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 閉園は夜9時。今日は小さなパレードがあるそうだ。

 平日なのだが、先日の兎祭の続きらしい。


 もしもこれが休日だったら、もっと沢山の人が居て、真結に力を分けてくれただろうか?

 そんな事を思ってはみたが、さすがに日が暮れてくると人の数はめっきり減ってしまい、だんだんと寂しくなってきていた。


 まだ終わらないで欲しい。そう思いながら、時々、頬白の顔を見る。

 彼女の息は浅いが、顔色はいい。まるで寝ているだけの様に見えて、少し安心する。


 パレードが始まる前、誰かがそっと俺の脇にドーナツと飲み物を置いていった。

 そう言えば今日一日、何も食べてなかった。

 こういう気遣いをしてくれるのは、いつも襟亜さんだった。


 ドーナツの袋を取り、一口分食べたが、胃は受け付けなかった。

 少しの飲み物でドーナツのかけらを飲み込み、再び袋を足下に戻す。

 真結が飲みはしないかと、ジュースのストローを口にもっていってみると、少しだけ、飲んでくれた。


 やがてパレードが始まったが、それは5つの団体がメインストリートを二周するだけの本当に小さな物だった。

 でも、その効果はとても抜群だった。

 日が暮れて、大噴水とメインストリートには明かりがともり、色鮮やかなイルミネーションが目の前に広がった。


 スピーカーを通して活気のある曲が流れ始め、そして夜空には小さいながらも花火がぽん、ぽんと弾ける。

 ふと、横を見ると、真結が目を開けて、嬉しそうに微笑んでいた。


「大丈夫なの? 気分は悪くない?」


 俺がそう尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。

 彼女の元気な笑顔が見られた事が、とても嬉しかった。


 目の前を5つの団体がゆっくりと通過していく。

 一つは兎祭にちなんだ、パニー姿の女性達が小さく踊りながら歩いて行く物。

 次の一つは、このファミリーランドのキャラクター達がステップを踏みながら歩いて行く物。

 動物ランドからは大型の犬たちが参加し、鹿島市の盆踊り同好会の人達が曲に合わせて舞い踊っていく。


 最後の一つは……

 それが現実の物かどうか、目を疑った。


 彼らは白いドレスを着て、天使の羽をつけていた。

 そしてただゆっくりと歩きながら、手を振っていた。

 その中の男女を見た時、真結が、お父ちゃん、と呼んだ様に聞こえた。


 驚いて真結の方を見たが、何かを喋った様には見えなかった。


 あの天使の一団は、もしかして、真結を連れに来たのではないか。

 あのウサギ耳の天使が言ったお迎えではないのかと、心の底が冷たくなった。


 まだ終わらないで欲しい。まだ連れて行かないでくれ。

 そういう想いが心の中に溢れてきた。


 パレードはぐるりと一周して、二周目に入った。

 メインストリートの脇にいる人達も、それを笑顔で見送る。

 ウサギの衣装を着た人達のパレード。

 ひょうきんなマスコット達。

 盆踊りの人達。

 大型犬を連れた人達。


 時計は午後8時。


 もう8時。


 あと一時間で閉園してしまう。


 パレードの二周目、5番目はやはり天使達のパレードだった。

 彼らは俺達の目の前を通り、小さく手を振った後……目の前で姿を消した。


 やはり、天使達のパレードは幻だった。


 俺はただ、泣いていた。

 いつから泣いていたのだろう。

 パレードを見て、真結が元気な笑顔を見せたなんて、ただの妄想だった。

 彼女はパレード中も目を閉じ、浅い呼吸を繰り返していた。


 俺はずっと真結の手を握っていた。

 でも、彼女が握り返してくる力強さが、どんどん小さくなっていくのが分かった。

 だから、泣く事しか出来なかった。


 パレードが終わる。本当は4つしかないパレード。

 パレードの終わりを告げるアナウンスがスピーカーから聞こえ、活気のある曲がフェードアウトしていく。

 時計が今何時なのか、見たく無かった。


 イルミネーションが消され、最低限の照明に戻ると、大噴水の前はいきなり静かになった。


 人々は居なくなった。

 閉園の時間だった。

 笑顔は消え……そして……魔力も失われていく。


「ひろくん……」


 泣いている俺に、真結が声をかけてきた。

 真結の顔を見ると、半ば意識が遠のいているその顔で、精一杯微笑んでいた。


「ありがとうね……本当に……ありがとう……」


 彼女に礼を言われる事なんて何もしていない。

 礼を言うのは俺の方だった。

 それなのに、言葉にしようとしても、うっ、という嗚咽が漏れただけで声にならなかった。


「ありがとう……楽しかった……」


「わたし……ひろくんに会えて……よかった……」


 どうしても、その言葉を俺に伝えたかったのだろう。

 俺が笑顔で頷くと、彼女は最後に小さく微笑んで……そして、静かに息を吐いた。


「どうして……どうして真結が死ななきゃいけないんだ……? どうして……」


「何も悪い事なんて、してないのに、どうして……」


「天使になんて、ならなくていい……どこにもいかないでくれ……」


「真結を……連れて……いかないで……」


 どうする事も出来ず、ただ泣きながら嗚咽を漏らす俺の前に、誰かが立っていた。

 縫香さん、襟亜さん、硯ちゃんの頬白姉妹達だった。

 妹の最期を看取りに来たのだろう。


「縫香さん……襟亜さん……硯ちゃん……」


 俺が助けを求める様にそう名前を呼んだ時。

 襟亜さんがいきなり俺に飛びかかり、そして、持っていた刀で俺の身体を貫いた。


「こ……れ……は……?」


 座ったままの俺の身体の中心、胃のど真ん中を冷たい激痛が貫いていた。


「こうするしかないの、ごめんなさい」


 耳元で襟亜さんがそう囁いた。

 次の時、縫香さんが真結に駆け寄り、その身体を後ろから羽交い締めにし、首をねじり上げる。


「な、何をして……どうして、そんな事……」


「お姉ちゃん、ごめんなさい」


 最後に硯ちゃんが羽交い締めにされた真結の前に行き、そして小さなナイフで心臓を貫いた。

 これが魔女の最期なのか。この姉妹は真結にとどめを刺しに来たのか。


「お父ちゃん……お母ちゃん……」


 真結は、何も見てない目で、迎えに来た天使達を見ていた。

 この瞬間、天使は真結を天界へと連れて行こうとしていた。


「弓塚君、君の願いを言いたまえ!」


「……?」


「願いを言えと言っている! お前が望むものは何だ!」


 縫香さんがぐい、と身体をねじり、俺に真結の身体を見せた。

 その真結の身体が淡く光り、そして宙へと舞おうとしていた。

 天使に真結の身体を渡さない為に、必死で彼女の身体を引き留めているのだった。


 胸にはナイフが突き刺さり、そこから血が溢れ出てきていた。

 真結が着ている服が、どんどん赤く染まっていくのが見えた。


「真結を……頬白真結を助けて下さい! 殺さないで下さい!」


「真結は、真結は既に死んだ! 君の望みは何だ!?」


 縫香さんは重ねて尋ねた。それは絶叫にも近い叫びだった。

 力の限界で腕が震え、真結の身体がどこかへと連れていかれそうになっていた。

 縫香さんの目は、俺を見て懇願していた。気づいてくれ、と。


(俺の……望み……?)


(俺の…………)


”願い?”


「頬白真結を……生き返らせて下さい……お願いです!!」


 俺の願いは届いた。

 そして奇跡は起きた。

 運命の魔女の力によって。


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