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魔力の集う所へ……


 その日、俺は自宅へは戻らなかった。

 町田と来島さんは、襟亜さんに言われて硯ちゃんと共に帰ったそうだった。

 町田からの電話に、頬白が死にそうだとだけ告げると、町田は何も悪くないのに、すまない、と謝っていた。


 濡れて冷えきった真結の身体を、縫香さん達がお風呂に入れてあげて綺麗にし、来客用の和室に寝かせた。


 真結の息は浅く小さく、顔色は蒼白で、その姿を見ているだけでも泣けてきた。


「天使にするって言うけど……でもそれって……現実には、死ぬのと同じなんじゃ……」


「そうだな……寿命が尽きた後に天使になりたい人は多くても、自ら天使になる為に死のうとする人はいない」


「……真結は……いつまで、生きていられるんですか?」


「分からないけど、一つだけ、ギリギリまでその可能性を伸ばす方法はある」


「それは……?」


「真結を魔力の溢れるところに連れて行く」


「クルーシブル……ですか?」


「まさか。もっと健全で明るくて優しい所……遊園地だよ」


「……連れて行っても……良いですか?」


「ああ……こちらこそ、頼むよ。弓塚君。真結はきっと、最後まで君に側にいて貰いたい筈だ」


 朝が明けるまで、俺はずっと彼女の側にいた。

 そして彼女の手が冷たくならないように、ずっと握っていた。

 真結は時々、ほんの一瞬、意識を取り戻し、そして俺の手を握ってくれた。

 その後、また意識を失って、静かに浅い呼吸を繰り返していた。


 リザリィも気を遣って、部屋にはあまり入ってこなかったが、家には帰らずにリビングに居たようだった。

 誰もこの悲しみを和らげる事は出来ず、ただ『その時』が来るまでの時間を待つだけだった。


 襟亜さんは、なるべく気丈に振る舞っていて、皆がお腹が空いて倒れないようにと、スープを作ってくれていた。

 それ以上の食欲なんてなかったし、それを飲まなければ倒れてしまいそうなほど胃の中は空っぽだった。


 日が昇り、温かくなった頃に、俺達は真結を連れて、かのしまファミリーランドに行った。

 真結は立てなかったので、そっと抱きかかえ、そして一番魔力の集まる場所。あの大噴水の所へ連れて行った。

 大噴水の正面のベンチに、俺と真結は並んで座った。

 他の人達は、後は任せたと言って、去って行った。


 平日だというのに、随分とお客さんが多い様な気がした。

 家族連れ、子供連れ、若い人達、様々なお客さんが目の前を通り過ぎていく。


 皆が笑っていて、その笑顔から魔力が溢れ出していた。


 自宅で寝ている時より、真結はいくらか楽そうに見えた。

 顔色も少し赤みがあり、もしかしたらこのまま元気になれるかもれしない、という淡い期待も持てたぐらいだった。


「遊園地だね……」


「うん……」


 少し、意識を取り戻した時に、真結がそう言って小さく笑った。

 その笑顔を見ると、彼女がこのまま死んでしまう事が信じられなかった。

 正直に言うと、信じたくなかった。


 初めて、頬白姉妹が隣にやってきてから、まだそれほどの月日は経っていない。

 もし昨日のような事がなければ、この先何年も、俺は彼女と共に毎日を暮らし、そして大人になり、共に歳をとっていっただろう。


 最初は、彼女たちが魔女だという事に驚いた。

 モデルのような綺麗な体型の縫香さんは、場違いなチャイナドレスをいつも来ていて、さらに下着を着けないという色気たっぷりの人だった。

 襟亜さんは母性的でいつも笑顔を絶やさないのに、言う事は常に殺す殺さないといった殺伐とした台詞で、とてもおまわりさんをしているとは思えなかった。

 硯ちゃんは賢いけど、いつも真結の事を心配して不機嫌な事が多かった。

 しかし、上の姉達のむちゃぶりから考えれば、仕方の無い事だった。


 真結は、最初は控えめで殆ど口をきかず、いつも遠慮していた。

 それでも気の利く良い子で、なにかと他人の面倒を見ていた。

 真結は奇跡という魔法を使う事で、秘密を背負うのが辛いと言っていた。

 人に言えない事を心の中にしまっておくのが、重いのだそうだ。


 最強の魔法使いと呼ばれ、運命の魔女と呼ばれる彼女は、その名とは関係無く、ただの可愛らしい気立ての良い女の子だった。

 リザリィと出会う事になったきっかけは、お弁当の本を買いに行った時の事だった。

 俺と真結はコイルさんに出会い、襟亜さんに助けられた。

 あの時、もしも俺がコイルさんの邪眼を見ていたら、そこで死んでいたかもしれなかった。


 しかし、コイルさんの仕えるリザリィもコイルさん自身も、話をしてみれば悪い人達ではなかった。

 リザリィはなんとか運命の魔女を手に入れようとしていたが、今から思うと、あれは無駄な努力にしかなっていなかった様にも思える。

 この遊園地に来て、彼女は色々大変な目にあったが、落ち込んだリザリィを心配して側についていたのは真結だった。

 夜の事が無ければ、昨日は楽しい想い出の一日になっだたろう。


 どうして、こんな事になってしまったのか。


 縫香さんは仕組まれていたと言った。神の仕組んだ事なんて、人間にも魔女にも予測出来る訳がない。

 俺達は自分の意志でここに来た様に思っていたが、その実は神様に振り回されていただけだったのだろうか。


 その神様はあのウサギ耳の天使を地上につかわす為に、クルーシブルを作り、そして真結を生贄にしたのだろうか。

 そこまでして、奇跡をおこなさくてはいけなかったのだろうか。


「もっと……真結と……こんな風に……一緒に居たかった……」


 俺が零すようにそう言うと、聞こえたのか、真結はきゅっ、と少しだけ手を強く握ってくれた。

 少なくとも、ここに連れてきたのは正解だった。

 あのまま家に居たら、既に真結は力尽きていたかもしれない。

 ここはクルーシブルではないが、レイラインの恩恵もある、多くの魔力が集まる場所だった。


 街中で産まれた魔力は、龍脈に沿って流れる。遊園地で人々が得た幸せは、魔力を産み出す。そしてこの大噴水を経て、メインストリートを通り、動物王国へと流れていくが、温泉に流れ着く前に、地底湖に吸われていたのかもしれない。


 何もせず、ただひなたぼっこをしながら、時間がすぎていく。

 いつもなら、数時間で退屈してしまうというのに、今日はそういう気持ちにはならなかった。

 午後三時を過ぎて日が傾き始めた時、昼前に戻ってくれと願うぐらいだった。


 しかし、時は無情にも過ぎていく。


 やがて日は落ちて、空は赤く染まる。


 昼の青から紫の夜へ……。



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