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第5話 Against Cavalry





 外に飛び出し見上げると、時計塔に登って周辺警戒をしていた騎馬警官が、大声で叫んでいる姿が見えた。


「敵襲ーーっ!敵襲ーーっ!」


 そう叫びながら、北東の方角を指差している。

 双眼鏡を取り出しながら、見晴らしの良い所へと向かう。

 その途上で、パットリック曹長、マクレラン少尉とも合流した。


「隊長、ここでしたか」

「まずはコッチへ。ここからなら、敵が見えます」


 曹長に先導されてバリケードの一角へと向かい、それに登って双眼鏡を覗く。

 駐在所の北東は緩やかな丘陵となっているが、その稜線上に現れたその姿を双眼鏡越しに見る事が出来た。連中は横一列に隊伍を組んで並び、その異様なる容姿を俺達に見せつけている。

 俺は思わず舌打ちしていた。


「……リザードマンの、それも『駱鳥騎兵らくちょうきへい』か」


 ――リザードマン

 体は名前の示すまま、深緑の鱗に覆われた『蜥蜴人間』ども。ゴブリンよりも上位、より獰猛でより勇敢で、そしてより残虐な剽悍なる魔族の戦士種族だ。

 身長体格は人間とさほど変わらないが、ゴブリン相手と違い、良く訓練された歩兵が隊列を組んで戦う場合でも、かなりの犠牲を覚悟せねばならない強敵だ。

 一対一ならば、まず人間に勝ち目は無く、一方的になぶり殺しにされるだけだろう。

 例外は古の『騎士』や『勇者』のみで、その彼らでも、油断すれば殺されることもありえた相手だった。

 そのリザードマンが、古臭い鎧に身を固め、戦列を作っていた。


「それも槍騎兵ですな。相変わらず馬鹿みたいに長いランスだ」


 曹長の指摘通り、古臭い意匠のランス――騎兵用の長槍――を誇る様に構える姿は間違いなく槍騎兵だ。騎兵といっても跨るのは馬ではなく、人間は『駱鳥らくちょう』と呼ぶ、ダチョウに似た、しかしそれよりも巨大で毛むくじゃらな飛べない鳥だ。コイツらはリザードマンと心を交わす事が出来るらしく、人間が馬を使う様にリザードマンはこの鳥を家畜として使っている。馬より足は遅いが、頑丈で性格も獰猛、何より馬と違って恐れ知らずだ。魔族の間では『イーピヨルニス』と呼ばれているらしい。


 ――いずれにせよ、やっかいな連中のお出ましだ。


「曹長、ラッパ卒を呼べ」

「了解です。オイ!」


 曹長の呼びに応えて、若いラッパ卒が駆け寄ってくる。他の騎馬警官に比べると些か派手な意匠の制服を着ているのが目印だ。


「ラッパ卒、『警報』だ」


 俺の指令に従い、ラッパ卒は『警報』のラッパを吹いた。

 ――パッパパー!パパーパパパパー!パパーパパパパー!

 ――パパーパパパパー!パパーパパパパー!


「総員ーッ!戦闘配置ーーッ!」

「総員ーッ!戦闘配置ーーッ!」


 ラッパの音に合わせて、俺と曹長は次々と号令を発した。


 ――パパーパパパパー!パパーパパパパー!

 ――パパーパパパパー!パパーパパパパー!


「整列ーーッ!セイレェーーツ!」

「整列ーーッ!セイレェーーツ!」


 ――パパーパパパパー!パパーパパパパー!

 ――パパーパパパパー!パパーパパパパー!


「駆け足ーーッ!駆けアァァァァァァシッ!」

「カケアァァァァァァァシ!急げぇーーッ!」


 鳴り響くラッパの音に、俺の号令と曹長の復唱が唱和する。

 カービン銃を手に騎馬警官が集合し、整列する。

 続けて雑多な火器で武装した義勇民兵達も駆け付ける。義勇の民兵とはいえ、予備役や退役の兵士が大半であるため、こなれた様子で整列してみせる。


 隊列が揃うのを待って、俺は次の指示を飛ばした。


「各自、バリケードの陰に陣取れ!中隊は右翼に、義勇兵は左翼に!射撃位置に着け!射撃位置に着くんだ!」


 サーベルを指揮杖代わりに、バリケードのほうへと切っ先を向けて叫ぶ。


「両翼共に第一班と第二班に分けろ!前方のバリケードには第一班、残りの第二班は後方のバリケードに!急げッ!急いで配置につけ!」


 傍らのマクレラン少尉にも指示を飛ばす。


「少尉は輜重兵と共に弾を、全員に行き渡らせろ」

「了解!」


 ――マクレラン少尉の判断は正しかった。

 例え穀物袋や樽を並べただけでも、バリケードとしては充分に機能する。無論、防備は完全とは言い難いが、この短時間で完全を求めるほうが間違っている。


「敵との間に農地が挟まっていたのは、運が良かったな」

「生垣や柵がありますからね。敵が騎兵な分、増してありがたいですな」


 俺の考えに、曹長も頷いた。

 農地を区切る為の生け垣や柵は、敵の駱鳥の脚を止める障害となり、安易な突撃を躊躇わせるだろう。

 騎兵の武器は機動力と突撃力だが、特に槍騎兵にとって重要なのは突撃力だ。槍騎兵はその突撃力により、敵の戦列を喰い破るのが役割だ。故に、槍騎兵に立ち向かう場合最も重要になってくるのは「その突撃力を如何に殺すか」というだ。生垣も柵もバリケードも、一つだけならば敵も乗り越える事も出来るだろうが、連なればその分、突撃力が殺される。騎兵は攻撃力が高い半面、防御力は低い。脚の止まった騎兵など、ただの射的のマトだ。

 敵もそれが解っているから、迂闊にこちらを攻められないのだ。

 稜線の上に隊列を組んだまま、動く気配はまだ無い。


「行軍中を狙われなくて幸いだった」

「そのようですな……敵は、大体、五十から六十程といった所のようで」

「敵の先遣隊かな?」

「その可能性は高いでしょうが……来ますかね?」

「私が指揮官ならば、それはしない。だが――」


 魔族ほど何を考えているのかわからない連中もいない。

 連中の脳みそは人間のそれとは大きく作りが違うらしい。

 連中は、思慮の人間であればまずしないような事でも平然としてくる。なまじ各々が個として優れているせいか、警戒心というものが人に比べて薄いようなのだ。無鉄砲なことを平然とやってきて、こっちの肝を冷やさせる。


「来ないとは断言できん。突撃に備えるべきだ」

「ですな」


 曹長も頷く。

 俺は視線を周囲に遣り、マクレラン少尉の姿を探した。

 彼が輜重兵と共に中隊員や義勇民兵へと弾薬を支給して廻っている姿が見つけ、声をかける。


「マクレラン少尉!」

「ハイ!中尉殿!」


 マクレラン少尉は輜重兵に作業を続ける様に言った後、こちらへと駆けよって来た。


「弾薬の様子はどうだ?」

「潤沢とは言えませんが、義勇民兵も含めて全員に行き渡る分はあります」

「一人何発だ」

「現状では一人あたり二十発です。倉庫を引っ掻き回せば、もっとあるでしょうが、今は時間がありません。拳銃の方は……今確認中です」


 少し心もとない数だが、この一回の戦闘を乗りきるだけならば、何とかなる数だ。


「よぉしッ!」


 双眼鏡を一旦しまい、右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れる。

 全員が配置についたのを確認して、次の号令を飛ばす。


「総員、装填!総員、ソウテェェェェェン!」

「装填せよ!そうてぇぇぇぇぇん!」


 支給された紙薬包の片側を兵士達は一斉に噛み切り、それに内包された弾薬を銃身に込め槊杖(かるか)で突いて奥へと押し込む。

 前装式の銃は装填に時間が掛る。

 熟練した兵士でも一分間に三発から四発が限界であり、新兵ならば二発撃てれば良い方であった。

 これでも、『雷管』の発明で、手間が減り、速くなった方なのだが……。


「照尺、一〇〇ヤード(約九〇メートル)に設定!」

「照尺、一〇〇ヤード!」


 兵士達は銃身上部の照準器を、一〇〇ヤードの目盛りに合わせた。

 これを怠ると、当たる弾も当たらなくなる。


「総員、撃ち方用意ッ!」

「撃ち方用意ッ!」


 兵士達は一斉に撃鉄を『安全段』まで上げ、火門に『銃用雷管』を被せた。

 銃身内詰められているのは昔ながらの『黒色火薬』の『発射薬』だ。

 爆発的燃焼を起こし、そのガス圧でただの小さな鉛の塊に過ぎぬ銃弾を必殺の武器に変えてくれる。

 この『発射薬』が爆発しなければ銃弾は飛ばない訳だが、その為に『発射薬』を点火する為の『点火薬』が必要になって来る。昔はこの『点火薬』も調合比率を変えた『黒色火薬』を使っていたが、化学の発展がそれを変えた。

 ――『銃用雷管』の発明だ。

 『雷管』自体は単なる真鍮製の小筒だが、その中身は化学的に合成され、製造された新種の点火薬だ。強い衝撃を与える事で爆発する。

 雨や湿気で不発になる事無く、化学的に保証された確実なる発火で、時と場所を選ばず、確実に銃弾を発射させしめるのだ。これにより人類の軍事力は一層強大になり、魔族との差は一層開いたと言って良かった。


 兵士達は『銃用雷管』を被せ終えた後、撃鉄を『発射段』まで上げ切った。

 これで小銃の発射準備は終わりだ。後は引き金を弾くだけで、銃弾は銃口より発射される。


「中尉殿!」


 呼ばれて振り返れば、騎馬警官も一人が俺の馬を曳いてきた所だった。

 俺は指揮官らしく愛馬に跨り、サーベルの切っ先を天へと掲げた。


「諸君!あそこの生け垣が見えるか!」


 サーベルでそこを指し示す。


「あそこがおおよそ一〇〇ヤードだ!敵があそこに近づくまでは、決して撃つな!」


 言葉を区切りながら、ハッキリと大きな声で、聞き間違えなど起こらないように号令を下す。


「敵が一〇〇ヤードに近づいた段階で、第一の斉射を行う」

「その直後に再装填、二回目の斉射の後は、各個に狙い、各個に撃て」

「それでも敵が肉迫してきた場合は……私が号令を出す。それを合図に義勇兵は後方へ退避、騎馬警官は銃剣突撃だ!」

「中隊ーーッ!着ケ剣ーーッ!」


 最後の号令は曹長も復唱する。


「中隊ーーッ!総員着ケ剣ーーッ!」


 騎馬警官達が、一斉に短剣型銃剣を装着する。

 リザードマンに白兵戦を挑むなどゾッとしないが、この状況ではあり得る事だ。

 騎馬警官達の顔が、自然と強ばるのが見えた。

 中隊が銃剣を付け終えたのと同じ時だった。

 俺と同じく乗馬したマクレラン少尉が、双眼鏡で敵を見ながら、叫んだ!


「敵、動きます!」


 その声に、俺も双眼鏡を覗く。

 成程、確かに敵の駱鳥騎兵に動きが見える。馬で言う所の『速歩』らしき速度で、敵が一斉に動き出す。その進行方向は――もちろん、俺達の方だ。


「……だから魔族は怖いんだ。考えられない事をするから」


 俺は小さく呟き、双眼鏡をしまった。腰のサッシュから拳銃を抜く。

 自費購入の36口径6連発。お気に入りの一品だった。


「来るぞーーッ!総員、一斉射撃、用意ッ!」


 バリケードより半身だけ出した兵士達が、一斉に銃を構えた。

 敵の駱鳥の脚が地面を叩く音が徐々に大きくなり、音の間隔も狭まって行く。速度を上げているのだ。みるみる、敵の姿が大きくなる。


「……」


 俺は慎重に、機を見る。

 我が隊の兵士は皆優秀だ。先走って勝手に撃ち始めるのが一人も居ないのが、その証拠だ。

 ならば、後は指揮官の俺が、なすべき事をなすだけだ……。


「良いか!鳥を狙え!鳥を撃て!敵の脚を止めろ!」


 曹長の叫び声が響く。


(まだだ……)


 敵の姿が大きい。

 たぶん実際以上に、大きく見えている。


(まだ待て)


 音が大きくなる。

 敵の足音も、自分の心臓が鼓動する音も。


(まだ早い)


 もう少し……もう少しだ。


(まだ)

(まだ)


 敵が雄叫びを上げ始めた!

 人ならざる咆哮が、俺の耳を打ち、鼓動が頭蓋に突き刺さる。


「まだだッ!」


 叫んで気合を入れる。

 そうする内に、敵の最前列が――……。


(生垣に――)

「今だッ!第一班!撃てーーッ!」


 ――銃声!どすんと、叩きつけるような重い銃声!

 最前に陣取る第一班が一斉に発砲したのだ!

 白い煙に視界は一瞬完全に覆われ、その向こう側から敵の叫び声が飛んでくる。


「第一班、再装填!第二班ーーッ!」


 煙が晴れ、敵の姿が見える。

 何騎かが斃れ、それに躓いてまた何騎かが倒れたが、敵の大半はいまだ健在ッ!


「第二班、撃てーーッ」


 第二班の斉射ッ!

 犠牲は続出するが、敵の突撃は止まらないッ!


「――ッ!」


 敵が思いのほか速い!

 これでは次の斉射まで間に合うか解らない!


「各個に銃撃!繰り返す、各個に銃撃ーーッ!」


 予定を切り上げ、直ちに各個に銃撃させる。

 再装填の素早い者から順に、敵へと向けての射撃が再開された。

 銃声が絶え間無く鳴り響き、白煙は周囲を包み、硝石と硫黄の臭いが鼻を刺す。敵はバタバタと斃れるが、それでも突撃は止まらない。槍の先は水平に構えられ、その尖端は俺達の方を向いている。


「――」


 俺は拳銃で適当な相手を狙い、撃つ。

 他にも拳銃を持つ者は手当たり次第に連射し始めるが、それでも敵の突撃は止まらない。


「ッ!」


 義勇兵をさがらせ、騎馬警官に銃剣で――そう命令を下そうとした時だった。

 曹長が敵勢を指さし叫んだ。


「中尉、敵が退いていきますぜ!」

「何だと!」


 随分と数を減らした敵が、バラバラと馬首……ならぬ鳥首を後ろに廻し、退いて行く姿が見える。

 ――しかし何故だ?

 ああなった以上はヘタに退くよりも突っ込み続けた方が、まだ敵に損害が与えられる筈だ。

 現に白兵戦寸前の距離まで、敵は来ていたのだ。例え一騎でも、戦列に喰いつけばこちらは無傷では済まなかった。リザードマンには、それだけの戦闘能力が備わっている。


「何にせよ好機だ!総員、撃てーー!撃ち続けろーーッ!」


 逃げる敵の背中に向かって、俺達は撃ち続ける。残念な事に命中弾は少なかったが、ともかく、俺達は敵の撃退に成功した。

 しかし――敵が退いた理由が解らない。


「――隊長!あれを!」


 マクレラン少尉が指差した方を見れば、丘の稜線の上に新たに見えた影がある。


「騎兵隊!?騎兵隊だと!?何でこんな所に味方の騎兵隊が!?」


 遠目にも解る派手な色の軍服を着たその姿は、間違い無く味方の騎兵隊だ。

 それも、花形の槍騎兵連隊の連中のようである。丘の向こうから、土煙りを上げつつこちらへと駆けて来る。

 ――敵が彼らの接近に気付き、挟み討ちを恐れて退いたのは解った。

 しかし、この辺りには騎馬警官はともかく、騎兵隊は配置されていなかった筈だ。

 一体、何処の部隊だ?


 急場を救ってくれた騎兵達が、こちらへと近づいてくる。

 隊の騎馬警官達に義勇兵達は、帽子や小銃を振って歓声を上げ騎兵たちに歓迎と感謝の意を示していたが、その姿の詳細が明らかになるにつれ歓声も仕草も小さくなっていった。マクレラン少尉が、苦虫をかみつぶした様な表情に変わるのも、俺には見えた。

 件の騎兵隊は駐屯所のすぐ側まで接近すると、そこで止まり、指揮官らしき一騎が、一群より出て俺の方へと乗り寄せてくる。

 エポーレットと呼ばれる、派手な金の肩章が特徴的なソイツは、赤い房飾りつきの革製の兜を被っていた。

 兜の下の顔は若く美しく、肌は抜ける様に白くて、そして、その耳は『長く尖って』いた。

 その指揮官らしい女騎兵は言った。


「見捨てるのは忍び難かったので助けた。当方は、第2エルフ槍騎兵連隊所属の先遣小隊。自分は指揮官のシャーロット・ウォルシュ中尉だ。この部隊の指揮官はお前か」


 ――援軍は、よりにもよって『エルフ』だった。

 厄介事は重なるものだが、こいつは本当に面倒な事になった。

 よりにもよって、予期せぬ援軍はの正体が『エルフ』だったとは!


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