十年ぶりの兎祭
「はぁ、何を暢気な事を言ってるんだ。ここがどこだか分かってるのか?」
聞き覚えのある声に後ろを振り向くと、そこに縫香さんとコイルさんが立っていた。
「お嬢様。さすがに敵地に一人で入るのは、どうかと思いますよ」
「敵地?」
コイルさんの言葉に辺りを見回すが、俺達に何か危害を加えそうな存在はどこにも見えなかった。
「大げさなのよぅ。私以外はみんな人間なんだから、その方が安全じゃない」
「あの、敵地って……どういう事ですか?」
「かのしまファミリーパーク、わんわん動物王国、かのしまスパガーデン、そしてこの一帯の土地。全てシャンダウ・ローの関係者の所有物だ」
「その総本山はすぐそこにある鹿島神社だ。神使はウサギ。ついでにお参りしていくか?」
縫香さんがそう言うと、もうウサギはこりごりだとリザリィが首を振る。
「鹿島神社でシャンダウ・ローという神様を祀っているんですか……」
「鹿島神社は雨と豊作の神様だね。シャンダウという神様かどうかは知らないけど」
「兎を祀ってるのは知ってる。初詣でお参りにいくと、兎のおみくじがあるよね」
「初詣かぁ、行った事無いなぁ」
「魔女は鳥居をくぐれないからな、仕方無い」
「そうなんだ……」
行った事が無いと言われると、頬白を初詣に連れていってあげたいと思った。
でも、俺も町田もここまでは来る事はなく、近所の森のある神社か、駅前の神社でお参りだけ済ませていた
(来年は、来島さんと一緒に初詣するのかな?)
そう思いながら、町田と来島さんを見ていた。
「この後はどうするの? 予定は?」
「かのしまスパガーデンまで行って、温泉に入る」
「ここから先は私達も一緒に行く。動物王国の外で襟亜と硯が待ってる」
「えっ、どうして来るの? そんなの予定にない」
「じゃあ予定変更だ。皆で温泉に入って、美味しい物でも食べよう」
「酒宴はこの前したじゃないのよー、またする気ー?」
「そうだ。しかも温泉付きだ」
「本命はまた、シャンダウの話なんでしょー、もぅ、せっかくのデートなのに」
リザリィが膨れると、縫香さんは素直に謝っていた。
「邪魔してすまないな。でも、いい機会なんだよ。色々とね」
まずは外に出て合流しようという話になり、俺達はぞろぞろと動物王国の中を歩いてゲートに戻る。
すると、すれ違いに旅行の団体らしき一団とすれ違った。
しかし、その団体はなんだかとても静かで、ちょっと薄気味悪い集団だった。
ゲートの外に出ると、観光バスが到着し、別の一団がぞろぞろと降りてきた。
鹿島神宮参拝ツアー、ご一行様。とバスのネームプレートに書いてあった。
この集団も、老若男女入り交じっているにも関わらず、何故かとても静かで、黙々と動物王国に入っていった。
正面ゲートの端の方に、襟亜さんと硯ちゃんが居たが、その立ち位置はこれらの団体客にあまり姿を見られないような位置に立っていた。
「ちょうどすれ違う所だったみたいね」
襟亜さんがそう言うと、コイルさんが振り向きながら答えた。
「別々の県から同じ日に、五つのツアー団体客が来場。この後は鹿島神社に参拝。その後は健康宿泊施設にて宿泊」
「今夜は兎祭。いったいどんなお祭りが見られるのか、楽しみだわ」
「冊子では盆踊り大会って書いてあるけど、なんだかちょっと微妙なの」
「微妙って……なんだか活気のない人達なのは気になるけど」
硯ちゃんが持っていた冊子を俺に見せてくれた。
そこには鹿島神社、大奉納、兎祭。と書いてあった。
説明では十年ごとに行われるお祭りで、神様の使いである兎が月から降りてくるのを、皆でお迎えするらしい。
主催は鹿島神社とかのしま旅行会社になっていて、鹿島神社の神主さんの写真もあった。
冊子自体は、どこでもよく見るお祭りのおしらせに見えた。
「これの、どこが微妙なの?」
と聞くと、硯ちゃんは冊子の最後のページの下にある、諸注意の所を見せる。
そこには、断食修行の皆様は当日お召し物をご持参下さい。という行があり、更にその下に追記があった。
お籠もりの皆様は当日お召し物をご持参下さい。神道体験ツアーの方は当日お召し物をご持参下さい。と続き、それらのツアーの方々は皆、同じ宿泊施設に泊まると書いてあった。
「本当だ、何だか妙だね」
「まぁ詳しい話は温泉に入ってからにしよう。どうせ今話をしたところで何も出来はしないし、シャンダウ・ローのお祈りは夜中過ぎ、月が昇ってからだし」
縫香さんにそう言われて、俺達は動物王国の前を離れ、そこから30分ほど歩いてかのしまスパガーデンに着いた。
スパガーデン、とチケットには書いてあるのだが、目の前にある旅館にはかのしま温泉と書かれていた。
温泉は庶民的な三階建ての建物で、団体客が来たらすぐに満室になってしまいそうな規模だった。
正面玄関から中に入ると、予約があるかどうかを聞かれ、俺達はフィミリーランドで貰った優待券を見せた。
縫香さん達は彼らの保護者なんだけど、予約は取ってないと言い、受付の人はにこやかに分かりました。お部屋の準備をいたしますね。と応対してくれた。
部屋割りは、縫香さん、襟亜さん、硯ちゃんの三人洋室部屋。
来島さん、リザリィ、真結の和室部屋。そしてコイルさん、町田と俺の和室部屋と三室に別れた。
しかし、実際に部屋に着くと、縫香さん、襟亜さん、リザリィ、コイルさんの四人が同じ部屋に入り、硯ちゃんと真結ちゃんと俺、そして来島さんと町田という風に別れてしまった。
これは、まず酒を飲みたい大人組と、来島さんと町田を仲良くさせたい組が気を遣った為だった。
しかもリザリィは結構なお金持ちらしく、縫香さんと襟亜さんは明らかにたかっていたものの、リザリィがそれで納得してるので余計にタチが悪かった。
まずは酒、そして温泉、そして食べ物と酒、そして温泉。これが大人達のスケジュールらしかった。
「結局、お姉ちゃん達は騒ぎに来たかったんだよ」
そう愚痴を言う硯ちゃんを見て、頬白がくすくすと笑う。
「みんなで旅行とかした事がないから、お姉ちゃん達、すごく嬉しそうだよ」
「そう言えばそうだね。旅館に泊まるのはこれが初めてだね。お金があんまりないから、リザリィが居て良かった」
「お金持ちみたいな話をしてたけど、やっぱりそうなんだ?」
「既に何万円もするお酒を頼んでたよ」
「本物のお嬢様か……」
「ひろくんはお金持ちの女の子の方が良い?」
「ううん、別に?」
「そう」
たったそれだけの会話だったが、頬白はとても嬉しそうにし、硯ちゃんの表情も穏やかなのを見て、ああ、と気づいた。
以前、都会では辛い事があったと言っていた。お金持ちかどうかも、絡んでいたのかもしれない。
俺達は三人で何をするでもなく、のんびりと部屋でくつろぎながらテレビを見ていた。
でも、こういう大きな和室で、ゴロゴロと寝転がりながらテレビを見るだけ、というのは、とても落ち着く気がした。
今日は朝から歩きづめだった事もあり、こうして休んでいるだけでも眠りそうだった。
そのうち、二人きりでは間をもてあました町田と来島さんが、俺達の部屋に遊びに来て、一緒にトランプをする事になった。
二人も、部屋でゴロゴロしていたらそのまま寝そうだったので、こっちに来たと話していた。
その頃、大人部屋は大変な事になっていたが。