豚肉と鳥肉とナントカ肉
「なぁ、町田……悪魔の事って詳しい?」
翌日、学校に行った俺は、教室にてそれとなく町田に聞いた。
頬白は今、クラスの女の子と共に、教室の外で話をしている。
「現実的な範疇なら、それなりには」
「現実的って……どういう事?」
「だから、実際にある宗教における神と悪魔の定義ぐらい。キリストやブードゥーやヒンドゥーとか、書店で得られる範囲」
「ゲームに登場するようなマニアックな設定や、オカルト系の伝承は分からない」
「そう……あの、ライザリとかリザリィって名前の悪魔は知ってる?」
「いや、聞いた事が無い」
「駄目か……」
俺が肩を落とすと、町田は呼んでいた本を閉じ、スマホを取り出してメールし始めた。
「かしこは、ゲームと映画に詳しい」
町田がさらっと、来島かしこを名前で呼んだ事に、少し驚いた。
多分、俺と頬白のように、互いを名前で呼ぶ事にしたのだろう。
でも、そのやりとりがとてもドライでクールな感じだったろう事は想像できる。
町田の名前は努と言う。ツトム、かしこ、で呼び合っているに違いない。
「ライザリ、リーザリ、奈落の悪魔、悪魔の辞典に名前があり、そこから様々な創作物が出てきている。一般的に情欲に深く、兄と肉体関係があるが愛情はない」
「すごいな、姿とかも解るの?」
「どんな姿をしているか……今、聞いてみる」
「ありがとう」
おそらく来島さんが絵か写真を探しているのだろう、しばらくの間、返事はなく、俺達は大人しく待っていた。
そろそろ授業が始まりそうな頃、着信があり、町田は送られた画像を見せてくれた。
そこには兄だろう男性の悪魔と性交している女悪魔の、アメリカ風イラストがあった。
授業のベルが鳴ると、俺と町田はそこで私語をやめ、それぞれの席に戻った。
その後の休み時間になっても、町田からライザリの話をする事は無かった。
こういう風に、お互いに気遣いをせずにすむ気が置けない関係は、とても楽だった。
俺の心の中では、あんなHな画像を見た来島さんは、いったいどう思ったのかと不安になっていた。
しかし、あんな画像をどこから見つけてきたのかも、不思議だった。
リザリィには兄が居るらしい、そして情欲に深い。兄とも関係しているらしいが、愛し合ってはいないらしい。
いきなり肉体関係をせまってきたあたり、情欲が深いというのは間違いないだろう。
兄が居る、というのはちょっと気になる所で、当然ながらその兄の悪魔にはあいたくなかった。
いつもの様に休み時間と授業が繰り返し過ぎていき、町田は読書に、頬白は女の子と世間話、俺は一人で外の景色を眺めていたり、机の上に突っ伏して寝ていたりしていた。
こうして平凡で普通な時間があるのをありがたいと思い、そんな事を考えた自分に苦笑した。
(毎日、何も考えず、時間がすぎるのだけを眺めていた……)
朝、登校し、席に着き、先生の話を聞く。何かの連絡事が伝えられるが、何かは覚えていない。
覚えていない時の為にプリントが配られる。しかしそれもチラ見するだけで折りたたみ、中身は読まない。
授業の殆どは黒板に書かれた事をノートに書き写す作業。何が書かれているのかはよく解ってないし、何を書いたのかも解ってない。
解らないから教科書やノートに落書きをしたりして暇を潰す。眠気には勝てないから寝てしまう。
時計を見て、後何分耐えれば休み時間になるかを確かめる。
問題を解け、と課題を与えられている時の方が、割合楽かもしれない。それなりに問題を解いてみようとするほうだから、暇つぶしにはなる。
だからどちらかと言えば日本史や世界史の方が苦痛だった。
そして昼休み。学校生活における、その日最大の休み時間。
この学校は昼休みが約一時間ある。わりと長い方だと聞いた事がある。近隣の商業校は昼休みが30分しかないが、その分、午後の授業は短くて早く帰れるという話だ。
それもいいな、と思った事があるが、今日ばかりは、昼休みが長い方が良かった。
「ひろくん、町田君、お昼食べよ!」
「ああ、俺、パン買ってくる」
「今日はね、お弁当作ってきたの。三人分あるから、一緒に食べよ」
「へぇ……そうなんだ? 悪いね、それじゃごちそうになるよ」
「校庭の隅にある花壇の近くに行く? あそこなら三人で食べられると思う」
この様に、仲良しグループが集まって食べる事はよくあった。校庭の隅にある花壇の近くは、小さな公園の様になっていて、3人から5人程度のグループが共に食事をする場所として最適だった。
もちろん、景観を楽しむ為に一人や二人で食べに来る者も居たが、混雑具合で別の所へ行く事も多かった。
この日、花壇側の庭園には、三グループしか来てなく、一人、二人組も好きな場所を選んで座れるぐらい、空いていた。
その理由は他の生徒の会話から聞き取れたのだが、今まで解放されていなかった旧校舎の屋上が解放され、そちらに行くグループが多かったからだった。
旧校舎の屋上は、鉄柵が老朽化している上に低く、自殺を試みる者まで出る始末で、問題のある場所として封鎖されていた。それが新しいフェンスと人工芝、そして座る事ができる段差も作られて、洒落た場所になっているらしかった。
おかげでこちらは空いていて、気兼ねする事なく、俺達三人は花壇側のベンチに座る事ができた。
頬白は持っていたピンクの巾着袋を膝の上に置くと、二段重ねの弁当箱を二つ、中から取りだした。
それは正確には弁当箱ではなく、タッパーだったのだが、その方が生活感があって良かった。
「はいお箸、はいお箸」
頬白が手際よく、俺と町田に竹橋を渡すと、弁当箱の蓋を開けた。
「うおっ! こっ、これは……」
箱の中には肉と野菜炒めが詰まっていて、隅には銀色のホイル製のおかず入れに漬け物が入っていた。
その匂いはかなり強く、まるで焼き肉店の前を通ったかのようだった。
「随分と本格的だな……職人芸みたいだ」
町田が冷静にレビューしてくれて助かった。女の子の作るお弁当というイメージに、可愛らしいとか華やかとか、そういう先入観があった。
「こっちは豚肉でー、こっちは鳥肉でー、これはナントカ肉」
「ナントカって何!?」
「なんだっけ、朝4時から頑張って襟亜お姉ちゃんと一緒に作ったんだけど……えーと、モルモット?」
(モッ! モルモットだとぉ!? どうする俺ーっ!)