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地獄の海賊達


 地獄の海賊は思ったよりも人気があった。

 和物の幽霊屋敷は、四人乗りのゴンドラにのって、建物内を遊覧するタイプだったが、こちらの方は閑古鳥が鳴いていて、係員も暇そうだった。


 というのも、幽霊屋敷は一昔前に作られたオーソドックスなものだったが、この洋物は少し前の海賊映画の流行に乗じて作られた物だった。


 幽霊屋敷の仕掛けは、天井から何かが垂れ下がってくるとか、怖い人形に照明があたるとか、壁が開くという昔ながらの全自動タイプの仕掛けだった。

 地獄の海賊船は近年の冒険体験タイプで、ICカードを持って、迷路内のチェックポイントを全て回り、その後にゴールとなる海賊達の財宝の場所でコンピュータによる評価とお土産が貰えるという楽しさが盛り込まれていた。


 そしてこの説明を聞いた時の頬白のワクワク具合は、横でみていても微笑ましい限りだった。

 既に俺の後ろにしがみついて、負け犬ムードたっぷりのリザリィは、かなり可哀想だった。


「自分で歩けというのか、自分で戦えと言うのか、どうして人間はこんな物を作るのよ」


「じゃあ私達と外で待ってる?」


 という来島さんの誘いに対し、リザリィは無言でふるふると首を横に振った。


「かしこは……来ないの……?」


「私達はほら、お化け屋敷の天敵みたいなものだから……冷静に何がどうなっているのかを説明してまわったら、何も怖くないでしょ?」


「そ、そうか……わかったわ……」


(なぜだ……君を突き動かすものは、何なんだ……)


 そう皆が思いながら、歩みを止めようとしない彼女を見守っていた。

 恋人同士でスリルを楽しむ者。それぞれの威信をかけて、恐怖体験に挑戦する兄弟とその両親。新しいものが好きな若者達。そういった人々に囲まれてしばしの間並んでいた。


 迷路タイプという事で、場内に入れる人数が制限されていて、その分、自動で巡回するアトラクションよりも回転率は悪そうだった。

 少しずつ、少しずつ、順番が迫ってくるにつれ、アトラクションの中から女性の悲鳴が聞こえてくるようになってくる。

 それもわりとあちこちから聞こえてくるので、その声そのものが待っている人達にある種の期待と不安を与えていた。


「今、誰かの声が聞こえた? 順番、まだかなぁ?」


「女の悲鳴よ……見てはならない物を見てしまった時の……」


 この二人はどちらも、このお化け屋敷にとって良いお客様だった。

 列の前の方で順番が回ってきた子供が、空元気を出して強がってみせていたが、正面入り口にてICカードを受け取ると、途端に神妙な顔になって、人一倍用心深くしながら中へと入っていった。


「では、皆様、こちらのICカードを持って下さい。このカードに冒険の記録が残りますので、大切に持っていて下さい」


「場内には5つのチェックポイントがありますので、そちらを全て回れば海賊達の財宝が手に入ります。ゴール地点で受け取って下さいね」


「もし、全てを回れなくても、記念品は貰えますから、頑張って下さい」


「もしも、場内で気分が悪くなった時は、一定区間事にある休憩用ベンチで休んで下さい」


「ベンチにはインターホンがついていますので、係員が必要な時は、すぐに呼んで下さい」


「係員は常にモニターで事故が起こらないように見ていますので、すぐにお客様の所にかけつけます」


「それでは、地獄の海賊達が待ち受ける冒険へ、いってらっしゃいませ!」


 ここまで、係員のお姉さんは一言も怖がらせる様な台詞は言っていない。

 それどころか冒険の旅立ちという言葉に、夢と希望を感じる者もいるだろう。


「5箇所も行かなきゃいけないの……ゴールはどこ……係員はちゃんと見てくれているの……すぐ来てくれるの……」


「大丈夫だよ、そんなに怖くないよ、多分」


「そうか? ダーリンがそう言うなら、信じる」


「きっと楽しいよ、地獄船長とか!」


「そうね……海賊だし、当然、船長だって居るわよね、うん……」


 アトラクションへの入り口の前に立つと、右上につけられた小さな液晶モニタに骸骨のアニメが映し出された。


「地獄海賊団の秘宝を狙う愚か者達よ! 恐怖に負けて逃げ出さないようにな! ヒッヒッヒッ」


 というお決まりの煽り文句が終わると共に、ギィィという効果音と共に扉が開いた。


「うわあ……すごいな、これ……」


 アトラクションの中に入ると、扉が自動で締まり、目の前が真っ暗になる。すぐに闇に目が慣れると、通路に雪の様な物が舞い散る光景が映し出されていた。

 マリンスノーが待っている水中を歩いている、という設定だった。


 程なく、通路を歩いて行くと、ズォォという轟音と共に、巨大なサメが頭上を横切っていた。勿論、壁に映写された画像だが。


「すごーい、綺麗だねぇ」


「うん、お化け屋敷ってレベルじゃないよね、博覧会のアトラクションみたいだ」


 通路を抜けると、あたりは洞窟の岩壁のようになり、分かれ道になっていた。

 どうやらここからが本番のようだった。

 俺達が分かれ道に立つと、正面の岩が開き、明るい照明がつく。

 そして、精巧に作られた海賊の装束を着たロボットが顔を出した。


「うわっ、これ、マネキン?」


「ようこそ冒険者達よ! 私はキャプテンタイガー、君達の味方だ。海賊の洞窟は曲がりくねっていて迷いやすい、まずこのチェックポイントに君達のカードを差し込んで、迷わないようにするんだ」


「もし、同じ所に来てしまっても、そのカードを差し込めば、次にどこへ行けばいいかを示してくれるぞ。さぁ、ここが第一チェックポイントだ」


 つまりはカードの使い方と、アトラクションの楽しみ方を説明するのが、第一チェックポイントという訳だった。


「画像でもないし、人形でもないし、よく出来たロボットだな……これは二枚目な海賊だったからいいけど、この調子で怖い物が出てきたらびっくりするかもしれない」


「うん、すごいよね。映画よりずっと面白い!」


「…………」


 リザリィは、突然目の前に人形が出てきた時点で、既にびっくりしていた。

 それが味方だとわかってもなお、気持ちは晴れない様で、陰鬱な顔でICカードをチェックポイントに通していた。


「どっちにいく? 右? 左?」


「ひろくんはどっちがいい?」


「うーん、右は通路の先が紫色になってるね、左は緑だね」


「緑、緑の方が良くない?」


 リザリィがそう言ったので、俺達はそちらへ行く事にした。


「じゃあ左に行こうか」


 色として、紫より緑の方が安全色なのは明らかだった。

 しかし、その緑は、自然を現す緑ではなく、苔を表している様だった。

 苔むした洞窟というのは、古びていて、薄気味の悪い通路だった。

 そこに入ろうとした時、何かが通路の先を横切ったように見えた。


「うっ……今、何か……歩いて行かなかった?」



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