ラブホと産婦人科と結婚式場はワンセット
「へぇ……世の中は奇跡で満ちあふれているんだな」
頬白四姉妹が魔女だという事、リザリィとコイルが悪魔だという事を説明した。
そして町田と来島さんの記憶に魔法をかけていたが、俺は魔法が効きにくい体質なので、うまく魔法がかからなかったと説明した。
来島さんが頬白の魔法によって産み出された存在だという事は、黙っておく事にした。
例え嘘をついたとしても、町田と来島さんには良いお付き合いをして欲しかったからだった。
「かいつまんで説明すると、私とこのコイルという悪魔は、魔力の流れとその源を追う事を仕事にしている」
「この数年、魔力の流れである龍脈に異常な兆候が見られている。その原因をつきとめるのが、当面の目的だ」
そこまで縫香さんが説明すると、リザリィが続きを説明し始めた。
「魔力というのはねー、人間が産み出す物なのー。人間が幸せを感じた時にぃ、魔力は産まれるの。だからね、魔力が一番溢れているのはぁ、ラブホテルなのよー」
「違う、産婦人科のある病院と結婚式場だ」
「なぁんでよー! ラブホテル、産婦人科、結婚式は、オールインワンじゃないのよー」
(一部、世間的な順番と逆になっている部分があったが、触れない事にした)
「魔力を必要としているのは、当然ながら魔法を使う者達全般だ。魔法使いしかり、悪魔しかり、天使しかり、神しかり。皆がその力を手に入れようとしている」
「ちょっとー、無視しないでよー」
「私が弓塚君と頬白真結さんに出会ったのは、偶然のことでね。もし出会わなければお嬢様が関わる事も無かった筈」
「私はね、真結ちゃんと結婚したいのー。でも真結ちゃんは弓塚君の事が好きだから、私は弓塚君も真結ちゃんも、どちらとも結婚しちゃうつもりなのー」
「それはまた欲深な……さすがは悪魔ですね」
リザリィの横暴な欲望に対し、町田は冷静に答えていた。
「それでこのオードブルに……」
皆がそれぞれ好きな物を食べ、大皿の上には殆ど食べ物が残っていなかった。
「美味しかったでしょ-、悪魔は食欲、性欲、権力欲、金銭欲、全ての欲望を満たしたい生物なのよー、強欲って本当に素敵よねー」
「それでその龍脈の異常に対しての目星はついたんですか?」
「それがね、最近、嵐の神のシャンダウ・ローがいい気になってるのよね。羽振りが良いのよ。やたら大魔法を連発したり、軍勢を組織したり」
「良い龍穴を見つけて支配下に置いたという見方が相応だが、問題は誰もその龍穴がどこにあるかを知らないって事だ」
「そのシャンダウ・ローという神様の力の源が、異常な龍脈の流れと、おそらくは存在するだろう、かなり強力な龍穴に繋がっていて、それを見つけ出したい、と」
「さすが町田君。噂に違わぬ頭の良さだ。魔法使いなら相当にもてはやされただろう」
「あのぅ、シャンダウとかライザリとかって、創作小説に出てくる平行世界の神様ですよね? それが実在するって事は、悪魔と天使の辞典は創作物ではなかったという事ですか?」
来島さんがそう尋ねると、縫香さんは一瞬だけ考えた後、酒を飲んで答えた。
「それはだな、きっとそうだ!」
「ああ、お嬢さん――来島さんと言ったかな? 彼女、縫香さんはね、持ち前の知識は豊富だが、勉強が大嫌いでね、人間と魔界の歴史には疎いんだよ」
コイルがクスクスと笑いながらそう言うのを、縫香さんは少し口をとがらせながらも、黙って聞いていた。
縫香さんの話はいつも分かりやすく、簡潔だったが、それは縫香さんがそこまでしかしらなくて、説明できなかったのだろう。
「私が知る神話系の物語の中で、この世界は十二の平行世界の神々が作った場所で、人間は妖精と神々が作った、魔力を産み出す道具だという物があります」
「かつてこの世には人間という種族はなく、神と妖精達しか居なかった。神々はこのまま魔法を使い続ければ魔力が枯渇する事を予見し、魔力を産み出す為の新世界を作った」
「その世界に送り込まれた妖精達は、そこで戦いを繰り返し、その命を魔力として主に捧げていたが、ある時、神々は人間という新種族を産み出した」
「それはまさしく、愛と自己犠牲の起こした奇跡だった。仲間を守り、未来を守ろうとした神が産んだ子は、どうしても魔法をつかう事ができなかったが、その代わりに魔力を産み出す事ができた」
「彼ら人間は幸せを感じた時に魔力を産み出し、また、魔力を己の生命力として自在に使う事ができた。彼らは神と魔法を必要としなくなり、そして十二世界の魔力の供給源として、神々はその世界を保護する事にきめた」
壮大な物語を来島さんが話し終えると、コイルが缶の中に残っていたビールを飲み干して言った。
「そいつはもう創作なんかじゃない、魔界の誰かさんが記した神話だね。人間界は最も厳しい世界だから、喰うに困って文献にしたのかもしれないね」
「シャンダウ・ローは十二世界のうちの一つ、空の世界にいる神様でね、雨と嵐と恵みの神様だ」
「それはつまり、悪い神様ではないんですね?」
と俺が聞くと、縫香さんは小さく頷いた。
「天使を侍らせ、奇跡の力で人々を救う神様だ」
「そして魔法使いと悪魔の敵よ」
縫香さんの言葉に、素早くリザリィが言葉を繋げた。
「ここにいる者達にとって、シャンダウ・ローは邪魔な相手なのよね。むこうもこちらを見つけたら、悪魔払いとか、いやーな事、してくるわよ」
「魔女裁判という歴史でも分かるとおり、神々は我々魔女や悪魔をこの世界でのさばらせたくはないからね。だからこそ私達もこそこそしてるのさ」
「人間にとって、シャンダウという神様が力を持つ事は問題無いけど、魔女や悪魔にとっては面白く無いって事ですか」
「なんでも、均衡ってのが大切なんですよ。善も悪も力を持ちすぎると変な方向に向かう。魔力を持ちすぎた善なる神を信仰する人間達は、神の名の下に他の宗教を弾圧しはじめたりもする」
「ありがとうございました。皆さんの事と、今、あなた達がどのような事態に対処していて、どうしたいのかは分かりました」
町田はそう言うと立ち上がって一礼した。
「俺にできる事は、世の中にはそういう事がある、と知り、そしてそれを心の内に秘めておく事ぐらいです」
「私も同じ、物語としてそういう超自然的な事に興味はありますけど、それだけです。アニメや漫画と同じ、非現実を愉しむのがせいぜいで、触る事なんてできない」
「大奸智にして無欲の者を、神と呼ぶ者もいますよ」
「買いかぶりすぎですよ、俺達はただの人間です」
「想像していたよりも健全なサバトに参加できて楽しかったです。今日はこのぐらいで失礼します」
「悪魔が居なければ、ただのお食事会なのよ? またいらしてね、あなた達ならいつでも歓迎するわ」
襟亜さんがそう言って、町田と来島さんを玄関まで見送りにいく。それに俺と頬白もついていった。
「弓塚。選択権をくれた事に礼を言うよ。こんなに胸が騒ぐ話を聞けたのはとても嬉しい。今日は寝られそうにないよ」
「色々と黙っててごめん、町田。できれば平凡で平穏が一番だと思ったんだけど」
「事情を知る限りは、これでベストだと思うわ。近しい関係ほど、記憶を帰れば矛盾だらけになりそうだし。それじゃ、美人のお姉さんによろしくね」
二人は仲良く頭を下げて、頬白家を後にした。
その後ろ姿を見て、色んな意味でうまく交際していって欲しいと願った。
「あの二人わぁ、あのままラブホテルにいっちゃえばいいのに」
それはリザリィなりの善意の言葉だったが、色々と台無しになってしまった。




