この担架はどこにいくのー
「町田と来島さんは乗らないのかな?」
「見てるよ」
「そう」
冷静にそう言われて、俺は渋々列に並ぶ事になった。
と思ったら次の時には、もう順番が来ていた。
(絶叫マシーンが苦手って訳じゃないんだけど、好きって訳でも無いんだよな)
しかし隣の二人はあきらかに怯えていた。
「真結ちゃん、待っててもいいよ?」
「大丈夫、大丈夫」
言葉ではそう言っているが、全く目が笑ってない。
むしろ助けてと言っている様に見える。
「乗ってしまえば怖くない、どうってことはないのだ」
無情にも搭乗のベルが鳴り、俺達三人はできるだけ平静を装って、コースターに乗り込む。
コースターは四人乗りで、シートはかなり大きく、とても横の人に抱きつけそうな物では無かった。
どうしてリザリィはこんなものを選んだのか?
この絶叫マシーンに乗る事に何の意味があるのか?
もう自分でもどうして自分がこのシートに座っているのか、その理由が分からなくなって、賢者モードになるしかなかった。
そしてコースターは搭乗ホームから出発し、俺達はもみくちゃにされて戻ってくる事になった。
コースターは上下左右に大きく揺れ、何度か垂直に回転した後にきりもみ状に回転し、搭乗時間自体は短いものの、中身はとても濃い内容だった。
「頬白、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫!」
見ると頬白はシートの中に縮こまる様に座っていて、しっかりと目を閉じていた。
これでは一体何が起こったのかも分からなかっただろう。
「リザリィ、大丈夫……じゃない!!」
リザリィはシートの中で明らかに気を失っていた。
シートの中に収まってはいるものの、頭はぐらぐらしていて人形のようになっている。
「おいマジかよ、ちょっと! 起きて! リザリィ!!」
慌てて頬を叩くと、リザリィはなんとか意識を取り戻し、ふらつきながらコースターを降りた。
よくある事なのだろうが、案内員のお姉さんが大丈夫かどうかをリザリィに確認していた。
気分が悪い、どこか痛いとかあったら休憩場に行きましょうね、と言われ、なんとリザリィは、はいと答えたのだった。
「はい……お願いします……なんだか……もう……死にそうです……」
その声には全く力が無く、空気がもれているだけの様な音になってしまっていた。
「どうしてそんなに頑張っちゃったんだ! 無理しすぎじゃないか!」
「ダーリン……はやく、リザリィを平らな所に連れていってちょうだい……」
「リザリィちゃん! 今、地面はまっすぐだよ! もう揺れてないよ?」
リザリィがあまりにも可哀想なので、今しがたまで恐怖に耐えていた頬白までもが介抱にあたっていた。
「さて……次に行く場所は……」
「……予定通り、休憩所みたいね……」
やれやれといった風に、重い腰を持ち上げた来島さんと町田が俺達の方に歩み寄ってきた。
「休憩所はあっち、行きましょうか」
「うう、かしこよ……リザリィにこの乗り物はちょっと辛かった、辛すぎた……」
「はぁ……まぁ……もう、何をどう呆れていいのかも分からない」
遊園地に来て、最初のアトラクションでいきなり体調を崩して休憩所行きとは。
いったいどんなスケジュールをリザリィは考えていたのか、疑問だった。
「町田……次の予定はどこなの?」
「どこって……次の予定は、休憩所」
「は? なんで休憩所?」
「だから、絶叫コースターでリザリィは体調を崩し、休憩所で休む事になる。というスケジュールだから」
「な、何それ……それってスケジュールなのか?」
「一応は忠告した。あのループコースターはかなり刺激が強いって。そしてあの通り、リザリィは体調を崩したわけだ」
「ええと……どういう事なのか、俺には理解出来ないよ」
「ダーリン、リザリィは歩けそうにない……抱っこして……」
「お客様、大丈夫ですか? 担架を用意しましょうか? 今、救急の方を呼びますからね」
「い、いや、リザリィは、抱っこしてもらえればそれで……」
生まれたての仔羊の様によろよろと歩くリザリィを見て、さすがに可哀想になって肩を貸してやった。
「ほら、もう……休憩所に行こう」
「いや、もうちょっと……だっこがいい……」
要するに俺の情をひいて、抱っこしてもらおうというのが、リザリィの計画だったらしい。
しかしその計画は無残にも失敗してしまった。
「大丈夫ですか? 担架もってきましたからね、はい、こっちに寝て下さい。付き添いの方、ご一緒にどうぞ」
「あ、あれ? 担架? いや、そこまでは……だっこしてもらえればそれで……あれっ、どこにいくの? この担架はどこにいくのー」
リザリィを乗せた担架は、ガラガラと音を立てながら、救護班の人達に運ばれていってしまった。
「なんだか、あまりにも可哀想過ぎて、涙が出てきた」
「つまり弓塚の情をひく、という点では大成功だったみたいだな」
「俺だけでなく、頬白の情もひいているよ」
「リザリィちゃん……私、リザリィちゃんの側にいてあげないといけない気がする」
「落ち着いて真結ちゃん。意図した事じゃないにしても、それはリザリィの思うつぼだから」
先に休憩所に運ばれたリザリィは、そこで救急班の診察を受け、異常は無いと診断された上で、ベッドに寝かされていた。
「リザリィ、身体の調子はどう?」
遅れて休憩室に入った俺達が、気を遣ってそう言うと、リザリィはむくれながらこっちを向いた
「……起きるからだっこして」
そう言って、寝たまま両手を伸ばしてくる。
「それぐらい、してあげて」
そう来島さんに言われて、仕方無く俺はベッドに寝ているリザリィに両手を伸ばし、上半身を抱きかかえておこしてやった。
「むふー、まぁこれはこれで良しとしてあげる」
耳元でリザリィはそう言ったが、たかだかこれだけの為に、どれだけの人達に迷惑をかけたのかと思うと、やはりこの子は悪魔なんだろうと思った。




