周りから見て恋人でも当人達は違う時がある
「金髪が良かったの!? 胸が大きい方が良かったの!?」
「いや、そういう外見は関係無いと思う……」
町田は淡々とそう女子達に返事をしていたが、果たしてそうだろうか。
あの現実離れした容姿は、町田の恋心を貫くのに十分だと思った。
脱色して金髪だったらどうだったろうか。胸が慎ましやかだったらどうだろうか。
来島かしこが頬白縫香と全く似ていない、どこにでも居るごく普通の女の子だったら、スルーしていた用に主う。
町田はそれほどクールでもないのだ。あの暴走した時の壊れっぷりこそが町田の中のもう一つの町田だった。
誰よりもファンタジーな世界を望んでいて、金髪巨乳モデル体型の才女と全てが揃っているからこそ、町田の妄想の具現化として来島かしこは産み出された。
「手を繋いでいたって事は、もうそういう仲なの?」
「繋いでいたんじゃない、組んでいたんだ」
おそらく町田は事実を言っただけだ。しかしその言葉は別の意味も持っていた。
「ああ……組んでたの……そう……」
交際している男女が腕を組むほど親密な関係になっているという事は、肉体的な繋がりもあるととられかねない。
つまり、町田はもうどこかの誰かのものであって、もはやとりもどす事は出来ないという事だった。
その現実に打ちひしがされた数人の女子が、青ざめた顔でフラフラと自分の席へと戻っていった。
しかし、クラスの中のなんでも知りたがりの一人の女子が余計な質問をした。
「それって、肉体関係もありって事?」
「いや? そんな関係は全く無い」
「なぁんだ、つまんないの」
質問した当人はつまらなくても、顔を青ざめさせていた女子の数人は小さくガッツポーズをしていた。
彼女達は、すんでの所で救われたのだった。
「町田君って、すごい人気なのね」
「設定、としては知っていても、現実を見てみたらびっくりした?」
「うん、周りのみんなが……町田君に何らかの関心を寄せている……でも、誰も妬んだりはしてないの」
「そうだね。町田は自慢したりしないし、冷淡そうにみえて結構気を遣うから、嫌われる事は少ない」
他のクラスや他の学校で、町田の外見の良さとその余所余所しさしか見たことが無い者は、第一印象をよく思わない。
しかし、大抵は共に時間を過ごすことでそれが単なる誤解、或いは神が無駄に与えた容姿だという事を知る。
やがて予鈴が鳴り、生徒達は自分の席へと戻っていった。
いつもの様に授業が始まり、時間割通りに一日が過ぎていく。
昼食の時間、町田は再び女子からの質問に答える羽目になっていたが、どちらかというと来島かしこという女性がどんな人間なのかを、皆で想像する状態になっていた。
当たり前だろう。まず来島かしこという人間は存在しなかった。
そして頬白の魔法によって産まれてきた来島かしこという女性は、頬白縫香という魔界から来た魔女に似せて作れられた、異質な存在だった。
大凡、普通の日本人ではないのだ。町田の淡々とした情報から想像してみたところで、本物を見た時に自分の想像力の無さと、こんな生物が世の中に居たのか、という事実に驚くだけだ。
(しかし、縫香さんは……特別だよなぁ……)
海外から仕事でやってきたモデル、として紹介されたら納得も出来るが、あの人を日本人だと言われても、ではお父さんと母さんは外人ですか? と意味不明の質問をしてしまいそうだ。
全く日本人の血が混じっているとは思えない。
襟亜さんは黙っていれば美人だし日本の女優にも似た人が居そうだ。
頬白も正直に言って可愛らしい。アイドルとかそういう方向性ではないけど、とても優しくてほっとする顔立ちをしている。
硯ちゃんと頬白はどことなく似ている。少なくとも縫香さんと襟亜さんに比べると、頬白に似ていた。
姉妹の中でも異質。日本人としても異質。そんな異質への憧れから産まれた来島かしこ。彼女もまた、異質だった。
放課後になり、町田は質問攻めから解放されたが、当人はとりたてて苦にしていなかった。
「皆が知りたい事に答えただけだよ。俺と彼女は友人だしそれ以上でも以下でもない。それだけの事」
そう町田は答えるが、友人が腕を組んで歩くとは思えない。
「どうして腕を?」
「エスコートしただけだよ」
「エスコート……ねぇ……」
この歳で女性をエスコートする、という事を考えるあたり、浮世離れしているのは町田の方だろうか。
いや、もしかしたら俺達がまだ子供なだけで、社交界と呼ばれるあたりの人々はそうではないのかもしれない。
町田の実家は素朴な普通の家で、社交界などとは無縁の存在だが、町田の脳内は社交界デビューしていても不思議じゃなかった。
(もう俺は誰の何をどうフォローしたいのかも、よくわからなくなってきたよ……)
町田の様子からして、今日はごく普通に三人で帰る事になりそうだった。
俺と頬白が町田の席に行くと、町田は片手に読みかけの本、片手に鞄を持って立ち上がる。
頬白がいない時、本を読みながら出て行く町田の隣と、その隣を歩く俺の姿は毎日の下校スタイルだった。
互いに余計な会話などない、気を遣う事もない。好きで共に下校するわけじゃない。勿論嫌いでもない。
単純に幼い頃から共に歩いてきた習慣が、いまでも続いているだけだった。
そこに今は頬白が居て、三人で教室を出て行くのが俺達の下校スタイルになっていた。
俺と頬白の中ではつい最近の事。でも町田や教室の皆は、最初からあの三人はああだった、というのが常識だった。