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第3話 the First Taste of Battle



 俺はヒゲ軍曹の報告を聞き、兎も角、第一、第二分隊を集合させた。

 その上で、駐在所へと伝令を二人程走らせ、居残りで『大隊規模のゴブリン部隊』への偵察に向かった。

 件のゴブリン共が本当に『魔王正規軍』であったとするならば、それはまさしく非常事態であり、一刻の猶予も無い。

 ――『魔王正規軍』

 それはすなわち、魔族における唯一にして無二の『皇帝』である『魔王』の治める国、『魔帝国』の正規軍であると言う事を意味する。

 いまや昔日の栄光は殆ど消え去りつつあると言って良い程に、衰退に衰退を重ねた魔帝国であるが、それでもなお、その軍事力は決して侮ることはできない。

 人類文明があまりに強力強大になり過ぎたが為に相対的に弱く見えるものの、魔族という種自体が弱体化した訳では無いのだ。迂闊に挑めば、その怪力で八つ裂きにされ、不可思議な魔法で殺されてしまうだろう。

 そんな魔族が群れを為すだけでも恐ろしく、ましてや、魔王軍となれば装備も良い。

 それが最低でも一個大隊、やもすれば連隊規模でいる可能性もあるのである。

 対するこっちの戦力はと言えば、駐在所の兵力を含めても一個中隊強の騎馬警官のみ。

 付近の友軍で最大の兵力を備えるのは『第二十歩兵連隊』で兵員は2千名だが、その駐屯地がある都市『アントナム』はここから約50キロ離れている。

 どれほど急いでも彼らの到着までには1日2日掛ってしまう。

 つまり、場合によっては騎馬警官百騎程度で、地域住民を護りながら数で圧倒的に勝るしかも装備の良い相手と戦わねばならないかもしれない。

 俺が対面したのはそういう事態だった。


(クソッタレ!何がどうなってやがる。……退屈しのぎにも限度ってモンがあんだろ!)


 戸惑いを覚えながら胸中で毒づき、俺は馬を走らせる。

 馬を走らせながら、俺は考える。

 兎も角、今優先するべきは現状を、自分自身の眼で確認し、迅速かつ最適な指揮を執る事だ。

 まずは、肝心の敵を見つけなければ……。


 ヒゲの軍曹、ジョン・ブーンの先導に従い進む内に、まず『音』が向かう先に待つ異常事態を教えてくれた。

 人のものとは思えぬ獣染みた怒号が響く。

 合わせて、逆にどう聞いても人間のものであろう叫び声が聞こえてくる。

 そしてそれらには銃声らしき豆を煎る様な音までもが混じっている。


「音の大きさから察するに、軍曹の報告の場所より少しずれているようですがね?。どうしますか?」

「……」

 

 曹長の言葉に考える。

 ――こういう時は古参兵の言う事を聞いておけば間違いが無い。


「……曹長、君はどう思う?」

「音のする方が我々に近い。そっちに寄って行けばいいのでは?」

「……良し。諸君、続け!」


 俺は白い手袋に包まれた手を掲げると、それを進行方向へと向けて下ろしつつ、手綱を引いて音の方へと馬を駆る。

 雑木林の間を走る道を抜ければ、なるほど、そこにはゴブリン共の大群がいるのが、遠目に見えた。

 俺が双眼鏡で、傍らの曹長は真鍮製の望遠鏡を伸ばして、連中の詳細を観察する。


 人間の子供程度の矮躯に、ゴツゴツした緑や茶の肌。

 人間の感性には酷く醜い面相の、いかにもゴブリン然としたゴブリンの大群がそこにはいた。

 揃いの派手な色彩の御仕着せ姿に、おおよそ――あくまで『おおよそ』でしかないが――規格が統一された装備の姿は、間違いなく『魔帝国』の正規ゴブリン部隊の姿であった。飛び道具は無く、短めの手槍や、手斧で武装している。数は報告より少ない。ここから見えるのは二百体程度。

 農地を踏みつぶしながら進むゴブリン部隊の進む先には、農民達の一団が見える。

 女子供を逃がす為の時間稼ぎに出て来たのか、全員が男で、約半数が銃で武装しているようだ。

 この辺りの農民には狩猟用兼自衛用に猟銃や軍から払い下げられた旧式銃の所持と使用が認められている。

 それらを、各個バラバラに、散発的に撃っているのだ。先程聞こえた銃声の正体はコレだろう。


「ありゃイカンですな」


 曹長が言う事には同意する。

 恐慌状態の、しかもろくに訓練されていない素人の銃撃が有効打を生む筈も無い。

 銃撃の殆どは明後日の方向に飛んで行ってしまっているし、中には空に向かって無意味にぶっ放しているヤツまでいる始末である。敵も銃撃がコッチに殆ど飛んで来ないと解っているのか、前進は淀み無く、止まる気配は無い。


「……コッチには敵も農民達も気付いてないみたいだな」

「そのようで」

「よぉし――」


 俺は双眼鏡を仕舞い、右拳を左掌へと打ちつけて気合を入れた。


「地域住民の脱出を援護する。総員、戦闘準備」

「総員、戦闘準備」


 曹長が、指令を復唱する。

 予期せぬ形で俺の『初実戦』は始まった。




◇勇/魔◆




 二個分隊十八騎の寡兵を率いてと急行する。

 しかし、ゴブリン隊に俺達の存在を気付かせてはならない。

 その為に、各種指令は全てハンドシグナルで行う。静かな行軍だ。

 馬の機動力を活かしつつ、生垣や立木を身を隠すのに利用しながら速やかに進む。

 俺達はゴブリンの側面にまですぐに接近し、『下馬』し、横列隊形を取った。畑の繁みに身を隠し、機を覗う。

 まだ、敵には気付かれていない。


 俺率いる第二十一乗馬警邏隊は、騎兵科上がりの俺以外全て『乗馬歩兵』だ。

 『乗馬歩兵』というのは、移動にのみ馬を使い、戦う時は下馬してからの徒歩で戦う兵士の事だ。

 つまり、馬には乗ってはいても本質的には『歩兵』だということだ。『騎兵』じゃぁない。

 歩兵のように隊列を組み、歩兵のように戦うのだ。


 つまり少数の歩兵が、多数の歩兵に戦いを挑む図式になる。


 寡兵で衆に挑むには、『衝撃力』という要素が不可欠だ。

 ショック力で敵の指揮を乱し、士気を挫き、その戦意を萎えさせ、後退に追い込まねばならない。

 要するにビビらせるということだが、では数に劣る歩兵が数で勝る歩兵をビビらせるにはどうするのか。

 言うまでも無く――。


(――『奇襲』以外にない)


 幸い、敵には気付かれずに接近出来た。 

 敵の注意は完全に、農民達に向かってしまっている。

 後を機を見て動くのみ!


(――今だ!)


 必要無いと思い、ラッパ卒は連れてきていない。

 故に、俺は制服のポケットからホイッスルを取り出し、吹いた。


 ――ピィィィィィィィッ!




◆魔/勇◇




 ゴブリン部隊は今や完全に殺戮に酔い、『狩り』に熱中していた。

 ゴブリンは元来臆病な種族であり、その反動で調子に乗りやすい性質を持っている。

 いまや完全に調子に乗り切ったゴブリン部隊には、獲物である農民達以外何も見えていなかった。

 ゴブリンは魔族の中では最も低級な種族で、魔族としては貧弱であり知能も低いが、半面繁殖力は異様に高く、恐ろしく雑食で、その気になれば土さえ食べ、放っておくとネズミ算式に増えて行く。

 そして種の本能としてより高等な魔族には服従する性質を持っている。

 故に戦争の際は、真っ先に投入されるのがゴブリン部隊なのであり、とる戦術はズバリ『人海戦術』以外ない。

 犠牲を恐れず数を恃みにひたすら攻め、ひたすら数で圧倒する……逆に言えばそれ以外に出来る事はなかった。

 ゴブリン部隊の指揮官は通常、ハイゴブリンと呼ばれる普通のゴブリンよりは若干体力知力共に勝った種に任せられるが、この部隊の指揮官もやはりハイゴブリンであった。

 魔族はその等級が上がれば上がる程、人間の感性で『美しい』と言える容姿へと何故かなっていくが、このハイゴブリンも他のゴブリンよりは若干……まぁ『見られる容姿』となっている。

 しかし、いかに容姿に優れていようと、知能と体力に勝ろうと、その本質はゴブリンなのである。

 部隊が殺戮という名の戦場特有の『熱病』に侵された時、冷静にそれに御すべきなのが指揮官であるのに、その肝心の指揮官であるハイゴブリン自身が、殺戮の歓喜に酔い痴れていた。


 ――この時点で、このゴブリン部隊の命運は決していた。


 突如、予期せぬ方向から、甲高い笛の音が聞こえて来る。

 ハッとなってゴブリン部隊が音の方を向けば、繁みの中から立ち上がり、横隊を組んで自分達へと銃を向ける『人間の兵士達』の姿が見えた。

 ゴブリン部隊の一部から、情けない悲鳴が聞こえたのと、人間側の指揮官らしき男が叫ぶ声が響いたのは、殆ど同時であった。


『Company――Fire!/中隊、撃てッ!』


 ゴブリンには解らぬ『人間語』の号令のもと引き金は弾かれた。

 黒色火薬特有の白く臭い煙を吐き出しながら、彼らの手にしたカービン銃より恐るべき『椎の実弾』が一斉に発射されたのだ。

 『椎の実弾』とは、その名の如く椎の実、あるいはドングリに似た形で釣鐘の様に中が空洞になっている銃弾である。

 弾丸の周囲には横向きに三本の溝が彫られており、この弾丸をライフル銃――銃身内部に施条された銃――で発射すれば、ジャイロ効果により弾道は安定し、また中空構造故に熱膨張で銃弾が銃身に密着する為ガス漏れも無く、故に恐るべき速度と威力を以て敵へと突きささる必殺の銃弾と化すのである。

 銃弾が柔らかい鉛で作られている為、人体に突き刺さればその瞬間、衝撃で弾体が細かく砕け散弾の様にバラバラになって肉へと喰い込む。

 命中すればかすり傷などあり得ない、凶悪無比な銃弾であった。

 脆弱なゴブリンの肉体など、この銃弾の前では紙クズ同然である。

 命中したゴブリン達が悉くもんどり打って地に倒れ伏す。


『Company,Volley Fire,Present!/中隊、一斉射撃、用意!』


 人間たちのカービン銃は単発前装式であり、威力はあるが連発は出来ない。

 よって、最初の発射の後、即座にカービン銃より手を離し、各々の腰の拳銃を抜いた。

 センラック陸軍用の、44口径6連発の強力な拳銃であった。


『Fire!/撃てッ!』


 第一射。

 ゴブリン相手ならば拳銃弾でも充分効果があり、しかも、彼らの使う銃は大口径である。

 ふたたびバタバタとゴブリンが地へと斃れる。


『Advance!/進めッ!』


 セイウチ染みた髭の下士官が号令し、兵士たちは前へと五歩程すすみ、止まり、再度号令!


『Take aim,Fire!/狙え、撃てッ!』

『Advance!/進めッ!』


『Take aim,Fire!/狙え、撃てッ!』

『Advance!/進めッ!』


『Take aim,Fire!/狙え、撃てッ!』

『Advance!/進めッ!』


『Take aim,Fire!/狙え、撃てッ!』

『Advance!/進めッ!』


『Take aim!/狙えッ!』

『Fire!/撃てッ!』


 射撃と前進を繰り返しつつの怒濤の六連発!

 密集したゴブリン部隊への斉射は、外れる事無く全弾命中した。

 連続射撃と、それによる犠牲は、ゴブリン部隊を恐慌状態へと追い込む。

 彼らは、自分達の前に現れた敵が、実は自分たちよりも遥かに少ない寡兵に過ぎない事に気付かない。

 たて続きの銃声と、視界を塞ぐ黒色火薬の白煙、奇襲による心理的衝撃が、ゴブリン部隊に実際よりも遥かに多い敵兵を幻視させていた。


 そんなゴブリン部隊の状態を、彼らの敵たるアーサー・エルドリク中尉は気付いていた

 故に、叫んだ。


『Chaaaaaarge――Baaaaaayooooneeeet!』


 銃剣突撃を命じたのだ。

 騎馬警官たちは、腰のベルトに紐でつないでおいた撃ち切ったカービン銃を構えた。

 その銃口下部には、短剣型の銃剣が既に装着されていた。

 エルドリクは、腰のサーベルを引き抜き、その白刃を天へと高く掲げ、さらに叫ぶ。


『Tallyhooooooooooooooo!』


 彼に従う騎馬警官達もまた、復讐の女神の如く叫んだ。


『KIEEEEEEEEEEEEEEEEEEーー!』

『TIEEEEEEEEEEEEEEEEEEーー!』

『KYOOOOOOOOOOOOOーー!』

『YIEAAAAAAAAAAAAAAーー!』

『YPAAAAAAAAAAAAAAAーー!』


 銃剣を煌めかせ、叫び、走り出す。

 その気迫、その表情。

 ただでさえ恐慌状態に陥っていたゴブリン部隊の士気は、これで完全に崩れた。

 ゴブリン部隊は潰走を始めた。逃げるその背中には、サーベルが、あるいは銃剣が、あるいは再装填された銃弾が次々と突き刺さり、追撃の犠牲が続出する。

 ゴブリンは、算を乱し、蜘蛛の子を散らす様に、逃げる他無かった。


 手持ちの銃弾も少なく、数も少なく、深追いは、したくとも出来ず。

 人間たちは途中で立ち止まり、逃げるゴブリン達の背中を見送る。

 ゴブリンはそれでも振り返りもせず逃げ続け、四方に駆け散った。


 この戦闘で、エルドリクは一先ずの勝利を挙げたのだった。


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