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魔法使いの一族


 温泉は、当然だが混浴ではなかった。

 男グループはコイルさん、町田、俺、となんとも華のない三人組で温泉に入る事となった。


 天然温泉は、湯船こそ岩を並べて自然風にした所に、わき出ている温泉を流し込むというとても普通のものだった。

 まずは洗い場で身体を洗い、その後に湯船へと浸かる。

 お湯の温度は少し熱めで、肩まで浸かると、頭の芯まで痺れる様な気持ち良さがあった。


 コイルさんはサングラスを外していたが、右目は医療用のテープらしきもので閉じてあった。


「その目は、そうしてないと駄目なんですか?」


「忘れるんだよ。うっかり目を開けそうになってしまう。調査をしている時みたいに、自分の存在を消している時はいいんだけどね」


「初めてコイルさんにあった時は、とても怖かったです」


「こっちもびっくりしたよ。まず俺の存在を消す防御結界を無視して入ってくるし、しかもそのお隣さんは、最強の魔女ときたもんだ」


「正直に言うと、あの時、俺は弓塚君の事を殺さなきゃいけない強敵かと思ったぞ」


「そ、それであんなに殺気に満ちていたんですか」


「今はこうして、弓塚君がただの善良で好ましい青年だってわかるから、こっちも気を許しているがね。魔法耐性を持った最強の魔女の護衛役、なんて相手なら、やるかやられるかって話にもなりねない」


「だから、今は結界を張って無いし、つまりは顔を見られてしまうし、その時に間違いでもこの右目の邪眼と目が合ったら、即死してしまう事になる」


「そういう事だったんですね」


 俺とコイルさんの話を聞いた町田が、納得して頷いた。


「もう一つ、聞いても良いですか?」


「まぁ、俺に答えられる事なら」


「コイルさんは襟亜さんの事をクロービスって呼んでましたが、それは襟亜さんの本当の名前って事ですか?」


「……ま、話してもいいか。彼女の魔界での名前は、クロービス=カニス。武術に秀でた名家カニス家のご息女でね……そりゃ美人でお嬢様で腕も立つとなれば、俺でなくても皆の憧れだよ」


「あの性格でもいいんですか?」


「んー……まぁ、あれは猟犬だものな。主に忠実で、絶対に自分の領分を出ない。リザリィお嬢様とは逆だね」


 とコイルが言った時、女湯と男湯を隔てる壁の上から、風呂桶が飛んできた。


「……盗み聞きされてるね……」


 いつもと変わらない冷静な町田がぼそりとそう言った。


「まずい……あとで襟亜さんに、また怒られそうだ」


「あの、カニス家って……襟亜さんは頬白家の姉妹ではないって事ですか?」


「あー……それは言わない事にするよ。今度は銀の剣が飛んできそうだ」


 クロービス=カニス。カニス家。頬白家ではないのか、それとも頬白家の本当の名字はカニスという事なのか。

 リザリィは縫香さんの事をシドニーと呼んでいた。でも、頬白の名前は真結だと聞いている。


「まぁ、詳しい事は当人に聞いてみたらどうだ?」


「はぁ……そうですね。後で聞いてみます」


「後じゃなく、今だな」


「え?」


 コイルさんが、あの不適な笑みを浮かべた時だった。

 俺の視界が一瞬ぼやけ、そして、目の前に見知った面々が並んで現れた。

 縫香さん、襟亜さん、真結ちゃん、硯ちゃん、リザリィ、そして来島さん。


「おわっ!? なにこれ!?」


「ほ、本当に呼んだの!? ちょ、ちょっとタオル!!」


 女性らしく慌てて身体をタオルで隠したのは、来島さんだけだった。

 縫香さんとリザリィは勿論、真っ裸なのに恥じらいもせず、襟亜さんと真結ちゃん、硯ちゃんは湯船の中に浸かって難を逃れていた。


「うわぁ……女湯に男を連れ込むとか、無いなぁ」


 という正直な女の子の意見を残しつつ、来島さんはそろそろと後ずさりしてお暇していた。


「あ、あの、どうして俺を?」


「いや、なんだか色々と、詳しい話を聞きたいみたいだったから」


 岩の上で足を組んだ縫香さんは、湯船の中でも煙草を吸っていた。

 正面から縫香さんを見たら、間違いなく股間も見えてしまうだろう。当人はそれでも全く気にしないだろうが。


「縫香さんって、どこでも煙草を吸うんですね」


「これは煙草じゃないよ。マナの葉っぱ。これでいつも魔力を補給してるんだ。そうしないと魔力が漏れ出てしまう体質なんだよ」


「あの、じゃあ、単刀直入に聞きますけど、皆さんは別の名前を持っているんですか?」


 俺の視線は右の岩肌に集中していた。そこから目を反らしたら、何が見えてしまうかわかったものじゃない。


「縫香はシドニー=オライエン。襟亜はクロービス=カニス。血の繋がった姉妹は頬白真結と頬白硯の二人だ」


 リザリィがそう説明してくれた。


「では、本当の姉妹では無かったんですね」


「んー、それもちょっと違うのよね。魔法使いはね、人間みたいな家庭は持たずに、そのコミュニティ自体が大きな家族なの。それで真結ちゃんのお父さんは、私と縫香姉さんのお父さんでもあるの」


「は、はぁ……そういう事だったんですか……」


「人間で言う家族とは、両親とその子供だが、私達はある日、ある場所で産まれた者達の集まりなんだ。だって魔界では、男と女が子作りしなくても、魔法によって子供が生まれちゃうからね。例えば来島かしこの様に」


 来島かしこという存在を聞いて、ようやく納得する事が出来た。

 彼女はこの人間界では、記憶の操作によって、全くの他人の両親を彼女の両親にしてしまっていた。

 そういう記憶の操作をする事無く、生まれ出てくる者を家族と見なすには、時間や地域等で同胞とする方が良いのだろう。


「俺が聞きたいのは、そのぐらいです……そろそろ帰りますね……」


 なるべく誰の方も見ない様にしながら、湯船から立ち上がろうとした時、目の前にリザリィが待っていた。


「ダーリンどこに行くのよー? ハーレムでゆっくりしていきなさいよー」


 そう言うリザリィも当然裸だった。胸があまりないのがかえって別の罪悪感を感じさせ、慌てて視線を反らす。

 その反らした先には、縫香さんの姿があり、そちらからも視線を反らす。


(……あれ? かなり胸が大きかったぞ)


 ぱっと見ただけだったが、相当な巨乳だった。

 そんな筈はなかった。いや、もし巨乳だとしたら、それは偽者の……。

 そう思ってもう一度見た時、縫香さんが突然目の前にテレポートしてきて俺のアゴを掴んだ。


「今、二回、私の胸を見た? 二回目は性的な興味ではなく、疑惑の目で見たりした?」


「いっ、いいえ、見てませんよ!」


「これか!? この胸に何か疑問があるというのか? あると言うなら言ってみろ!」


 そう言うと、縫香さんは無理矢理、俺に自分の胸を見せつけた。

 豊かなボリューム、深い胸の谷間。それは一目見た限りでは本物に見えた。


「あ、ありません!」


「そうだろう。今回はちゃんと大きくしてきたからな。盛っている訳じゃない」


「あらっ、こっちもちょっと大人になってきたわよ」


 そう言いながら襟亜さんが、俺の股間を指先で弾いた。


「やめて下さい! これってセクハラですよね!? 助けて真結ちゃん!」


「家族はスキンシップも必要だよ」


「真結ちゃんそっち方面でも大らかだったの!?」


「何言ってるのよ-、魔法使いは普通混浴じゃない。っていうか家族でどうして別々の風呂に入るのかって事の方がおかしい」


「ならどうしてコイルさんは男湯なんですか?」


「いや、居ますけどね」


「コイルさん、いつの間にこっちに来たんですか? 町田は!?」


「もうあがりましたよ」


「あー、私ももう少し胸があったら、ダーリンのお世話してあげられるのにぃ、でもこういうのが好きっていう人も多いのよねー」


「帰ります、帰らせて下さい。理性とか貞操とか、色々な物を失いそうです」


「もー、若い男の子って、本当にえろいんだからぁ。コイルなんか枯れちゃって、女の裸を見ても、なんとも思わないのよ?」


「悪魔が女の裸を見て欲情してたら、仕事が出来ませんやね。画家がモデルの裸を見ても欲情しないのと同じでさ」


「俺は悪魔でも画家でも無いんですよ……」



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