動物王国のウサギレース
お化け屋敷を出た後のスケジュールは、町田に確認したとおり、うさぎレースを見に行くという事になっていた。
隣のわんわん動物王国とかのしまファミリーランドは提携状態にあり、この二つに関しては行き来は自由だった。
休憩所を出ると大噴水があり、そこから出発してメインストリートを歩いて行く。しばらく歩くとメインストリートは唐突に途切れてしまい、突き当たりになる。
突き当たりにはフェンスがあり、この先危険、という看板が掲げられていたが、風化していて文字はかすれていた。
フェンスを左右に回り込むと、それぞれ下へと降りる階段があった。
この階段はとても急で、鉄製の手すりが着いているのだが、家族客が降りるのには向いていない。
動物王国へ行くには、この直線の道が一番近いにも関わらず、一切の標識も看板も存在しない。
パンフレットには一度正面ゲートを出て、ぐるっと公道を遠回りに歩いて動物王国に向かう様な書き方がされていた。
「いかにも怪しい」
とリザリィが言いながら階段を下りていく。
俺達は彼女の後に続いてゆっくりと階段を降りていた。
「レイラインのレイは法則の事。ラインは直線の事。あくまで直線上に存在する法則であって、繋がっていては駄目なんだ」
町田が階段を一歩ずつ降りながら説明してくれた。
「しかし、これは危ないなぁ。子供や老人だったら、下手したら転がり落ちそうだよ」
「わざとでしょうね。足腰の弱い者がこの急な勾配を見たら、あの看板の所で迂回したくなるわ」
「しかも、雑草も伸び放題だし、階段も手入れはされていない様だし……」
コンクリートで作られた階段は130段ほどあり、一番下まで辿り着くと、建設予定地とかかれてフェンスの間を通る、未舗装の道を歩く事になる。
「本当に建設する予定なのか、それともただ土地を確保するのが目的なのか」
「でも、他の所でもこういうのって見かけるよね」
「大体はその通り、建物を作りたいけどお金が無いって時だろうね」
真っ直ぐに続く道の突き当たりには、動物王国の外壁があった。
看板も何も無く、俺達は右から回り込んで入り口の方へと向かう。
ふと、後ろを振り返ると、面白い事に気づいた。
「あ、本当に直線って言うか……少し下り坂になってたんだ」
不思議な事に、大噴水から正面を見る限りは、下り坂になどなっていないのに、この下から見上げると、メインストリートが坂道になっている様に見えた。
「錯覚だよ、この動物王国が、山の斜面に作られてるんだ。つまり今、俺達は平地を歩いていたんじゃなく、斜面を昇っているのさ」
立っている限り、そんな感覚は微塵も無かった。
町田の説明だと、傾いているのは俺達の方になる。
全て、最初から考えて作られた物。それがレイラインだった。
動物が脱走しないようにする為か、動物王国の外壁はやたらと高く、茶色く塗られていて中が見えなかった。
まるで刑務所のような外壁沿いに進むと、正面は開けていて、少し安心した。
正面ゲートには数台の車が止められるようになっていたが、基本的には、自動車は離れた所にある専用駐車場に止めるように書かれていた。
注意書きとしては、動物達はデリケートなので、大声で喚いたり、園内を駆け回ったり、或いは故意に動物達を刺激しない事、と書かれていた。
動物園とは違い、ふれあいも出来るという反面で、大人しいとは言え、獣である以上は人間の思い通りにはならないという事でもあった。
「急がないと、レースが始まっちゃう」
時間的に、あと10分ほどでレースが始まってしまう為、俺達は慌てて入場ゲートにいき、お金を払って中に入った。
係員のお姉さんに聞くと、レース場は一番奥ですけど、十分間に合いますよと言ってくれた。
敷地の中には小さめの平屋の建物が幾つもあり、それぞれの建物によって犬、猫、小動物、と飼われている物が違っていた。
そして建物同士の距離は余裕を持って作れられていて、道幅が広く、大人しめの犬たちが太いリードに繋がれて、道ばたでひなたぼっこをしていた。
レース場につくと、十数人の観光客が既についていて、レースが始まるのを待っていた。
レース自体にはさほどのギャンブル性は無かったが、一等になったウサギの券を買った人には記念品と、ウサギを抱っこして写真をとってもらえる事になっていた。
「私はあの黒いのがいい! やっぱり黒よね!」
ギャンブル性などなくとも、楽しむ人は居る。
リザリィは黒い子がお気に入りで、頬白は白いオーソドックスな子の券を買った。
俺は灰色の子の券を買い、町田達は茶色い子の券を買っていた。
これで一通り買った事になり、誰かが一等になる予定だった。
レースは当初の予定より10分ほど遅れてからのスタートとなった。
これは、当のウサギたちの気分次第らしく、レース自体もまた、うまくいくのかどうかは点の神のみぞ知るというものだった。
そしてケートが開き、お姉さんのかけ声でスタートと言われると、ウサギたちは一斉にゲートを飛び出して走り出した。ただし自由奔放に。
茶色のウサギは一番に飛び出したにも関わらず、外周のフェンス沿いに走る途中で、何を思ったのか、突然立ち止まってしまった。
白色のウサギは、元々やる気があるのかどうなのか、のっそりのっそりと一歩ずつ確実に前進していた。
そんな中で黒いウサギは、俊敏にコース内を走り、一目先にゴールへと向かっていく。
俺が買った灰色の子は、ゲートの付近で何かモゾモゾしていただけだった。
「やった、一番よ! リザリィの子が一番になったわ! やっぱり闇は美しい物なのよ」
遊園地であれだけ大変な目にあったのだから、これぐらいは良いことがあっても許される様な気がした。
「一等のクロちゃんの券をお持ちの方、こちらへどうぞ」
というアナウンスと共に、数人のお客さんがそちらへと歩いて行く。
彼らの目的は、一等の景品よりもウサギを抱っこする事であって、とても平穏でのんびりとした楽しみだった。
リザリィも記念品を貰い、そして黒いウサギを抱っこすると、満面の笑みで写真をとってもらっていた。
写真はデジカメで、すぐにプリントアウトされたのだが、その写真を見た時、俺達もリザリィも愕然としてしまった。
「こっ、これは心霊写真!?」
「お姉ちゃん達……悪戯したんだ……」
写真の中では、リザリィがにこにこと笑っているその後ろに、縫香さんとコイルさんがニヤニヤと笑いながら立っていた。
しかし、写真を写した時には、彼らは居なかった……筈だ。
「どうして人が心から喜んでいる時に水を差すのよ、あの女はぁ……」
そのリザリィの気持ちは少し理解できた。




