あーん、して!
遊園地の休憩所を出ると、ファミリーパークの中心を貫く噴水通りがある。
このメインストリートでは小さなパレードの様な物が行われる事があり、パレードの山場は終点の大噴水をぐるっと回る所だった。
子供の頃、見た事があるが、別にフロートとか御輿の類が出るのではなく、外国からきたゲスト達や、或いは盆踊りの様な人々が並んであるく類のものだった。
「……ちょっと予定を変更して、急流滑りはあとにする……」
「リザリィは、本当にループコースターはダメなんだな」
「覚悟はしていたけど、回転するとか無理だった。真結ちゃんはよく耐えられたわね」
「う、うん、なんとか……」
作り笑顔でそう答えていたが、おそらく、あんな風にしがみついて目を閉じていたら、いつ回転したかなんてわからないだろう。
あれは見えているから目が回るのであって、見えているからこそ怖い。
つまり、リザリィはしっかりと目を開けていたんだろう。
「人間はどうして、あんな乗り物を作るのよー、何が楽しいのよー」
「非日常を愉しむため」
町田がそう言うと、リザリィはため息をついた。
「こっちなんか毎日が非日常的だから、あんなものは必要ないわー」
通りの側のベンチに座った俺達は、しばし、そこで休憩する事にした。
「飲み物とか、買ってくるよ。何が良い?」
そう頬白に尋ねたのだが、最初に答えたのはリザリィだった。
「チョコレートのアイスクリームとキャラメルポップコーンとオレンジジュース」
「はいはい……」
「と、たこ焼きと焼きそばと焼き鳥とハンバーガーとたこ焼きとコーヒー」
「ええ……それマジで?」
「……は、いらないわ。最初の三つだけでいい」
「はぁ……そうして下さい」
「私も一緒に買いに行くね」
頬白がそう言って俺の隣に立ち、来島さんの欲しい物を聞いていた。
「それじゃ、ちょっと待っててね」
俺と頬白が共にその場を離れるのを見て、来島さんが言う。
「いいの? 一緒に行かなくて」
「ふん、この私がパシリなんてできるわけないでしょ」
「また、変な所でプライドはあるんだから……」
「旦那様はぁ、日々家事で疲れているお嫁さんにぃ、いつもすまないね、とか言ってぇ、抱きしめてくれるものなのよー」
「理想的だね。そういう家庭的な雰囲気が好きなの?」
「そうよー、なんたって私は、愛と欲望の令嬢なのよー」
こういう所で、リザリィは確かに適格な判断力を持っていたかもしれない。
俺と頬白が共に売店に行き、共に買い物をするのは楽しかったが、それはおつかいの領域を越えるものじゃなかった。
それよりもリザリィは、俺達が帰ってきた時に、自分が一番良い場所に座れる様に陣取るというしたたかさがあった。
町田と来島さんを二人がけのベンチに座らせて、自分は三人がけのベンチの真ん中に座って待っていた。
「こっちこっちー」
頬白は来島さんと町田の分を持っていき、俺はリザリィと自分と頬白の分をもってベンチに向かう。
「ごめんなさいね、買いに行かせちゃって」
「これもスケジュールなんだよ」
「こっ、これもなの?」
「正確には、こういうチャンスがあったら、私と努は買い物を手伝わずに、弓塚君と頬白さんに行かせる事。私達は二人がけの椅子に、あなた達は三人がけの椅子に座る事」
「そんなに細かい事まで決めてたんだ……」
「もう、スケジュールというより打ち合わせだったね」
「今の所は、殆ど空回りしてるだけだけど」
「それは……プッ!! いや失礼。俺達のせいじゃなくて、リザリィを加護している笑いの神様のせいだよ」
「笑いの神様って……いるのかな?」
「さぁ? でも、リザリィを見てると居るのを信じたくなる」
頬白が町田達と楽しそうに何かを話している時、こっちの席は、やはり面倒な事になっていた。
「はい、あーん! はい、あーん!」
「あーんって、どれが食べたいの?」
「アイスクリーム!」
「これって、食べさせる物なの? はい、どうぞ……」
「そうそう、親鳥が雛にエサを与えるように、甲斐甲斐しく! こんどはジュース飲ませてー」
「これじゃもう介護だよ……俺はいったい、何をしてるんだ……」
リザリィはベンチに腰をかけ、足をブラブラさせながら、俺に色々な物を食べさせてもらっていた。
半ば諦めながらリザリィの世話をしていると、後ろから肩をぽんぼんと叩かれた。
振り向くと、頬白がカップアイスをスプーンに乗せて、俺に差し出していた。
「ひろくん、あーん」
「あ、ありがとう……」
頬白にアイスを食べさせてもらうと、嬉しいかったり恥ずかしかったりで、味はよくわからなかった。
「リザリィにもあーん」
「リザリィちゃんは、自分で食え!」
真結お母さんは思ったよりも厳しくて、我が子に自立を促す方らしかった。
手持ちのチョコレートアイスクリームを受け取ったリザリィは、仕方無くぺろぺろとアイスを舐めていた。
「真結ちゃんも何か食べる?」
「じゃあ……ポップコーン」
頬白が少し顔を赤くしながらそう言うと、すかさずリザリィが割って入る。
「はい、真結ちゃん、あーんして」
「俺には、食べさせてくれないのに!?」
さんざん人に食べさせた挙げ句、見返りは無しという、とても厳しいリザリィだった。
「仕方無いなぁ、はい、ダーリンもあーんして」
「……」
頬白にポップコーンを食べさせた後、リザリィは俺にも渋々という感じで食べさせてくれた。
「……今回は空回りしてないな」
「やっぱり悪魔なのよ。人を振り回す才能があるわ」
来島さんと町田は適当にお互いに食べさせながらも、冷静にこちらを見ていた。
それはもう十年来交際した二人のような落ち着きぶりだった。
「もしかしてリザリィの目的って……」
「多分、弓塚の事が好きなんだと思うよ。そして頬白も手に入れたい」
「それってどうなのかしらね。悪い子じゃなさそうだし」
「一つだけ確実に言えるのは……あの女の子は面倒だよ」
おそらくその言葉は、頬白姉妹がさんざん経験した上で、重ね重ね言い続けた、面倒臭い女という台詞と、全く同じ重さを持っていただろう。




