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見たければ、見ればいいさ!


「さ、砂糖……」


 頬白がそっと茶色のガラス器を俺に差し出した。

 その中には砂糖に似ているが、もっときめの細かい、さらさらとした白い粉末が入っていた。


「こ、これは砂糖ですか?」


 砂糖以外の何かに思えてそう尋ねると、襟亜さんが答えた。


「それは人工甘味料よ。ダイエットしてる子も居るから、それを使ってるの」


「ダイエットしてるのは、襟亜お姉ちゃんだけだよね」


 と硯ちゃんに言われて襟亜さんの顔が引きつった。


「そ、そう? ほ、ほら、真結も体重とか気にしてるじゃない」


「え? あ、うん」


 明らかに話を合わせる為に頬白は頷いていた。


「襟亜は一時期大変だったからな。仕方無い」


「縫香姉さんはダイエットとは無縁で羨ましいわ」


「勝手に痩せるからな。襟亜はクマみたいになってたな。ははは」


 縫香さんが容赦ない事を言った時、バキッ、という音と共に襟亜さんが持っていたトレイがへし折れた。


(ト、トレイが割れた!?)


 俺は今まで生きてきた中で、素手でトレイがへし折られる所を初めて見た。

 きっとプロレスラーでも無理だろう。


(今、クマって言ってよな? さっきのあれって、クマの類と言えばそうかもしれないぞ)


「それは襟亜さんじゃなくて、毛むくじゃらの生き物とかだったりするんじゃないですか?」


 それとなく、そんな話を振ってみた途端。


「!?」


「えっ……」


 皆が絶句して俺の顔を凝視した。

 一瞬にして空気は張り詰め、冗談にならない鬼気迫る状態になってしまった。


(やばい! どうみてもやばいこの雰囲気! 触れてはいけない所に触れたって感じだ)


 出来るだけ平静を装いつつ、カップに人工甘味料と言われた粉末を少量入れるも、手元が震えてうまく入らない。

 ちら、と対面の硯ちゃんの顔を見ると、その顔は強張っていた。


(これはホンモノだな……やっぱり、さっきの毛だらけの生き物は硯ちゃんだったんだ……)


 震える手でカップを手に取り、紅茶を口へと運ぶ。

 頭の中は既に真っ白になっていて、いつどうやって逃げ出すか、という事しか考えていなかった。

 カップのふちにかかった甘味料が唇に触れると、薬っぽい甘さを味わえた。

 どうやらこれは嘘では無かったらしい。


(こ、この紅茶を飲んで、テーブルの上に戻したら……俺は逃げる)


 逃げられるかどうかは分からないが、出来るだけの事はしてみるつもり……。


(うっ?)


 そこまで考えた時、硯ちゃんの背後、中庭の方に全身毛だらけの生物がのっそりと歩いているのが見えた。

 その姿はまるで、伝説の雪男とか密林の原住民とか安っぽい特撮みたいな化け物だった。


「う、うわああああっっっ!!!」


 驚いた拍子にカップの中身がこぼれて、太股の上に紅茶が飛び散った。


「あちちっっ!!」


 カップだけはなんとか壊すまいとテーブルの上に戻したが、紅茶はテーブルの上にもこぼれてしまっていた。


「弓塚君、大丈夫!?」


 頬白が持っていたハンカチを素早く取り出して、俺の太股にあてた。


「あっ、あれっ!! あれは!?」


 右手を伸ばし、庭にいる毛だらけの生き物を指さす。

 一同はその先を見た後、再び視線を俺の方に戻した。


「弓塚さんは、あれが見えるのか?」


「お兄ちゃん、見えてるの?」


 縫香さんと硯ちゃんの質問に黙って頷くと、二人とも大きく息を吐いた。


「はぁー……そういう事って、あるんだな」


「まぁ、魔法耐性がある時点で、可能性はあったわね」


 縫香さんはどっかりとソファに深く腰かけると、三角座りの要領で両足を身体に抱き寄せて座った。

 その折に、何も履いていない女性の股間が露わになり、俺は慌てて目を反らす。


「ちょっとお姉ちゃん! 見えてる!!」


 すかさず硯ちゃんが縫香さんの足に手をかけ、降ろさせていた。


「もーいいじゃん、見たければ見ればいいさ! 女なら誰でもついてるだろ」


「年頃の男の子は色々大変なのよ? 気遣ってあげないと」


「服を着るのも面倒なのに……身体に何かがまとわりつくのが嫌なの、嫌いなの。仕事以外で服なんか着たくないの!」


 いきなり子供のようにだだをこね始めた縫香さんを、襟亜さんと硯ちゃんがたしなめていた。


「使い魔が見えてるって事は、弓塚君は普通の人間じゃないって事?」


「そうだな。魔法を使った時の魔力の流れとかも、見えたりしてたんじゃないか?」


 縫香さんの言葉に思い当たる事があった。

 頬白が魔法を使った時、きらきらとした光の粒が見えた。


「そうなの? 弓塚君」


「うん……見えたと思う」


「じゃあもう選択肢は二つしかないわね。全てを忘れてもらうか、全てを理解してもらうか」


 割れたトレイを片付けながら、襟亜さんがそう言った。


「物理的に記憶を消すのはやめて下さい……」


「あらやだ、私が手を下す時は、記憶どころではすまないわよ」


(死ぬ……殺される……)


 相変わらず、冗談にならない事を笑顔で言う人だった。


「私、もうこんなの嫌だから……全部話したい」


 頬白が俯いてそう言うのを、皆が悲しげな顔で見ていた。

 縫香さんが煙草に火を付け、煙を宙に吐く。

 硯ちゃんは小声で、どっちがいいのかな、とつぶやきながら悩んでいた。


「襟亜はどうしたいんだ? この一件は襟亜が言い出した事だぞ?」


「私が思っているのは今も昔も同じ事。真結ちゃんが幸せなら、私はそれでいい」


「襟亜さん……もしかしていい人なんですか?」


「それ、どういう意味かしら?」


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