もっと血しぶきの出る奴!
「うちは刹那主義なんだ。ドラマもアニメもテレビで見て楽しむ。スポーツもオリンピックもその時に楽しむ。映画は映画館で見てこそ、みたい所があるんだ」
「そういうのって良いよね。その時その時を大切にしてるって感じで」
DVDの棚からいくつかの商品を手に取りながら、来島さんが言った。
「俺はどちらでもいい。見たい時に見られるのなら、リアルタイムでも、ビデオでも。録画を取り溜める事はしないだろうな」
「意外とそうじゃないかもよ? 有料チャンネルで過去の名作とかを話数限定で放映してたら、ひとまず録っておいたりするんじゃない?」
「ああ、それはあるかもしれない」
「ね、町田君。何か見たいものある? あるなら買っていくけど」
「特にないよ。気を遣ってくれてありがとう」
「じゃ、私、ちょっとこれ買ってくる」
5本ほどの作品を手に持ち、来島さんはレジの方に歩いて行った。
本とは違ってDVDはそんなには安くないと思う。
「もしかして来島さんってお金持ちなのかな」
そう町田に尋ねてみると、らしいね、という返事が返ってきた。
「DVDって見た事ないなー……」
ほげー、と気の抜けた顔をした頬白が、陳列棚を眺めてそうつぶやいた。
「興味はあるの?」
「うーん……見てみたいけど、どれを見たいのかはよくわからない……あ、これとかどうかな?」
そう言って満面の笑みで頬白が手に取ったのは、呪獄というホラー映画だった。
「頬白って、怖い映画が好きなの?」
「これは怖いの?」
「それはかなり怖いね」
町田もちょっと引いたみたいで、表情を強張らせながらそう言った。
「そっかぁ……呪とか書いてあるから魔法の話かと思った」
「いや、もうそれ、パッケージからして禍々しいよ。呪いに満ちあふれてる」
「あ、呪って呪いの方なのね。呪文とかじゃなくて」
「頬白は、魔法に興味を持っていたのか」
「う、うん。そんなかんじのそっち系」
たはは、と笑う頬白は、幾分、打ち解けてきた様に見えた。
そして雰囲気が柔らかくなるにつれて、俺は頬白の本当の姿を見る事ができた。
「なになに、どうしたの? 何か面白い作品でもあった?」
「頬白が、魔法が登場する作品に興味があるらしい」
「魔法……ハリーの奇妙な冒険とか?」
「うん、そんな感じでもっと血しぶきの出る奴!」
「やっぱり怖い系じゃないか!」
思わずツッこんでしまった俺だった。
そして頬白は相変わらず、たはは、と申し訳なさそうに笑っていた。
――そして数時間後。
俺の前には白いスクリーンが降ろされていて、そこには生きたまま顔の皮を引き剥がされるという残酷シーンが映し出されていた。
(うぇぇぇ……俺はやっぱり、こういうのはダメだ……見てるだけで痛い……)
画面を直視出来ず、少し横に避けてしまった俺の隣で、頬白がボリボリとポップコーンを食べていた。
頬白の向こう隣には来島さんが座り、ポテトチップを食べていた。
その向こうに町田がいる筈だが、室内は暗くてよく見えない。
(何故だ……この残酷シーンをみながら、どうしてこの女二人は平然とお菓子を食べていられるんだ……)
悲鳴を上げる男性、呪いの呪文を読み上げる黒巾着の異教徒達。
ストーリー上では、生きた人間の皮を剥がし、異教徒達はその皮を身につける事で人間の姿になれるらしい。
すでに沿岸の村は全滅していて、全員が異教徒になっていた。
つまり、それだけの数の人間が生きたまま皮を剥がれたのだ。
「うう、むごい話だな……」
「あはは、本当の話じゃないから大丈夫だよ」
「でも、現実として人間は毛皮を手に入れる為に、動物から生きたまま毛皮をはぎ取るのよ」
「えっ、マジで?」
「何万円もする高級な物は、倫理的な都合から殺処分した後に皮を取るけど、安い毛皮の、どこで作られたのかわからない商品は大体そう」
「まぁ、毛皮なんて自分で買う事はないけどね……」
「町田君。私、プレゼントで毛皮とか要らないよ。うへぇってなるから」
「わかった、覚えておく」
「弓塚君、私も要らないから……」
「う、うん、わかった」
(そうか、交際してるって事は、プレゼントのやり取りとかするんだよな……すっかり忘れてた)
やがて映画は異教徒達の全滅をもって終わった。主人公達が生還する事はなかったが、それでも自分達の命を犠牲にして異教徒達を滅ぼしたというギリギリの終わり方だった。
部屋の中に明かりがつき、八畳ぐらいはあるだろう広いリビングを見回した。
ここは来島かしこの家だった。三階建ての洋風の建物で、ダイニングキッチン、リビング、和室、ステイルーム完備と典型的な裕福層の一軒家。
大金持ちの邸宅ほどのぶっ飛んだ贅沢さはないが、誰もがこんな家に住んでみたいと思う様な、清潔感溢れる広い間取りの家だった。
来島かしこがDVDの買い物をした折に、頬白の血しぶきと魔法の映画をみてみたいというリクエストに応じ、皆で来島家へお邪魔する事になってしまった。
映画を見終えて思い切りくつろいでいる俺達に、来島のお母さんが飲み物を持って来てくれた。
俺達は慌てて体裁を保つ為に、床の上にソファを並べて鑑賞席にしていたのを片付け、ソファを元通りの位置に直す。
「まぁまぁ皆さん向島に通ってるのね。この子、学校でもあまり友達を作らないから心配してたのよ」
冷たい飲み物が継がれたグラスをテーブルの上に並べながら、来島のお母さんが愛想をふりまく。
「あの学校は色々と人付き合いが大変なのよ。誰かの友達になったら別の誰かと敵対した事になったりするから、中立でいるのが一番賢いの」
「編入先が小塚丘しか無かったのよね。ごめんね、かしこ」
「お母さんのせいじゃないから。別に虐められてる訳でも無いし、それなりに自由にしてるから大丈夫よ」
「そう言ってくれるとありがたいわ」