君、休んでいる暇は無い。直ぐに、もとの作業に戻りたまえ!」

「あと、バリケード造りをやっていた者達は私と曹長の所に集まってくれ。新たに、やってもらうことがある」

「それ以外は……作業を再開してくれ!繰り返すようだが、休んでいる暇は無い!」


 俺の号令を、曹長が復唱する。


作業を再開せよ!すばやぁぁく!休んでいる暇などないぞぉ!」


 曹長の復唱に、一同は一斉に動き出す。

 いつ何時、敵の第二波が来るか……それを考えれば、もう休んでなどいられないだろう。

 せっかくの援軍が去って行った事への動揺は、余り見られない。やはり相手がエルフであったからだろうか?


 俺は愛馬から降りると、近くにいた騎馬警官に手綱を渡した。これからの長距離移動を考えれば、馬は少しでも休ませておいた方が良い。


「隊長」


 パトリック曹長が歩み寄って来る。

 曹長は汗一つ掻かず、疲れた様子も見えない。流石は歴戦の古参兵である。 


「損害無しで敵を撃退できたのは僥倖でした。弾丸の消費量も許容範囲です。これで避難経路等の判断を誤らなければ安全圏まで脱出できそうです」

「曹長……私の判断は正しかっただろうか?」


 俺は曹長へとそう問うた。

 俺は努めて顔に動揺を出さないようにしてきたが、いまだ実戦経験も少ない若輩であることには変わりは無い。

 顔には出していないだけで、不安自体は確かにあるのだ。

 そしてこういう危急の場において誰よりも頼りになるのは、いつの時代も変わり無く歴戦の古参兵なのだ。


「エルフの槍騎兵を追い返した件についてでしたら、まぁ……妥当な判断だったでしょうな。連中、どうにもキナ臭かった……余計な荷物を背負い込める程、我々には余裕がありませんし……エルフの兵隊は高慢ちきで、どこでも嫌われてますからね。自分はどうとも思いませんが……志願兵達への影響を考えれば……」

「正しかった?」

「でしょうな。追従でなく、正直にそう思いますがね」

「良く言うよ。人に媚びるような性格でもあるまいに」

「ですな。ですから合わない上官とはとことん合いません」

「私は今の所どうかな?」


 俺の問いに、ニヤリと笑いつつ曹長は言った。


「悪くはありません。良くやっていると思います。ですが――本番はむしろ『これから』でしょうな。お手並み拝見といきましょう」

「ハッ!まあ大船に乗ったつもりでいろ!」


 俺と曹長は互いにニヤリと笑い合う。

 そうこう言っている内に、先程呼んだ連中が集まってくるのが見えた。


「曹長、彼らを指揮して、倉庫より弾薬等の物資を運びだしてくれ。運べるものは分割して運ぶ。できそうもないものは、已むをえまい、焼却する」

「了解!」


 敬礼した曹長が集まった連中の指揮に向かうのと入れ違いに、こんどはマクレラン少尉が歩み寄って来た。


「……隊長」


 曹長とは真逆に、マクレラン少尉は少し疲れた様子で、苦虫を噛み潰した様な妙な表情をしていた。

 その表情の意味を、俺は知っていた。


「マクレラン少尉、君が気に病む事は何も無い。君は、避難民たちに直ぐに出発させるよう、指示を行ってくれ……。重ねて言うが、君が気に病む事は、何一つ無い。……少なくとも、私は気にしていない」

「……了解」


 マクレラン少尉もまた、敬礼し踵を返す。

 ――彼の幼い容貌と、家の貧しさには理由がある。

 彼の父親はエルフであり、しかも彼の母親を孕ませた後、ゴミの様に捨てた、屑の様な男であったのだ。

 エルフは人間よりも老けにくい。その遺伝子を確かに継いでいる証が、彼の幼い容貌であった。

 彼がエルフに対して抱く感情は、複雑だった。


(全く以てままならん事だ)

(できるならば……もうエルフの兵隊とは共闘したくは無いな……)


 俺は静かに溜息をつき、帽子を外し髪型を直してかぶりなおした。


 ――なお俺の望みとは裏腹に、すぐにエルフとの共闘を強いられ、しかもその相手は先程別れたばかりの女エルフの中尉になるのであるが、俺がそれを知るのは、もう少し先の事だった。


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