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ここは幸せに溢れている?


 リザリィが日取りを決めたのは、町田のお母さんが手術を受けた日から二週間あとの事だった。

 来島さんの話では、毎日に学園に来る度に町田はどうなのかと聞かれ、面倒臭くてうんざりしたという。

 自分で訊けと言ってもスマホは持ってないと言うし、聞きに行けと言えばかしこと一緒でなきゃ嫌だというし、四六時中べたべたしてくるので、一人になる時間も無かった。という愚痴を聞く限り、彼女はしっかりリザリィの面倒をみていたらしい。


 むしろ来島さんがそのモデルとなった縫香さんぐらいに投げやりな人だったら、リザリィにつきまとわれる事もなかったかもしれない。

 要は、リザリィは甘えん坊で、来島さんにベタ甘えしているだけだった。


「おはよう……」


 休日の朝、俺達は御鑑駅で待ち合わせをした。

 心なしか町田と来島さんの顔がやつれている様に見えた。


「ど、どうしたの? 大丈夫? 体調が悪いの?」


 頬白が心配そうに尋ねると、二人は首を振った。


「今日のスケジュールを考えてた」


「えっ……まさか、リザリィに言われて……」


「リザリィはちゃんと応援したのよ? 栄養ドリンクも買ってあげたの! でもこの二人は飲まないのよ!」


「まむしエキスドリンクとか、なんかやだ……」


 確かに、年頃の女の子は飲みそうにない。


「俺も初めて見た。真っ赤なんだね、あのレーベル。しかも2000円とか書いてあった」


「そうよ! 二人が朝まで頑張れるように、高いのを買ってきたのよ! お金ならあるんだから!」


 リザリィは典型的なお金持ち系のダメお嬢様だった。

 そしてとても迷惑な性格だった。


「ああ……でも、今は少しだけ飲んでも良いかなって思ってる」


「それなら、コンビニか売店で売ってる奴にしたら?」


 俺がそう提案すると、町田はそれにするよと答えていた。

 駅の売店では安めの栄養ドリンクが売っていて、安めの物を二人とも買っていた。

 その後、電車に乗って二駅で、かのしまファミリーパークの最寄り駅になる。


 ここは御鑑市と鹿島市のほぼ境にある駅で、駅を降りて北側に広がる山がかのしま峠と呼ばれる山だった。

 ここに遊園地ができて後、温泉も少し出る事が分かり、スーパー銭湯と呼ばれる大浴場ができた。

 後に犬猫兎などの動物達とふれあいが出来る動物王国が出来たのは、リゾート客目当てだろう。


 駅を出ると、遊園地へと誘導する看板が建てられていて、歩いて10分ほど、売店が建ち並ぶ通りを歩くと、入り口に着いた。

 休日という事もあり、家族連れの客も多かった。


 かのしまファミリーパークのマスコットはウサギで、これはこの土地の神社がお祀りしている動物がウサギだからだった。

 そして今年はウサギ年という事で、連休時には色々とイベントが行われる予定らしい。

 今は、わんわん動物王国でウサギレースが行われており、世界のウサギ達が集められているイベントとコラボしていた。


「町田達は休んでて、俺と頬白でチケットを買ってくるよ」


 入り口近くの花壇に腰掛けた町田と来島さんは、栄養ドリンクのおかげか、いくらか顔色もよくなっていた。

 俺と頬白は二人でチケット売り場に並び、10分ほど、開園時間を待つ事となった。

 このあたりの手際の良さは、さすがは町田というべきか、最低限の時間並んでチケットが買えるぐらいの時間につくようにスケジュールを建てていたらしい。


 ほどなく売り場が開き、チケットを買うと、おまけにわんわん王国の入場券とパンフレット、それに温泉の割引券もついていた。

 また、小冊子までついてきて、鹿島市の紹介や駅前の商店街、近隣の神社仏閣の紹介などもされていた。


 それらを人数分持って帰ってきたのだが、リザリィだけはチケット以外、すぐにゴミに捨ててしまった。


「こんなものはこうだ!」


 何か嫌な想い出でもあるのだろうか、小冊子と動物王国のパンフレットを叩きつける様にゴミ箱に投げ捨てていた。


「リザリィちゃん、どうして捨てちゃうの?」


「だって神様とか縁起物とか、面白く無い事ばっかり書いてるじゃないのよぅ」


「ああ、そうか」


 人間達にとって祝福をもたらす神様は、リザリィにとっては敵だった。


「じゃあウサギもダメなの?」


「なんでよ、獣は関係無いじゃない。ウサギ可愛いじゃない」


「ああ、そこは割り切れるんだね」


「勿論ウサギの神様とかウサギの天使とか出てきたら別だけど」


「そんな神様は居ないと思うよ……多分」


 それぞれに入場チケットが行き渡ったのを確認すると、俺達は共に入場ゲートをくぐった。

 人々は順次ゲート内に入り、子供達ははしゃいで走っていったり、家族の手を引いたりしている。

 驚いた事に、それだけでも、それぞれの人達から魔力と思しき半透明の粉雪のような物が溢れ出し、宙に舞っていた。


「本当に、人間は魔力を産み出しているんだね」


「うん……ここは幸せに溢れてる」


 頬白がそう言いながら俺の右腕を組むと、ライバル心を燃やしたリザリィが左腕を掴んできた。


「さぁ、いくわよ、絶叫マシーン!」


「その次は急流滑りで、その次はお化け屋敷で、その次は観覧車なんだね」


「あら、よくわかってるじゃなーい」


(とても分かりやすい……)


「弓塚、気をつけた方が良いぞ」


まぁ、この程度のベタなアイデアなら可愛くていいだろう、などと舐めていた時、町田がぼそっと耳打ちで忠告してきた。

 その一言で、俺の警戒心はレッドアラート状態になった。

 何かある。町田がそう言うのだから、一筋縄ではいかないのだろう。


「まずはこの遊園地名物、ジェットコースターよねー」


 リザリィは俺の左腕を掴んでぐいぐいと引っ張り、そして俺の腕を掴んでいる頬白はよたよたと引っ張られる形になっていた。

 ループコースターは人気の乗り物にも関わらず、今日はごく普通の休日で家族連れが多い事もあって、すぐに乗る事が出来そうだった。


 乗りたがる子供も多かったが、安全上、身長制限があって、もう一つのループしないコースターの方に誘導されていた。


「真結ちゃんは、こういうのは大丈夫なの?」


「……全然だめです……どうしよう……」


「リザリィ、俺もちょっとこういうのは……」


 遠慮したいと言いかけた時、リザリィまでもが明らかに顔を引きつらせているのが見えた。


「だだだ、大丈夫ですわよ、みんなで乗ればなんとかなるわよ……」


「リザリィも怖いんじゃないか!」


「虎穴に入らずんば虎児を得ずですのよ、窮地にこそ活を見いだすべき」


「……やめた方がいいんじゃない?」


 来島さんが冷静に一言そう言ったがリザリィは首を振った。


「はぁ、ほんと頑固なんだから……」



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