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人の良い所は悪い所でもある


(頬白が、死ぬ)


 にわかには信じがたくて、俺は頬白の顔を見た。

 頬白の沈黙は、縫香さんの言葉に偽りがない事を表していた。

 そして今更ながらに、何故、硯ちゃんが迎えに来た時、頬白が魔法を使った事にあれほどの憤りを感じていたのかを理解した。


 俺が思っているよりもずっと、頬白が魔法を使う事は、彼女自身にとって危険な事なのだろう。

 だからこそ硯ちゃんは困惑し、この話し合いの場を設けたのだろう。

 ようやく、見えなかったもやもやが晴れて繋がったような気がした。


「頬白に……魔法を使わせてはいけないんですね」


「そう分かっていても、止められるものじゃない。だからこそ余計に厄介なんだ」


「普通に生きていれば何も望まないなんて事、出来ないわ。私達は仙人じゃないんだから」


 襟亜さんが自分で入れた紅茶を口にしながらそう言った。


「誰もが大なり小なり、こうなればいいな、こんな事になったらいいなって思う。そしてその度に頬白は少しずつ、命と引き替えに魔法を使ってしまう」


「それじゃ学校になんて来ちゃ駄目じゃないですか。あんな所、欲望のるつぼですよ!?」


「大丈夫。魔法は魔力が無いと使えない。そして学校という場所は魔力に乏しいんだ」


「まぁ……あまり幸せな場所ではないですね……一部の人をのぞいては」


 勿論、学校の中に幸せがないなんて事はない。

 成績が良かった者、部活で活躍した者、交際している者、昼食にささやかな幸せを感じる者、そういう小さな幸せはあるだろう。


「魔力が最も集う場所は、結婚式の会場。産婦人科。遊園地。そこで産み出された魔力は龍脈を形作って龍穴へと流れていく」


「今日、真結が駅の近くで魔法を使ったのを見たが、私はあの時、龍脈の流れを調査しながら歩いていた。つまり、あの道は魔力の通り道だったんだ」


「それで魔法を使えたんですね」


「真結の魔法の力は強いからすぐに判った。真結も私が気づいた事に気づいただろう?」


「うん……」


 来島かしこという一人の人間を産み出すほどの魔法だ。強くないわけがなかった。


「弓塚君。君は欲深い人間ではない。それは下調べの時にも分かっていたし、善良な人間だという事もわかっていた」


「だが人が良すぎるというのも問題なんだ。他人を見てその幸せを願える者は、案外少ないんだよ」


「そうですか? 誰でも友達の幸せや両親の幸せを願いませんか? いくら僕がお人好しでも、赤の他人の幸せまでは願いませんよ」


「いいや違うね。君はまず自分に何か出来る事はないかと考えるはずだ」


 縫香さんが少しきつい口調で、僕のを指さしながら言う。


「目の前に交通事故にあって、息絶え絶えの子供が居たとする。君はまず、自分に出来る事は無いかと考えるだろう。助ける方法は無いか。なんとかして助けなくちゃ」


「それは、そう思いますけど……」


「普通の人は違うんだよ。自分には無理だ。誰かこの子を助けてあげて……他力本願なんだ。自分の領分ってのを知ってるんだよ」


「自分の領分?」


「できる事とできない事。君が自分の事を諦めるには、もう少し酷い状態にならないといけない。交通事故にあって腹が割け、内蔵が出ている人を見たら、医者の到着を願うしかない」


「は、はぁ……」


「君の良い所なんだ。自分に出来る事はないか、自分で力になれる事はないか、と考えてしまう事は……でもそれは真結の力を抑えるには相応しくない」


「……僕は……そういう事を考えない様にしなくちゃいけないんですね」


「うむ。全てを忘れて全くの他人になる、というのなら君は君の良心と共に生きていけばいい。しかし君は真結を忘れたくないと言った。ならば協力してくれ」


「わかりました」


「思ったよりも辛い事なの。感情をそのままに家族の幸せを願ってしまうと、真結ちゃんの力を使ってしまう事になる。だから一歩ひいて考えなくちゃいけない」


 襟亜さんは、笑みを作りながらも、その目だけは悲しそうに見えた。


「私はあまり器用じゃないから、仮面をつけて生きていくしかないの。私のこの笑顔は、私の心を抑える為の仮面なの」


「弓塚君。苦しい時は言って。その時は私も、弓塚君の事は忘れるから」


 この、それぞれが独特の雰囲気をもった四姉妹が、一種異様な空気を纏っているのは、感情を露わにしないためかもしれない。

 皆が、頬白の前では家族の幸せを願わない様にしている。

 そんな難しい事をずっとやってきているのだろう。

 だから縫香さんは飄々とした冷静さを持ち、襟亜さんは作り笑顔の仮面をつけ、硯ちゃんは頬白の事をいつも心配しているのだろう。


「今日死ぬ明日死ぬって話じゃないが、80歳まで生きられるのに、40歳で死ぬ事になるってのは可哀想だからな。家族には長生きして欲しいって事だ」


「これからもお兄ちゃんが真結お姉ちゃんの側にいるのなら、このお守りを持っていって」


 硯ちゃんはそう言うと、見た目はごく普通の赤いお守りをくれた。


「それは私を呼ぶための物。お姉ちゃんが危ない時は私を呼んで」


 俺はそのお守りを受け取るとポケットの中に入れた。


「この先、私達と弓塚君は、とても長い付き合いになるだろう。宜しく頼む」


「もしかしたら短い付き合いになるかもしれないけど、それまでは宜しくね」


「それって何かあったら殺すって事ですよね!? 襟亜さんはどこまでが冗談なのか、本当に分かりません」


「襟亜は仕事が仕事だからな、仕方無い」


「……襟亜さんは、何の仕事をしてらっしゃるんですか?」


「私? もちろん、おまわりさんよ?」


(…………もちろん?)

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