お隣の家にグレーターテレポート
ソファの開いている所、一番出口に近い所に座った。
ちょうどテレビの対面側にあり、女の子の背中越しにテレビが見える。
テレビの画面には可愛らしいアニメのキャラクター……ではなく株式相場のグラフと表が映っていた。
「本日の為替相場の変動は、前日に比べてプラスマイナス0.2円の……」
(どうして小学生が為替相場なんか見てるんだ……年上の俺でも全く分からないのに)
これでは手持ち無沙汰にテレビを見る事もできない。
宙には金髪女性の紫煙が漂い、薄らいで消えていく。
誰とも眼を合わせる事の出来ない、肩身の狭いこの空間。
居場所がない事この上無い。なんとかして早く家に帰りたかった。
「お待たせしました。はい、お茶とお菓子」
黒神の女性が扉を開けてリビングに入ってくる。
トレーの上から五人分の紅茶をテーブルの上にならべ、中央にクッキーの入ったバスケットを置いた。
紅茶はたぶんダージリン。良い香りが室内に広がる。
黒神の女性がソファに座ると、その隣にテレビを見ていた女の子がやってきて、クッキーに手を伸ばしていた。
「ごめんなさい、遅くなって」
最後に部屋に入ってきたのは、可愛らしいふわふわとした軽いワンピースに着替えた頬白真結だった。
「お姉ちゃん、どうして他所行きの服なの」
「あらあら、異性の視線を気にする年頃なのかしらね」
「そ、そういうわけじゃないの……」
「……揃ったようだし、話を始めようか」
金髪の女性が、吸い殻を掌でもむ様にしてかき消し、組んでいた足を崩した。
そして真っ先に俺の顔を睨み付けてくる。
「先に言っておく。事と次第によっては、お前は無事には戻れない」
「い、いきなりそんな……」
「縫香お姉さん、脅さないで。彼は悪い人じゃないから」
金髪の女性、縫香さんのプレッシャーに対し、頬白がすぐにフォローに入ってくれた。
「真結お姉ちゃんは誰にでも優しくするんだから」
と一番年下の女の子がふて腐れて言う。
その二人のやり取りを無視して、縫香さんは俺の顔を厳しい表情で睨み付けていた。
「見ての通り真結は善良な優しい子だ。だからこそ念を押す。もしお前が我々にとって危害をもたらす存在だと分かったら、ただでは済まさない」
「それは……殺すって事ですか?」
「そうかもしれないわね」
「襟亜姉さんが言うと、冗談にならないから……」
「ああ、いや、襟亜のいう事はあまりに本気に取らないでいい。どこか遠くの場所に行って貰うだけだ」
「社会的には抹殺されてるじゃないですか、それ」
「命まで取るとは言ってない」
「……隣のおじいさんはどうしたんですか? さっき公園で、一度殺したとか言ってなかったですか?」
「それに町田は……町田はどうしたんですか?」
あの意識がブレた時の事を思いだし、俺は立ち上がって縫香さんの顔をにらみ返した。
そんな俺を頬白が気遣い、座るように促す。
「落ち着いて弓塚君。町田君は家に帰ってもらっただけだから」
「君の隣にいた老人は、新しい記憶と共に季候の良い土地に家ごと引っ越して貰った」
「そうですか……殺した訳ではないんですね?」
「搬送中は黒くて長い箱に入ってもらったけど」
「死んでるじゃないですか! それ棺桶ですよね!?」
「ちゃんと責任を持って、蘇生したから大丈夫よ」
「笑顔で言う事じゃ無いですよ!? どんな責任の持ち方ですか! 一回は殺してるんですよね!?」
「ゆ、弓塚君落ち着いて! お姉さん達は普通じゃないから!」
「ええ? ええええぇぇぇぇ……人を殺すとか生き返らせるとか、信じられない……あなた達、一体何者なんですか?」
「あのね、私達は魔女なの。魔法の国からこの町に来たの」
「魔女って……」
頬白真結の簡潔な自己紹介を、信じるなと言われても信じるしかなかった。
町田の言う通り、魔法ならなんでもできるだろう。
いきなり家を建てたり、おじいさんを別の所に引っ越させたり、その時に殺しちゃったり生き返らせたり。
俺の両親も町田も含めて、この町のめぼしい人達の記憶をすり替える事も出来るだろうか。
「……どうして、そんな事までして引っ越しを……普通に空いている家に引っ越してきたら、それで良いじゃないですか」
「そういうわけにも行かない。私達魔法使いが支障なく住める場所は限られている」
「お兄ちゃんの友達の町田さんは、あの公園のお地蔵様の事を知ってたよね」
女の子がクッキーを食べながら、そう言った。
「人間はね、魔力が地上に集うところをパワースポットと呼ぶの。昔の人は龍穴って呼んでて、魔力の流れを龍脈って呼んでたの」
「魔力の強い所ではね、どうしても人が死にやすくなるの。魔力が闘争本能を刺激したり、幻覚を見せたりするから」
襟亜さんは相変わらず、笑顔のまま恐ろしい事を言う。
この四人の姉妹の中で、彼女だけは何を考えているのか分からない怖い存在だった。
「ほら、ここにもあるでしょ」
襟亜さんはそう言って掌を返し、リビングの外、大きなサッシの向こう側に見える中庭を示した。
「……灯籠?」
中庭には、一つの古い灯籠が立っていた。
「お兄ちゃん、灯籠流しって言葉は知ってる?」
「死者の魂を弔うために灯籠を流すんだよね?」
「うん。灯籠ってのはね、霊力や魔力を抑える力があるんだよ。人間はお地蔵様だったり鎮守様だったり、灯籠を置いたりして、色んな形で龍穴を大切にしてきたの」
「元々は魔法使い達がそうする様に教えたのよね」
「はぁ……つまり……あの灯籠がパワースポット?」
「そうだ。私達魔法を使う者達は可能な限り、龍穴の近くに居たい。出来れば確保したい」
「それは魔法を使うために?」
「違う。魔力が地上に噴出して地上を滅ぼさないようにする為だ」
「はぁ……随分大きく出ましたね……地球は滅んでしまうんですか」
そんな事を唐突に言われても、実感は全く無かった。
しかしこの四姉妹の顔を見る限り、冗談ではなさそうだった。