女はオプション買いに弱い
そもそも襟亜さんが言い出した事、というのは一体何を指しているのだろうか。
いや、それよりも今、最も知りたい謎は――。
「あの庭にいる毛むくじゃらは一体何なんですか? ゴルフクラブの素振りしてますよ!?」
「あれは使い魔よ。私達魔法使いに使役している魔物なの」
「使役? どうみてもフリーダムなんですけど」
「今はやる事がないんで自由にさせてるだけだ」
「さっき大人しくさせたのに、起きちゃったのね。あんまり吠えたら使い魔保護団体に怒られそうだから、と思って手加減したのが間違いだったわ」
「いちいち殴るか何かして気絶させてるんですか? 使い魔といえど可哀想ですよ」
「痛いも何も、一瞬の事だから、何も覚えてないわよ。ほら、あんなに元気だし」
襟亜さんの言うとおり、全身毛だらけの使い魔は中庭で陽光を浴びながら、ゴルフクラブを持ってスイングしていた。
見た目は人外なのに、素振りする様子や日の光を眩しがって手をかざすあたりが、中年の親父臭くてひどく違和感がある。
「お兄ちゃん。普通の人間に使い魔は見えないの」
「俺……見えてるけど……」
「だからさっき皆で驚いたの。魔法に対して耐性のある人間はいくらでもいる。でもお兄ちゃんほど強い耐性を持った人は、そんなにはいない」
「それだけならまだしも、お兄ちゃんは魔法を見る事が出来る。使い魔を見る事が出来る。これは普通の人間とは言えない」
「普通じゃなかったら……何?」
「一つ。弓塚家が魔法使いの血族である可能性」
縫香さんが右手の人差し指をたててそう言った。
「そんな話、聞いた事が無いです」
「そうだろうな。我々も人間界への引っ越しは慎重に調査した上でしている。弓塚家及びその近しい親族に魔法使いが居た事は無い」
そう言い切った後、彼女は二本目の指を立てた。
「二つ。弓塚家が使い魔である可能性」
「使い魔って……あれの事ですか? 俺、あんなに毛深くないですよ?」
「使い魔も色々居るの。あれはたまたま毛深いだけで……縫香お姉ちゃん、どうしてあんな使い魔を呼んだの?」
「毛布の代わり。ふかふかしててあったかいから」
「毛布でいいじゃないですか!? どうして生き物を毛布代わりにするんですか」
「片付けるのが面倒」
「そんなに面倒くさがりだと、生きていくのも面倒になっちゃいますよ?」
「いつもそう思ってる。こうして座ってるのもなんかダルイ。横になりたい」
「……大変なお姉さん達だね……」
「う、うん……」
俺が半ば呆れながらそう言うと、頬白は否定せずに頷いていた。
その向こうで縫香さんが三本目の指を立てる。
「三つ。魔法使いによって、後天的に能力を付与された」
「それしかないでしょうね。元々ここに住んでいた魔女が授けたのかもしれないわ。何か覚えてない?」
「……隣のおばあさんには……小さい頃にお世話になりましたけど……特に魔法みたいな物をかけられた事は無いですよ」
「……一度、徹底的に君の過去を洗った方が良さそうだな。もし魔女の仕業だとしたら、君の魔法耐性を貫くほどの強い魔女だから、記憶に残らない様にも出来た筈だ」
「硯、できるか?」
縫香さんの問いに、硯ちゃんが頷いた時、頬白が絞り出す様な声で言った。
「私……です……私が弓塚君に魔法を見る能力を授けたんです」
「頬白が? どうして?」
俺は頬白に何かをされた記憶なんて無かったのだが……。縫香さんが言った通り、頬白が最強の魔法使いなら、出来たのかもしれない。
「ごめんなさい。もっと早く皆に相談した方が良かったのに、出来なかった……」
「……真結ちゃん、何をそんなに怖がっていたの? 私達、あなたを頭ごなしに怒る様な事はしないわよ?」
「出来心だったから……そうしなくちゃいけないっていう理由なんて無かった。でも、勝手に人間に力を与えちゃいけないって事も知ってて……」
うなだれ、視線を床の上に落としながら言う頬白に、厳しい表情で縫香さんが問う。
「いつ、弓塚君に力を与えたんだ?」
「それは……いつだったかはちょっと……色々、付与しちゃったから……」
「えっ? 頬白……それってどういう事?」
「色々って、一つじゃないって事だよね……」
俺と硯ちゃんが同時に口を開くと、頬白が観念したように言葉を続ける。
「だからね、魔法の呪文から身を守る防御壁とか、危ない目にあった時瞬間移動する呪文とか、あと、私がちょっと可愛く見える効果とか……」
「しまった! 真結お姉ちゃんはオプション買いする人だった!」
「オプション買いって何?」
「一緒にこれもどうですか? とか、その商品を買うとこちらも安くなりますとか、今だけセールでもう一品とか、そういうのを買ってしまうタイプよ」
「だから私は真結ちゃんにだけは買い物を頼みません!」
力強く襟亜さんがそう言い、頬白は小声でごめんなさいと謝っていた。
「買い物に必要なのは、予算、計画性、それを守る鉄の意志!」
「襟亜さんはそういうの、揺るぎなさそうですよね……」
「私、ダメなんだよね……一杯いろいろついてきたら幸せだし」
「はぁ……となると、やはり襟亜の二択に戻るわけか……全てを忘れてもらうか、全てを理解してもらうか」
どうやら、話は核心に辿り着いた様だった。