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今、目の前にある危機


 廊下の奥の方で、縫香さんが襟亜さんと話をしているのが聞こえてきた。

 再びリビングの扉が開き、両手で十冊ほどの本を抱えた頬白が出てくるのが見えた。


「うう、重い……」


 頬白が抱えている本は、雑誌の類ではなく何かの文献とか書物だった。


「だ、大丈夫? 手伝おうか?」


 あまりにも重そうだったので、手伝おうかと尋ねたが、頬白は大丈夫と言って、よたよたと廊下を奥へと歩いて行った。

 その横を廊下の奥から歩いてきた襟亜さんが、僕に声をかけてくる。


「あ、ごめんね弓塚さん。今、片付けてるから」


 エプロン姿の襟亜さんはそう言うと、扉を開けてリビングの中に入っていった。

 そしてその直後。


「WoooAAArrgghh!!!」


 という獣の咆吼がリビングの中から聞こえてきた。


「な、何だ!?」


 驚いてその場に立ち尽くしていると、襟亜さんが扉を開けて廊下に出てきた。

 両手で何か毛むくじゃらの生き物を抱えているが、その生き物は四肢をだらんとさせ、ずるずると引きずられていった。

 その襟亜さんとチャイナドレスを着た縫香さんが廊下ですれ違う。

 縫香さんは俺に片手をあげて挨拶をすると、そのままリビングに入っていった。


(一体、何をしていたんだろう……)


 本はいいとして、問題はあの生き物だ。

 縫香さんは裸であの毛だらけの獣と一緒にリビングに居た事になる。

 あの獣の悲鳴は襟亜さんによって気絶させられた時のものか、それとも殺された時のものか、それも気になった。


「弓塚君、もう少し待っててね」


 本を運び終えた頬白が、愛想笑いを浮かべながらリビングの中に入っていく。

 続いて襟亜さんと硯ちゃんが廊下を歩いてきた。


「今、支度してるから、直ぐ呼ぶわね」


 トレイに紅茶を乗せた襟亜さんがリビングの中に入っていく。

 そのすぐ後ろを、硯ちゃんがお菓子の入ったボールを持ってついていくのが見えた。


(……あれ? 硯ちゃんって、いつリビングを出て行ったんだ?)


 硯ちゃんがリビングから出たのを見た記憶がない。


(ちょっと頭の中を整理してみよう……)


 縫香さんは裸で出てきて、チャイナドレスを着て入っていった。

 頬白は本を抱えて出てきて、そして戻ってきた。

 襟亜さんは毛むくじゃらの生き物を抱えて出てきて、硯ちゃんと共に入っていった。


(あれっ? い、いや……まさか……)


 単純に考えると、該当するのはあの獣が硯ちゃんだという事になる……。

 いくらなんでもそれは無いだろう。無いと思いたい。無いはずだ。


(えぇー……???)


 一度心の中に産まれた疑問は、いくらそうではないと自分に言い聞かせても、無視する事は出来なかった。

 硯ちゃんが獣になった? 正体は獣だったのか? どうして襟亜さんに引きずられていた?


(野生? 野生に戻ったのか?)


 支離滅裂な想像が頭の中に浮かんでは消える。

 ではもし硯ちゃんが獣だったとしたら、俺はどうすればいいのだろうか?

 いや、硯ちゃんだけでなく、この姉妹全員の正体が獣だったら?

 襟亜さんは仕方が無いとして、縫香さんと頬白も獣だというのか?


(俺はもしかしたら、自分で考えているよりもずっと、生命の危機に晒されているのかもしれない)


 もしかしたら、俺は食われてしまうんじゃないだろうか。

 魔女とか魔法とかは全て嘘で、本当は魔界から来た魔物なのかもしれない。

 俺はもっと慎重に行動すべきなのかもしれない。


「お待たせ、弓塚さん。どうぞ」


 襟亜さんに呼ばれて、俺は靴を脱いで上がると、リビングの中に入った。

 リビングの中の光景は、以前に見た時と変わりがなかった。

 今日は全員がソファに座り、テーブルの方を向いていた。


 膝ほどの高さの正方形のテーブルに対して、二人がけのロングソファが三つ、コの字型に置かれている。

 一番奥には縫香さんと襟亜さんが座り、その左隣、庭側には硯ちゃんと頬白が座っていた。

 右隣は客人用にあたり、そこに俺が座る事になる。

 テーブルの上には白いテーブルクロスが敷かれ、その上に茶器とお菓子入れが並んでいた。


「さて……いい事なのか、悪い事なのか……困ったものだな」


 縫香さんがソファに深く座ってくつろぎながら、宙を仰いでそう言った。


「うん……悪い事なら、やり方もあると思うんだけど、そういう訳じゃないの」


 硯ちゃんは足を前に投げ出す形でソファに深く座り、胸にクッションを抱いていた。


「どうしていいかわからない……だからお姉ちゃん達に話を聞きたい」


 目の前の硯ちゃんは、見たままの小学生ぐらいの可愛い女の子だ。

 しかし、その正体は全く別の生き物かもしれない。

 硯ちゃんだけではない。色気たっぷりの縫香さんも、襟亜さんも、正体は全く違う姿かもしれない。

 少しでも何かの兆候が見えたら、すぐに逃げだそう。そう心の中で決めた。


「お茶、どうぞ」


「は、はい……」


 襟亜さんが紅茶を勧めてきたので、言われるがままにカップを手に取った。


(これは……本当にただの紅茶なのだろうか……)


 薬か何かが入っていて、眠ってしまうのではないだろうか。

 第一、このタイミングでお茶を勧めてくるというのはどうなのだろうか?

 さっさと飲め、そして眠ってしまえ。そういう事ではないのだろうか。


(どうする……飲むのか……飲まないのか……)


 もし飲まなかったとしたら、別の方法で俺の意識を奪いに来るかもしれない。

 いや、もういきなり食べられてしまうかもしれない。


「あら、今日はアールグレイにしたんですけど、お口に合わなかったかしら?」


 襟亜さんが不安げな面持ちで見つめてくる。


「い、いえ、だ、大丈夫です……」


(どうする? 飲むのか? 飲まないのか?)


 そう心で葛藤しつつも、俺はゆっくりとカップを口元へ持っていく。

 心なしか、硯ちゃんも縫香さんも、頬白も俺を見ている様な気がする。


(もうダメだ。飲まなきゃもっと大変な事になりそうだ)


 不安とプレッシャーに負けた俺が、カップに口をつけ、紅茶を飲もうとした時。

 頬白が俺の手を軽く掴んできた。


「砂糖、入ってないよ」



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