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第2話 the Mounted Policeman



 魔族の領域と国境で接する国、『センラック連邦共和国』。

 その北部辺境には幾つもの『駐在所』が設けられている。


 駐在所と言っても、駐留しているのは警察官では無く、共和国陸軍に所属する『騎馬軍警隊』である。

 騎馬軍警隊とは、騎馬兵や乗馬歩兵で構成された機動部隊であり、その速力を活用し、連邦共和国北部辺境を西へ東へ駆けまわり、治安維持の任務に従事しているのだ。

 センラック北部辺境は広大であるのに加えて、極めて治安が悪い。

 魔族の小集団や、追剥・山賊・馬族の類が多く、彼らが村落や旅行者、遠隔地商人の馬車などを頻繁に襲うのだ。

 こういった連中に対抗するために、軍用の強力な装備に馬の機動力を併せ持った準軍事組織が求められ、生まれたのが騎馬軍警隊なのである。

 北部辺境に設けられた駐在所の内、特に大きな物の一つが『ノースウォール村』の駐在所であった。

 ここには一個中隊百騎の騎馬警官と、二十数人程の事務員が配属されている。

 電信所も設けられ、この辺りでは国の中央部と迅速な連絡が取れる唯一の場所であった。

 木造の厩に、やはり木造の田舎の村役場染みた小さな宿所兼事務所。これらがこの駐在所の全てである。

 事務所に備わった小さな時計塔には機械仕掛けの鐘があり、所定の時刻になると鐘を鳴らす仕組みになっていた。

 畑、牧草地、雑木林、そして納屋以外はなにもないノースウォール村だ。

 時刻を告げる鐘の音は、村のどこにいても聞くことができた。

 

 ――さて、ガランガランと午後三時を告げる鐘がノースウォールの村に響き渡った時分。

 畑と牧草地の間を縫うように蛇行する無舗装の道を、十騎ほどの騎馬警官達が駐在所へとパカパカとゆっくり進んでいた。

 十人の騎馬警官は、先頭の一人を除いてほぼ同じ格好をしていた。

 灰色に近い黒色の、詰襟肩章付き肋骨服。同色の乗馬用ズボンに、靴は拍車付きの黒革ブーツ。頭には白色の日除け垂れ付きカバーのついたケピ帽型の制帽を被っている。

 各々、腰には六連発回転式拳銃を吊り、馬の鞍付きのホルスターには単発前装式のカービン銃を差していた。

 一行の先頭を行く、隊長らしき男は、乗馬用ズボンに拍車付きブーツまでは他と同じであるが、肋骨服の飾り紐の数が多く、被っているケピ帽型制帽にも日除け垂れ付きカバーはなくて、代わりに赤い羽根飾りがついている。

 腰のベルトに拳銃を二丁落とし込み、さらにサーベルを一振り吊っていた。

 制帽に取り付けられた帽章より、この先頭の男が『騎馬軍警第二十一乗馬警邏隊』の所属である事が解り、

両肩の階級章からは階級が中尉である事が解る。

 面相は若く見えるが、中々に立派な口髭の生えて剽悍でもある。

 概して好青年であるという印象の相貌であった。

 果たして、一行の先頭を行くこの青年士官はノースウォール駐在所の部隊長であり、その名を――。


「中尉さん!エルドリクさん!」

「どうしたサム。揉め事か?」

「ダンカンとフィンがまた揉めてんだ!なんとかしてくれ!」


 ――その名を『アーサー・エルドリク』。

 かつては英雄であった『勇者』の一族の末裔であり、今やその役目を終え、歴史の陰へと消えつつある家系の果てであった。



◇勇/魔◆



 ――俺の先祖は『勇者』だった。

 ――『騎士』の中の『騎士』であり、『王家の守護者』であり、『民の盾』でもあった。


(まぁ、でもそれは昔々の話で今は辺境でドサまわりするだけの、ただの下っ端軍人なんだけどな)


 『火薬』と登場で時代は換わり、あらゆるモノが変わった。


(いまや王家は退位させられ、ただの人。騎士達の多くも没落し、ただの人か、既に家が途絶えたか)


 俺の家はまだマシなほう。

 先祖代々の功の積立のお陰で、今や平民が八割を占める議会も一応は配慮してくれた。

 『護民卿』とかいう世襲官職を一族に与え、給料まで出してくれたのだ。

 まぁ、言っても額は『蚊の涙』。一晩呑めば消える、はした金に過ぎない。


(しまいにゃ、こんな辺鄙な田舎で、一体俺は何をやってんだか……)

「ウチの木のりんごを盗ったのはどう考えてもテメェの娘だろ!俺のリンゴだぞテメェのじゃねぇぞ!バカこくな!」

「こいてねぇ!何でもウチのガキどものせいにしくさって糞野郎!第一あそこは俺の土地だっつってんだろが!こんどナマ来いたらドタマにぶち込んでやらぁ!」

「テメェこそ俺のケツを舐め腐れ!」


 俺は目の前で口汚く罵り合う農夫二人に意識を戻し、陰陰滅滅とした。

 ダンカンとフィン。

 喧嘩は今に始まったことではない。

 やれアイツが用水路から余分に水をひいただの、あいつはウチの羊をくすねただの、野郎の倅が畑で悪さしただの……。こうして俺が仲裁に入るのもノースウォールに赴任して来て以来、もう何回目だろうか。


「……いいかげんにしてくれ。隣同士なんだ。どうして仲良くできないもんかね」

「それはこんド腐れが」「そいつぁこの糞野郎が」

「まずその汚ねぇ口を閉じろ。どっちもだ」


 俺は努めてデカく厳しい声で言った。

 無駄にデカい農夫二人の声を上から覆い潰す。

 二人は役人を怒らせたと思って、少々まごついた。

 基本的には毒のない田舎男に過ぎない二人が、どうしてこうもみっともない喧嘩ができるものか。

 お陰でどちらの家の子どもも親譲りの口汚さで、それが周りの子に移って村の親連中を悩ませているぐらいだ。


「フィン。そもそもあのリンゴの木の枝は、前に決めた境界線を越えて伸びてるじゃないか。今度のことはダンカンにも一理ある」

「だが根っこは――」

「黙って最後まで聞け。……所でダンカン。前にお前の羊がフィンの農場に飛び込んだ時のことは覚えてるな」

「……え、あ、う」

「たとえフィンの土地に入ったとしてもダンカンのものであることは変わらない、と言った筈だが」

「……」

「言った筈だが」

「……言った」

「じゃあリンゴはフィンのものだろう。お前のじゃない。前と同じ理屈だ」


 両方静かになってきた所で、俺はやや一方的に裁定を告げた。

 この手の騒動には時に強引さが必要とされる。居丈高に見えるのはご愛嬌だ。


「ダンカンはリンゴを返せ。フィンは枝を詰めろ。そもそも木をどかしたいなら後で事務所に届け出ろ。以上だ」

「……」「……」

「以上だ。解散」


 暫くフィン、ダンカン共に何やらぶつぶつもごもご言っていたが、やがて自分の家へとすごすごと戻っていった。

 俺は二人の姿が消えるのを待って、詰め襟を開けてため息をついた。

 以前フィンが猟銃を持ちだしてあわや死人が出るかという騒ぎになったことがあったが、そうなる前におさめられて、まぁ一応良かったと言えるだろう。


(俺は一体、何をやってんだろうね)


 ため息をつきながら、ふとそんな事を考えた。




◇勇/魔◆



 

 昔日の栄光を求め、意気勇み、努力して士官学校に入り、なんとか花形の騎兵科へと俺は潜り込んだ。

 騎兵士官は馬を自弁しなきゃいけないから、我が家の家計を考えると迷う面もあった。

 騎兵用の馬は養うだけで年二千シリングも掛かるから。


 それでも俺は『勇者』の一族。騎士の中の騎士の末。

 騎兵以外の選択肢は、結局無かった。


 ところがふたを開けてみれば、回ってきたのは騎馬警官。早い話が場末の勤務。

 それでも、治安の悪い北部辺境だと聞けば、山賊盗賊馬族魔族相手の大立ち回りを期待した。

 どっこい、北部辺境でもノースウォールの辺りは治安が良くて、いるのと言えばケチな物盗り程度。

 暇なのは平和の証拠とは言え、仕事が害獣撃ちと喧嘩の仲裁、あとは用水路を直したりの土木工事ぐらいしかないと思えば、何のために苦労して騎兵になったのか解らなくなってくる。


 一個中隊の隊長と聞けば聞こえも良いが、単に管轄地区がだだっ広い為に警官の数が多いだけ。

 つまるところ仕事は単なる田舎の駐在ということだ。

 華々しい戦場などここにはない。いつしか俺は現実を理解し、目は覚め熱意は冷めた。


「ふぁ~~あ……」


 一日三度の警邏の仕事。二度目のそれを終えて駐在所に俺は帰っていた。

 中の廊下を自分の部屋へと歩きつつ、大きな欠伸をひとつ。

 数代前の先祖が王より直接賜ったという、伝家のサーベルの柄頭を歩きながら撫でる。

 かつては実際に魔族の血を吸ったと聞くが、今は俺の家と同じくただ朽ちていくだけの……。


(やめよう。考えると暗くなる)


 しかし一旦暗くなった考えというやつは早々に覆らない。

 思うのは苦しい我が家の家計ばかり。

 先祖伝来の領地は、家計の苦しくなった祖父の代に既に売ってしまって久しい、とか。

 我が家の収入は、僅かな畑と、俺の給与だけ……とか。

 士官だから乗馬も含めて制服も拳銃も全部自弁だ、とか。


(はぁ~~……)


 辿り着いたのは部隊長用に用意された部屋。

 油の切れた蝶番をギイギギ鳴らしドアを開けば、ギシギシと音の鳴る椅子にドカっと腰掛け、帽子は事務机の上に放り出し、机の端に靴も脱がず踵を乗せる。


(……)


 机の引き出しを開け、スキットルを出し、中身の安酒を呷ろうとする。

 幸い、我らがセンラック陸軍は気前が良く、任務中の飲酒は合法であり……。


「隊長殿、少しいいですかね?」


 とまぁ気晴らしの酒をノックもせずに入って来て邪魔をしてくれたのは、ケヴィン・パトリック曹長だった。

 我が隊の事実上の副官である、古参兵の曹長殿。

 かつては前線勤務で激戦区を渡り歩いた古強者で、胸元には誇らしげに勲章が飾ってある。

 トウがたってきたため、辺境勤務に移って来た男でセイウチみたいな大きな口髭がトレードマーク。

 中隊の真のまとめ役であり、自分の様なにわか中尉では頭の上がらない相手だった。


「ノックぐらいしてくれ曹長。それで……何用だね?」

「はぁ。それがですね。ベガーズ上等兵が、何だか妙な煙が見える、と。それがどうも、ベランジャーの方角じゃぁないか、と、申しておりまして」

「……何?」


 曹長に言われて、双眼鏡片手に時計塔の上に登れば、なるほど確かに煙が見えるし、それはノースウォールの隣、ベランジャー村の方角である。

 ベランジャー村は過疎化が進む農村だが、この辺りでは人が多く住んでいる方の村だ。

 駐在所からは少しばかり離れた場所あり、双眼鏡を通しても煙の筋が微かに見えるだけだった。


「……火事かもしれんな」

「そのようで」

「よし――A小隊の第一分隊と第二分隊に出動命令だ。マクレラン少尉に此処を任せて、曹長、君は私と共にベランジャー急行するぞ」

「了解です、隊長」

「ラッパ卒!集合ラッパ!」


 スキットルを机の引き出しに戻し、窓から顔を出して俺は大声で怒鳴った。

 集合ラッパが狭い駐在所内を響き渡り、にわかに慌ただしくなる。

 隊伍が揃い次第、俺はA小隊第1分隊、第2分隊の計二十騎ほどを率いてベランジャー村へと急行した。


 そこで俺たちを待っていたのは、まるで予想していなかった代物だった。




◇勇/魔◆




「――ひでェ事しやがる……」


 戦場馴れした熟練のパトリック曹長ですら思わずそう漏らす程に、凄惨無残な光景を俺達はベランジャーで目撃した。

 新兵達の多くは、思わず蹲って嘔吐している。

 俺も正直、気分が悪く、慄然としていた。


「……クソッタレが、畜生」


 俺の口からは、そんな言葉しか出て来なかった。

 それほどまでに、目の前に広がる光景は酷いモンだった。


 村の家屋で、燃えていないモノは何一つ無いと言っていい。

 程度の大小こそあれ、村のなかのあらゆるモノが燃え、あるいは打ち壊されていた。

 畑は踏み荒らされ、柵や生け垣も引き倒され、潰されていた。

 家畜も略奪したのだろう、一匹も見当たらない。


 ――そして、『生存者』の姿もだ。

 部隊に数人いる伍長の内、最先任のバンクス伍長が、徒歩での偵察から戻って来て報告する。


「ただいま戻りました。やはり生存者は確認できません」

「……そうか、御苦労」


 俺はバンクス伍長の報告を聞きながら、目の前に連なった『ソレら』を改めて見上げる。

 そこにあったのは……。


「畜生め」


 『串刺し』にされたベランジャー村の住民たちの姿。

 長い杭に、尻から口まで一突きにされて、全員が殺され、曝されていた。

 大半は男だが、中には女、なんと赤子までもが串刺しにされて殺されている。

 燃える家屋の中からは人の焼ける臭いが広がり、地面には斬られ突かれ殺された人々の死体がゴロゴロ転がっていた。


「いったい……誰がこんな事を……馬賊の類にしてはやり口が……」


 傍らに控えていた、まだ任官したばかりの若い少尉が言う事に俺も同意だった。

 馬賊や山賊の類も村を襲うが、それは飽くまで略奪の為だ。

 邪魔や抵抗をされない限りは、村人を殺さずに済ます場合も少なくない。女や娘を攫う事もあるが、これも用済みにならない限り殺す事は少ない。

 あの手の連中にはここまでの非道を敢えてする理由がないのだ。


「隊長どの、ちょっと」


 パトリック曹長が地面を指さしながら、俺を呼ぶ。

 行ってみれば、あったのは無数の足跡であった。


「これが何だ?」

「……自分はコイツと同じものを嫌って言う程見たから解るんですがね。コイツは人間のモンじゃありませんぜ」

「!?」


 確かに、その足跡はいずれも人間の大人のものに比べると小さく見える。


「恐らくは……ゴブリン種のモンでしょうなぁ」


 曹長の言った内容に、俺は驚いた。


「ゴブリン……という事は……」

「魔族です。それも半端な数じゃない」

「確かか?」

「連中の足跡なら見間違えません。数から考えるに……村を襲ったのは、最低でも一個大隊規模かと」


 それを聞いて、思わず俺は天を仰ぐ。

 大隊規模のゴブリンが、この辺境に現れた!

 いかに魔領に近いとは言え、それでも魔族の生息域からは遠い筈だ。

 何故?どうしてこんな所に?


「中尉殿ぉ!中尉どのぉぉ!!」


 考えていた矢先、偵察に行かせていた兵士の一人、ヒゲが特徴的な軍曹が転びそうになりながら自分に駆けよって来る。

 急いで敬礼をしながら、まくしたてる様に、言った。


「北に5キロ程行った地点にて、魔族発見!規模は、おおよそ一個大隊のゴブリン部隊です。装備などより察するに……」


 ヒゲの軍曹より続けてでた言葉に、再度俺は驚愕させられた。


「魔王軍正規部隊です!より遠方には、他の部隊らしき姿も見えます!」


 ――この事件は、今思えば『始まりの狼煙』であったのだ。

 この一件が、これより始まる騒動の発端であり、俺と部下と『魔王軍』との激闘の幕開けであった。



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