弾かれた魔方陣
「わぁい、高いお酒だぁー!」
と子供のようにはしゃいでいるのは縫香さんだった。
チャイナドレスは脱いで浴衣になっているが、わりときっちりと着ていてむしろ露出度は少なくなっていた。
「リザリィのおごりなんだから、感謝するのよー、そしてー私をーもっと愛してぇー」
といつもと大差ない事を言っているリザリィも浴衣を着ていたが、こちらはあんまり上手に着れてなく、胸の辺りがはだけていた。にも関わらず膨らみや凹凸はそこに見られなかった。
「いや一人だとね、お嬢様が許してくれないんですよ。お金ならお兄様から沢山頂いてるんで、全然問題無いんですがね。それでも駄目だって言うんですよね」
とコイルさんが襟亜さんに対して愚痴っていた。コイルさんは襟亜さんに好意をもっている様だったが、逆に襟亜さんはあまり興味がない様だった。
「お金持ちは良いですわよねぇ、我が家にも少し分けて下さいよ」
「おお、良いですともー、襟亜さんのー……襟亜であってるよね? 頼みならー」
「あら、物覚えの悪いコイルさんも、三回も斬られたら覚えてくれましたのね」
「ああ、はい! ちょっと三回目は、こっちも申し訳無いな、と思った次第で!」
「料理、料理はまだかー?」
「料理は風呂の後! 風呂に入ってる間に料理の支度が出来るって寸法だ」
縫香さんは高そうな洋酒の瓶を片手に持ち、独り占め状態で飲んでいた。
(大人ってどうしてこうなんだろう……)
ちょっと様子を見に来た俺達は、酒臭い部屋の中の様子を見た後、黙って扉を閉めた。
「俺達も、数年後にはあんな風になるのかな?」
「ひろくんも町田君もなりそうにないね」
「ああいう風に騒ぐのを、面白いとは思えないんだよな」
「お酒を飲んでるからかな?」
「それは飲んでみないと分からないし、それはまだ先の事だね」
宴会というのは何時間でも出来るのだろうが、トランプはそれほど時間は保たない。
夕食まではまだ時間があるし、日が暮れる前に旅館の周りを少し見てまわる事にした。
旅館から動物王国の方を見てみると、確かに傾斜してて斜めになっているのがわかった。
少し小高い丘の上に建てたのだろうが、どうして平らになるように整地しなかったのか。
ここからではファミリーランドの噴水を見る事なんて出来ないが、方角としては、動物王国の先にある筈だった。
動物王国の周りには、多くの土地が開けていて、わざわざそんな斜面に建てる必要など無かった。
つまり、そこに建てなければならなかったのだろう。レイラインという法則を守るために。
龍脈はこの温泉宿まで流れてきている、と縫香さん達は言っていた。
俺には魔力を感じる事が出来ないから、本当にそうなのかは分からない。
「……あれは、何だろう?」
町田が右の方を指さして言った。
遠目に見る限りは、何かの工場の様に見えた。
どうしてあんな所にぽつん、と工場があるのか、これもまた不思議だった。
この鹿島市は俺達が住んでいる御鑑の隣の市だが、山裾にある為、田舎扱いされている所があった。
卑下している訳では無いが、山へ行こうぜと言えば、それはこの、かのしま峠になるし、山の方だろと言えば鹿島市をさしていた。
「……何か、変」
「うん、何だろうね、変な感じがするね」
頬白姉妹が二人揃ってそう言ったので、俺達は彼女の顔を見た。
「何かは分からない。でも、なんとなく、こう……まったりとしていてはっきりしない、むにゅむにゅした、ぐちゃぐちゃな感じがするの」
という頬白のよく分からない説明では、こちらも茫洋としか分からなかった。
しかし、違和感がある、というのは確かだった。
「……確かに変ね……生き物の鳴き声がしない」
来島さんに言われて、そう言えばと思った。
虫の声も鳥の声もしない。これだけ自然に囲まれているのだから、何かの声がしても良さそうだった。
聞こえるのは風と、風に揺れる葉の音、そしてこすれあう枝葉の音だけだった。
「ちょっと待って、調べてみる」
硯ちゃんがそう言うと、地面が土の所を見つけてそこまで小走りでかけて行き、そして地面の上に魔方陣を書き出した。
初めて見る、魔法使いっぽい作業だった。
まずは丸を書き、星形の頂点を書き、それぞれ区分けされた所に見た事の無い文字を書いていく。
中心を除いた所に文字を書き終えると、呪文の言葉をつぶやきながら、懐に持っていた銀色の棒で、それぞれの文字を指し示す。
何度か順番を変えて文字を指していた時、突然、魔方陣の中心から小さな火花が散った。
「あっ……」
何が起こったのか、硯ちゃんは目を丸くして、慌てて持っていた棒を懐に入れ、足で魔方陣をかき消すと、そこに白い粉を巻いた。
「それは……もしかして塩?」
「うん。魔方陣を使って、ここに何かの魔法とか結界が無いかどうか調べようとしたの。そうしたら魔方陣自体が暴走しちゃった。だから慌てて塩をまいて魔力を消したの」
「多分、ここは結界の中……それも、とてもとても強い結界。私なんかじゃ弱すぎて全く抵抗出来ない」
「それって、やばい?」
「人間には危害はないと思う。というよりも、人間を魔力から守るための物だと思う」
小さなため息をつきながら、硯ちゃんはそう言った。
「お兄ちゃん達は、大丈夫だよ。ここでもし攻撃されるとしたら、私達魔女と悪魔達だから」
その魔女と悪魔達は、旅館で絶賛宴会中だった。
「お姉ちゃん達に知らせた方が良いかな?」
「後でいいと思うよ。きっと縫香お姉ちゃんは知ってて、ここに来てるんだろうし」
「そう……」
さすがの頬白も、今は真剣な表情を崩さなかった。
思えば、頬白が良く笑い、ほんわかとした表情を見せるようになったのは、いつからだろう?
来島さんの家で映画を見た時から、少しずつ、ゆるい部分を見せてくれるようになったが、それまでの頬白は、本当に辛そうで苦しそうだった。
あの駅前の神社で、泣きそうな顔で俺に相談してきた時の事を思い出すと、二度とあんな顔はしてほしくないと思った。
「おーい、風呂の準備が出来たわよー」
窓から身を乗り出して、リザリィがそう叫んだ。
どうやら温泉の準備が出来たと従業員の人からおしらせがあったのだろう。
旅館に戻ると、受付の人も俺達にそう伝えてくれた。
「お客様。天然温泉の準備が出来ております。入り口は西側通路奥になっております」
丁寧に誘導してくれた従業員さん達に軽く会釈すると、一度それぞれの部屋に戻って風呂に入る準備をした。




