基本的には服を着ない人
頬白が使った魔法――来島かしこという女の子を造り出すという事が、言葉の上では魔法であっても、物語に出てくる魔法の様に都合の良い物では無い、というものだった。
主にそれは頬白に誰にも言えない秘密を背負わせ、心の負担を増すという事だった。
町田と来島の事に関しては、その秘密を共有する事で、少しは負担を減らす事が出来たかもしれない。
一息ついた俺達はその後、繁華街で予定通り靴下を買い、そのまま帰路についた。
駅付近から自宅へと帰る途中、道の向こうから小さな女の子が走ってくるのが見えた。
「あれは……硯ちゃん?」
こちらへと駆けてくる彼女の顔は不安に満ちていて、何かあったのかと思った。
「お姉ちゃん……はぁはぁ……」
「硯ちゃん、どうしたの? 何かあったの?」
「お姉ちゃんが魔法を使ったって、縫香お姉ちゃんから聞いて……」
「そう……心配かけてごめんなさい」
申し訳なさそうに謝る頬白と、その顔を心配そうに見上げる硯ちゃん。
その二人を見ていると、少し大げさすぎる様にも思えた。
「お兄ちゃんが魔法を使わせたの?」
頬白の顔を見ていた硯ちゃんが俺の顔を睨んでそう言った。
「俺が? い、いや……どうだろう……」
あの時の頬白は、町田の縫香さんへの憧れを察して魔法を使った様に見えた。
しかし、俺が町田の幸せを願ったのも事実だ。
頬白は俺の願いを察して魔法を使ったのか、それとも町田の心を憂うが故に使ったのか。
「硯ちゃん、いいの。私がした事だから。弓塚君は何も悪い事はしてないし」
「……何かを願ったのね?」
「願ったと言うか……えっと……町田の事をなんとかしてやりたいって思ったんだけど……」
「町田って、誰?」
「私と弓塚君の友達……幼なじみよ」
「ああ……その、幼なじみの為に力になりたい、そう思ったんだね?」
「うん」
俺が頷くと、硯ちゃんは厳しい顔から困った様な顔になった。
「思ったより、大変かもしれないね……もう一度、お姉ちゃん達と話をした方がいいと思う」
硯ちゃんの言葉に頬白は何も答えなかったが、とてもばつの悪い顔をしていた。
「硯ちゃんが心配しているのは、頬白が魔法を使うと秘密を持ってしまうから?」
「秘密? 何の話?」
「えっ……違うの?」
頬白の魔法は頬白自身の心に負担を与える。
だから硯ちゃんも心配しているのだと思ったのだが。
「だから、頬白の魔法が頬白自身の負担になるって事」
「お姉ちゃんから何か聞いたの?」
「うん、頬白は縫香さんを生き返らせた事もあるって……」
「お姉ちゃん、その話……したんだ?」
「うん。弓塚君が私の事、心配してくれたから」
「一度、家に帰ろ。私だけじゃ、もうどうして良いかわからない」
硯ちゃんはそう言うと、頬白の手をとって歩き出した。
俺は頬白姉妹の後について、とぼとぼと歩くしかなかった。
そして自宅の前まで来た時、俺は二人に別れを告げ、自宅へ戻ろうとした。
すると硯ちゃんがそれを止めた。
「お兄ちゃんが来なくてどうするの!」
「おっ、俺? えっと……もしかしてまた、頬白の家にお邪魔するの?」
「硯ちゃん、弓塚君は関係無いから」
「大ありだよ。やっぱりちゃんと話すべきだと思うの。この先、どうなるにしても」
ちゃんと話すべき、という硯ちゃんの言葉を聞いて、俺は眉を潜めた。
先日の話では、頬白一家が魔法使いだという事が分かった程度で、その他の事は殆ど何も話す事はなかった。
でもお隣の家の事情を根掘り葉掘り聞くというのもおかしな話だし、隣人に話さない事なんていくらでもあるだろう。
でも、硯ちゃんの言葉から察するに、どうやら俺は何か大切な事を聞かされていないらしい。
多分それは頬白に関する事で、そして硯ちゃんが不機嫌なのも、同じ理由なのだろう。
「俺は……いいけど……」
「そう? ごめんね……あんまりいい気持ちじゃないよね、こういうの」
頬白が最大限に俺を気遣ってくれているのは、よく分かった。
でも、あまり気を遣われすぎるのも、息苦しいものだった。
「俺も、ちょっと気になる事があるから」
そう話を合わせると、俺は再び頬白家にお邪魔する事になった。
硯ちゃんと頬白の後に続いて玄関に入ると、二人は俺に待つように言った。
「お兄ちゃんはここで待ってて」
「ごめんね、散らかってると思うから」
二人は靴を脱いで上がると、玄関側にあるリビングへの扉を開けて入っていった。
この前は縫香さんの魔法でこの家に連れてこられたから、玄関で待つ事などなかった。
「縫香お姉ちゃん、お客さんが来たから服をきて!」
「お客さん? 誰?」
「お隣の弓塚君」
「何だ? また連れてきたのか?」
「真結お姉ちゃんの事で話をしておきたいの」
「ああ……やっぱり、話すのか」
「うん、だから服を着てきて」
「仕方無い……」
玄関に筒抜けの会話を聞きながら待っていると、扉が開いて全身裸の縫香さんが廊下に現れた。
「えっ!?」
「おう、こんちわ」
縫香さんは全身真っ裸なのに、全く恥ずかしがる様子もなく、俺に挨拶してきた。
慌てて俺は視線を反らしたが、女性の裸なんて見た事がなかったから、どう反応していいかわからなかった。
その白い肌とくびれたウエスト、そしてその下の淡い茂みは一瞬にして網膜に焼き付けられていた。
「おおお、お姉ちゃん!!!」
硯ちゃんが慌てて廊下に飛び出してきて、俺の方を見る。
「みっ、見ないで! 見ちゃダメ!」
「は、はい」
硯ちゃんが大きく両手を広げて縫香さんの身体を隠し、俺は慌てて後ろを向いたが、裸の当人は意に介せずといった風だった。
「ご、ごめんね、お姉ちゃんいつもああなの。基本的には服を着ない人だから」
つまり普段はいつも裸という事になるが……。
姉妹で住んでいるからこそ許される事なのだろう。
「あ、あの、すぐ片付けるから」
縫香さんの姿が奥に消えた頃、硯ちゃんはリビングの中へと戻っていった。