魔女の四姉妹
頬白さんは用を足しにトイレの方へと走っていき、お地蔵様の前には俺と町田が残っていた。
「町田、その霊力とか鎮守様とか……ありえなくね?」
「記憶をすり換えられたという事も同じ様に、ありえないんじゃないか?」
「それはそうだけど……話が大きくなってるというか、二手に分かれた道の片方は宇宙に向かっていたとかそんなレベルで違う気がする」
「弓塚。世の中にはこんな風に考えている人達も居るんだ。魔法使い達はごく普通にいて、俺達一般人に気取られない様にしているだけだ、と」
町田の顔は真剣だった。
しかし無駄にジャングルジムに背中を預けているそのポーズと、不自然に組んだ両腕が発言のいかがわしさを増大させていた。
こんなおかしな状態に奴に、お前は魔法使いか何かか? と問われても、普通は困るだろう。
(まともにこっちの話を聞いてくれそうにないしなぁ……)
俺が頬白の立場ならどうするだろうか?
適当に話をあわせて、苦笑しながらやり過ごすだろうか。
いや、用を足すと言って離れた今なら、そのまま逃げてしまった方が楽だろう。
戻ってくる義理など無いのだから。
「頬白さん、戻って来ないかもしれないな」
「そうだな……」
そう言いつつも町田は落ち着いて何かをする風には見えなかった。
「今頃は魔法使いの仲間に、正体がばれたから助けてくれ、とメールでも書いてるんじゃないか?」
どうやら町田は頬白が帰って来ると確信しているらしい。
なんだか変な事になってしまったと後悔しつつも、今は町田に合わせるしかなかった。
時間が経ち、頬白さんが戻って来ない事に気づいたら、陶酔状態も醒めるだろう。
(でも、頬白さんという存在が矛盾しているのは、確かなんだよな)
幼なじみの件についても、今日教室内で見た他の生徒達との話にしても、ぎこちなく噛み合わない事ばかりだ。
異質でありながらも、その異質を隠す為に平凡である事を装っている。
もしも本当に異質な存在で、俺達の記憶をすり替えるほどの力を持っていたとしたら……。
俺達には到底、手に負えない相手じゃないだろうか?
「なぁ町田……お前、勝算はあるの?」
「……」
俺の問いに町田は答えなかった。
町田も危機感を感じたのだろうか、その横顔から不遜な笑みが消えていた。
「もし本当に本物だったら、俺達は……」
辺りの音が一時、消えた。
通りを走る車の音。公園の木々を揺らす風の音。ブランコで遊ぶ子供達の声。
それらがミュートボタンを押したかの様にほんの一瞬、すぅ、と小さくなった。
「……あれ、こんな所で何やってんの?」
「町田?」
ジャングルジムに背を預けていた町田が、見慣れた無表情になって辺りを見回した。
そして足下に置かれている自分の鞄を取ると、さっさとその場から歩み去ろうとした。
「町田、どこにいくの?」
「どこって、家に帰る」
「頬白さんの事は?」
「頬白? 何の事?」
「お前が頬白さんをここに呼び出し……」
とそこまでいいかけた時、再び、音が小さくなった。
自分の声も小さくなり、目の前にいる筈の町田が、ひどく遠くにいる様に見えた。
次に視界がぶれた。世界がフォーカスのあっていないデジカメの画面のようにぐちゃぐちゃになる。
しかしそれもすぐに消え、元に戻る。
目眩に似た感覚があり、俺は転ばない様に地面の上に片膝をついた。
「なるほど、魔法耐性か」
「こんなに高い耐性の人は見た事が無いよ」
「どうします? あのおじいさんと同じく、一度死んでもらいます?」
一人はハスキーな女性の声。一人は可愛らしい小さな女の子の声。もう一つは朝にも聞いた、あの黒髪の女性の声だった。
(一度、死んで貰う、だって?)
殺される? 冗談ではなく、本当に?
誰がそんな事を言っているのか確かめる為に、俺は顔を上げた。
目の前には金髪のチャイナドレスの女性と、小学生ぐらいの女の子と、エプロンをつけた黒神の女性と、頬白真結の姿があった。
「出来れば、何もしないで欲しい」
頬白真結が俺の顔を心配そうにみながらそう言った。
「ごめんね弓塚くん。何もしないから、落ち着いて」
困惑してその場に固まっている俺に、頬白がそっと手を伸ばしてくる。
彼女は大丈夫だ。心の中でそう強く確信できた。
だから俺は彼女の手を取って立ち上がった。
「わかった。真結の願い通り、出来る限りは譲歩しよう」
金髪の女性が口にくわえた煙草を手に取り、宙に煙を吹いた。
「では、家に戻ろうか」
再び、彼女が唇に煙草をくわえた時。周りの景色が一変した。
「え? あ?」
どこかの家の一室に俺達は立っていた。
目の前で四姉妹はすぐに靴を脱ぎ、各々が自分の考えで動き出した。
「弓塚くん靴を脱いで。玄関にもっていっておくわ」
エプロンの女性が、人当たりの良い柔らかな笑顔でそう言った。
俺が靴を脱いで渡すと、彼女はそれを持って部屋を出て行く。
「すぐにお茶でも入れるわね。好きな所に座ってちょうだい」
冷静に辺りを見回すと、ここはリビングだった。
フローリングの上に絨毯が敷かれ、ソファがおいてある。
金髪の女性はどっかりとソファの上に腰を降ろし、片足を組む。
チャイナドレスのスリットが大きく割れて、白くて長い綺麗な足が露わになった。
俺は慌てて視線を反らしたが、彼女は隠そうともしていない。
「着替えてくるから、ちょっと待っててね」
頬白真結がそう言い、部屋を出て行く。
傍らで、小学生の女の子がリビングの端にあるテレビの前まで行くと、リモコンでテレビをつけて見はじめた。
これはアゥェイな他人の家に、お客として邪魔している状態だった。
整理すると……いや整理しなくても、公園で四人姉妹にあった後、ワープさせられてこの部屋に連れてこられたという事だった。
彼らはどうやら、ホンモノの様だった。