中身出ちゃったんだ!?
頬白の笑顔は可愛らしくて優しくて、その笑顔そのものが素敵な想い出だった。
しかし、その笑顔を見た時に、俺は例えようのない不安感を感じた。
胸が張り裂けそうな、切ない様な、理由もなく泣きだしてしまうような、そんな得体のしれない不安感だった。
「それは恋だ」
次の日、町田に相談すると、その一言で片付けられた。
「そ、そんな単純な話じゃないと思うんだけど」
「恋が単純だなんて物語を、俺は読んだ事が無い。全ての恋物語は、乱れ狂う心の謎について語られている」
「そこまで激しくも無いんだけど……」
一時限目の休み、俺は教室の外に出て、自分の気持ちの事を町田に相談していた。
「今朝、登校する時、弓塚は頬白と視線を合わさなかった。そして話も殆どしなかった」
「う、うん……どうしていいか、よくわからなくて」
「いつもと同じで良いじゃないか」
「そのいつもと同じってのが、よくわからない」
「まぁ、むこうも同じだし、お互い、丁度いいんじゃないか?」
「むこうって?」
「頬白真結の事」
そこで授業開始のチャイムが鳴り、俺と町田は自分の席へと戻っていく。
(頬白真結も同じって……むこうも、どうしていいかわからないって事か?)
確かにそう言われればそんな気がするが、それは当然だろう。
町田と俺は幼なじみだ。町田の言う『いつもと同じ』がどういう事なのか分かる。
でも頬白と俺は、本当に幼なじみなわけではなく、『いつもと同じ』が分からない。
まだ出会って半月も経ってないのだから、仕方が無い。
頬白は最初に話した時から、遠慮がちで、少し怯えている様にも見えて、触ったら壊れてしまいそうな脆さがあった。
彼女を傷つけたくない、という気持ちも大きかった。
だから俺は気を遣っていたのだが、今は違う。
「き、来島さんの家、楽しかったね」
「そ、そうね、また行きたいよね」
「……」
おかげで三人で顔をつきあわせて弁当を食べるも、なんだか妙な雰囲気になってしまっていた。
「きっ、来島さんの家って、お洒落だったね、とても綺麗だった」
「そそ、そうだよね。私もそう思った」
「……」
「あ、あの時、見た映画も面白かったよね」
「う、うん! 血が一杯吹きだしてたよね!」
「……それは本当に面白かったのか?」
町田はとても冷静だ。動揺した所を殆ど見た事が無い。
いつも適切な事を言う。そしてその言葉は、しばしばそこに居る者達の心臓に突き刺さる。
(いや、冷静に考えれば……あれは面白いという類の映画じゃなかった)
現代に生きる魔法使いが、地獄からやってきた怪物達を魔法で退治していく映画だった。
多少のロマンスもあったような気がするが、大半は飛び散る肉片と火薬量と吹き出す血しぶきのシーンだった。
「強気のゾンビが頭に魔法の稲妻を受けて、脳味噌が出てきちゃうんだよね! 面白かったねぇ!」
(おっ、面白かったのか……!!)
即座にうん、と頷けない自分は、まだまだ子供だった。
「頬白はスプラッターが面白いのか」
「だって頭蓋骨がぱっかん、って割れて、中から脳がぽこん、って飛び出して来るんだもん。あはは、中身出ちゃったんだ!? って感じだった」
「ああ……知育玩具でそういうのがあるな。中から色々出てくるやつ」
「うんうん。小さいケーキとかハンバーガーとか出てくるの」
ケーキとハンバーガーと脳味噌は、何かから飛び出して来る、という意味で同じカテゴリらしかった。
町田は、頬白が何を指して面白いのかを、素早く読み取っているようだった。
俺には、そこまでの洞察力はなかったが、町田のその言葉のおかげでなんとか助かっていた。
「びっくり箱みたいだね」
「うんうん、そんな感じ」
(な、なんとか話をあわせる事が出来た……)
「頬白は、どうしてスプラッターが好きなんだ?」
「好きじゃないんだけど、本当にそんな事は起こらないから」
「恋愛物語はどうなんだ?」
「現実にありそうなのはちょっと……哀しい話だと、ずっと引きずっちゃいそうだし」
「まぁ、現在進行形の二人に、恋物語は必要無いか」
町田はそこまで言うと、自分の分の弁当を食べ終えていた。
「俺、図書室に本を返してくるよ」
「お、おう」
「いってらっしやい……」
自分達の弁当箱を見ると、まだ三割ほどしか食べていなかった。
二人きりになってしまった俺と頬白は、何を話せばよいのか分からず、そのまま、もそもそと弁当を食べる。
しかし無言で食べてしまうと、それはそれで早く片付いてしまう。
「ほ、頬白のお弁当は……襟亜さんが作ってくれるの?」
「うん、襟亜お姉ちゃんは料理が上手なの。私も色々教えてもらってるんだけど、なかなかうまくできなくて」
「頬白も、上手そうに見えるけど」
「どうかなぁ……あ、そうだ! 今度、お弁当作ってきてもいい?」
「え? あ? う、うん!」
「ね、ね、弓塚くんって何が好きなの? やっぱり肉料理?」
「なんでも食べるよ」
「何でも……う、うんわかった」
(いきなり、お弁当を作ってもらえる話になってしまった)
その時は定番な成り行きに自分自身で驚くしかできなかった。しかし、後でよくよく考えると、やはり自分はまだ子供だったと思う部分が沢山あった。
何が好きかと問われ、相手が肉料理というキーワードを出しているにも関わらず、何でも良いと答えてしまったのはちょっと失敗だった。
せめて肉料理もいい、とでも答えていれば……肉料理がいい、と答えたなら更に頬白は料理を作りやすかっただろう。
そしてこの、些細な俺の過ちは、思ったよりも大きな事態へと繋がっていくのだった。




