漂流者達
「弓塚くん、はっきりしてもらおう。この先、このまま私達の妹と交際を続けるのなら、それは結婚を前提としている、と考えて良いのかどうか」
「……いや、別に……僕の方は……それでもいいんですよ……?」
「問題は、頬白の方こそ、俺でいいのかって話で……」
しどろもどろにそう言うと、縫香さんは頷いた。
「彼女の事は、彼女が決めるさ」
(これは、俺には選択の余地が無いって事だよな……)
こちらは結婚前提。しかし向こうは気に入らなければ途中でチェンジ可能。
それでも降って湧いたような話なのだから、俺にはいい話なのだが。
「良かったわ。真結を袖に振ろうなんて言い出したら、また新たな犠牲者が出る所だったわ」
「新たな犠牲者って……今までに既に犠牲者が居るって事ですか?」
「三人ほど斬り捨てたし、今回もどうなることか」
「今回も?」
「ライザリが求婚してくるつもりなら、弓塚くんは邪魔者になるしな。どちらが引くか引かないのかって刃傷沙汰にもなりかねん」
「それ、狙われるのは俺じゃないですか」
「言っただろう。悪魔が人間に直接危害を加える事は無い。一応のタテマエとしてはな?」
「それで本音はどうなんですか?」
「まぁやり方は色々あるだろうが、真結とお前の交際を邪魔するだろうな」
と縫香さん。
「例えばもっとイケメンな感じで、高収入な男性を当て馬として連れてくるとか」
と襟亜さん。
「すいません、それだけでもう、俺には勝ち目が無いんですけど」
「私、あの、イケメンとかはダメだから……あはは……」
「一応、気を遣って言ってくれてるんだね、ありがとう……」
嬉しいのか嬉しくないのか、よく分からない頬白のフォローに、俺は途方にくれるしかなかった。
「気を遣ってるんじゃないの……前にも言ったけど、私、本当に弓塚くんと出会えて良かったって思ってるの」
俺の顔を見てそう言う頬白は、眼を細め、嬉しそうに言葉を続けた。
「弓塚くんと幼なじみで、町田君と幼なじみで、クラスの皆からも愛されていて……あんな風に温かい優しい毎日に溶け込めるなんて、思ってなかった」
「本当に、本当に……良かったなぁって思ってるの」
小首を傾げて視線を落としながら、頬白は噛みしめる様にそう言う。
そんな頬白の笑顔とは対照的に、硯ちゃんは眼を細め、暗い表情でつぶやいた。
「前の所は酷かったからね……」
「ここに来る前の事?」
「私達、ここに来る前に何度か引っ越しをしてきてるの。人里離れた山の中だったり、過疎化の進んだ漁村だったり……都会の真ん中だったり」
「一番酷いのは、都会だったよね」
「あれは仕方が無いかもしれないわね。住んでいる地域で差別が行われていたから」
「今でも、そんな事をしてる所があるんですか?」
「ええ。住んでいる所で差別をされたけど……あれは龍穴自体にも問題があったの」
「魔力は人間の闘争本能を刺激するんだ。人間は幸せになると魔力を産み出すのだが、それが満ちあふれて濃度が増すと、こんどは欲望に飢え始めてしまう」
「都会だけあって、龍穴も龍脈も複雑に絡み合ってたんだよ。そしてその結果、人は魔力の一番濃い地域に住む者達を遠ざけようとして……お姉ちゃんを虐めた」
硯ちゃんの最後の言葉には、あからさまな憎しみがこもっていた。
「頬白……虐められたの?」
「その場所を離れても、謂われの無い屈辱を受けた記憶は消えない……」
硯ちゃんの身体が小刻みに震え、部屋の中の景色がゆらゆらと揺らめき始める。
「落ち着いて硯ちゃん、今は弓塚くんも町田君も居るから、もう大丈夫なの」
頬白に促されて硯ちゃんは小さく頷き、部屋の様子は元に戻った。
「私達がここに来た事、そして君を交際相手に選んだ事は、偶然ではないんだ」
珍しく、縫香さんが上半身をぐいと前に押し倒して前のめりになり、俺を直視してきた。
「君が良い類の人である事。そして君の友人も極めて良い人の類である事。この街が平穏である事……真結がもう辛い目にあわなくてもすむ所なのかどうか調べた」
「前の所に引っ越した時は、マンションの一室だったから、殆ど周りの人間の記憶を操作する事は無かったんだよ」
硯ちゃんがトカゲのぬいぐるみの手を弄びながら、その時の事を語る。
「なるべく人間界に影響を与えないように……人里離れた所、過疎化の進んだ村、その逆に人に溢れた都会の中心で、環境に溶け込むようにしたつもりだった」
「でも間違いだった。今だから思う。あれは私が手を抜きたかっただけ、だったんだよ」
トカゲの手をぐい、と強く握りしめ、硯ちゃんが悔しそうな顔をした。
「だからこの街には半年かけて、広範囲の人々の記憶を操作した。毎日毎日少しずつ、人と人との繋がりを確かめつつ、丁寧に記憶を縫い込んでいったの」
「この街に、最初から、頬白真結という女の子が、弓塚家と町田家の子供達と共に育ってきた、という記憶を」
少なくとも半年以上は調べた上で、ここに来たという事は分かった。
とすると、その上で、俺の事も調べている筈だった。
「だから私達は驚いたんだよ。まさか君が百人に一人の、高魔力耐性を持つ人だった事にね」
「ここまできて、失敗だったのか。また別の土地を探し、また最初から全てをやり直さなきゃいけないのかって、危惧した」
「弓塚くん、君が全てを受け入れてくれるかどうかで、私達も大きく考え直さなきゃいけなかったんだ」
だから、初日にあんなに風に僕に詰問してきたのだろう。
そしてそれからも事ある事に、俺と頬白の事を心配してきて……。
「それで、また、今回の悪魔の事なんですか……」
「はぁ……全くだ。でもこればかりはなぁ……偶然というべきか必然というべきか、悪魔と鉢合わせる事になるとは……まぁ悪魔なら、まだ良かった方か……」
「まだ、何かあるんですね……」
「人の世においては説明しなければならない事が、あまりにも沢山ありすぎてな。全てを説明するのは、さすがに面倒なんだよ」
「俺は、前にも言いましたけど……できるだけの事は受け入れていくつもりです。今回のライザリ? とかいう悪魔についても説明してもらえれば、心の準備をします」
俺の言葉が間違いではない、という事は、もうこの四人には分かってもらえている様だった。
四人から受ける視線に、疑いを感じる事はなかった。
「なぁ弓塚くん。もし君が真結と結婚するというのなら……」
縫香さんの視線に、ふと違う色が混じるのが見えた。
彼女はソファから立ち上がり、上から僕を見下ろすと、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。
そして、首元に手をやると、来ていた白いチャイナドレスをストン、とその場に脱ぎ捨てた。
「この身体、好きにして良いぞ?」
目の前に真っ白な、まるで彫刻の様な繊細で綺麗な、女性の身体がさらけ出されていた。
肩から腰へと流れる金髪は身体の線をなぞって流れ落ち、そして股間の茂みも隠そうとしていなかった。




