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先日出会ったばかりの幼なじみが俺の恋人です


 そんなわけで俺は、この歳にして初めて逢った幼なじみの頬白真結と交際する事になった。


「おはようございます弓塚さん。今日駅前のスーパーで卵が安いんですけど、一緒に買い物にいきません?」


「あら頬白さんおはようございます。そうなんですの? 是非ご一緒させて下さい」


「一人1パックらしいですから、硯も連れて行きますけど、かまいません?」


「ええ勿論! 硯ちゃん今日も可愛いわねぇ」


「おはようございます、おばさま」


 俺の家と頬白家は当然ながら、10年以上の付き合いという事になっている。

 縫香さんが俺の父さんの後輩だとか、硯ちゃんが考えた細かい設定もあるようだが、全てを把握はしていない。

 俺にすり込むはずの記憶には、俺と頬白真結のなれそめについても設定があるらしいのだが、それも全く覚えていない。


「いってらっしゃい、真結」


「いってらっしゃい、お姉ちゃん」


「いってらっしゃい、弘則」


「弓塚君、真結をよろしくね」


「はい、いってきます」


「いってきまーす」


 朝の通学の時間、毎朝このように挨拶を交わし、俺と頬白は共に学校へと向かう……事になっている。

 そして俺は自宅から駅や学校へ向かう時に必ず通る事になる、町田の家に寄る。


「おはようございます、弘則です」


「おはようございます、頬白です」


 古びたマンションの二階に登り、呼び鈴を鳴らすと準備を整えた町田が玄関先に現れ、俺達に軽く挨拶する。


「いってらっしゃい、気をつけてね」


 町田のお母さんは世話好きの強いお母さんだ。俺のお母さんは優しいがどことなく頼りない。

 虫が出た時に悲鳴を上げて怖がるのが俺の母で、虫を退治してしまうのが町田のお母さんだ。

 この強弱の関係もあってか、俺の母と町田の母はとても仲が良い。


「弓塚君と町田君って、本当に仲が良いのね」


「長い付き合いだからね」


「……」


 これが普段の、いつもの、俺のよく知っている町田努。

 無愛想で無口で、最低限の事しか話さない。

 そして暇があればいつも何かの本を読んでいる。

 新刊から古本まで興味がある本は片っ端から読んでいる。町田の人生の半分は読書で、もう半分はそれらの本を手に入れるために、書店と古本屋と図書館を歩き回る事だった。


「今日は何の本を読んでいるの?」


「日本の昔話、第十二巻と新刊のSF小説」


「相変わらず、雑食だな」


「昔話は図書館から借りてきて継続して読んでる。140巻まであるから当分は楽しめる」


「全部読むつもりなの? すごい……」


「日本の魔女の話は面白い。龍穴から離れると死んでしまう不思議な話もある」


 最初に町田が頬白をあの公園に呼び出したのは、あの公園にパワースポットがある為だった。

 町田は魔女とパワースポット/龍穴に密接な関係がある事を知っていた。

 それもこの読書量で得た知識なのだろう。


「ね、ねぇ弓塚君、今度の休みにどこかに遊びに行かない?」


「い、いいね。どこがいい?」


「弓塚君に任せる。私あんまり、出歩いた事が無いから」


「そっか。じゃあ、決めておくよ」


 うっかりすると、頬白がこの町に来てまだ数日だという事を忘れてしまう。

 記憶では何十年も住んでいるというのに、実際は数日では無理がある。

 その矛盾は実際に出歩いて、この町に慣れ親しんでいくしかなかった。


(もし、俺が普通に魔法にかかっていたら、どうなっていたんだろう)


 おそらく、俺の記憶には幼い頃からの頬白との思い出がすり込まれていたりするのだろう。

 実際には行った事の無い場所へ二人で行った事とか、見た事の無い物を共に見た思い出とか。

 その時の俺は、多分、幸せだろう。

 今の俺は別の意味で幸せだったが。


(そうか、俺にも恋人が……出来たんだ……)


 しかもこんなに可愛くてこんなに性格の良い女の子が、美味しすぎる設定として交際相手として位置づけられ、俺はそれを甘受しただけだった。

 幸運だとしか言いようがない。この幸運も頬白の力のおかげなのだろうか?


「毎日、こんな風に二人で登校しているの?」


 頬白が町田に聞こえない様に、少し声を潜めて俺に聞いた。


「そうだよ。俺と町田は子供の頃からずっと二人で通ってきたんだ」


 どこかへ遊びに行く時も、幼稚園に通い始めた時も、小学校の時も……。

 もしかしたら、それより前もそうだったのかもしれない。

 俺と町田は同じ病院で生まれ、母親同士がその時に友達になっていた。

 町田の方が俺よりも数ヶ月先に生まれ、町田の母親は先に退院した。

 にもかかわらず俺の母さんが俺を産む時に、町田のお母さんがかけつけてくれた。


 だから物心がついた時には、町田は俺の友達だった。


「ふうん、幼なじみって良いな」


「頬白も幼なじみじゃないか」


 現実には、この俺と町田の間には頬白の記憶は無い。

 俺の家の隣に住んでいたのは、年老いた魔女とその旦那のおじいちゃんだった。

 でも、その代わりに頬白は俺の家の隣に住んでいた事になり、同い年である以上は、幼少時からの家族ぐるみの付き合いがあったという事になっている。


「弓塚君……」


 本当は幼なじみなんかじゃない。頬白はそう言いたかっただろう。

 本当は何も知らない。過去はない。全て空白。でっちあげの履歴。


「俺達は幼なじみを始めたんだ。まだ始まったばかりだよ」


「……うん!」


 頬白の顔から迷いが消え、可愛らしく笑った。

 その笑顔を見た時、俺はとても幸せな気持ちになった。

 俺と頬白の交際もでっちあげの中身のない物だ。

 でも、彼女の笑顔を見て幸せになり、彼女には笑っていて欲しいと思うなら、それは悪くない事なんじゃないだろうか。



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