関わらせはしません
私に上流階級の言葉遣いはわかりません。
とあるお茶会会場にて、5人の貴婦人達の会話です。
「今日は皆様にお話がありますの」
「まぁ、何かしら?」
普段は聞き役に徹することの多い彼女の発言に、他の女性達も興味津々で聞き返す。
「あの白井さんの娘が、藤宮学院に転入して来ているらしいんですの」
「!!」
続けられた言葉に、その場の空気が凍ったようだった。
「白井さんって、あの白井 深雪さんですの?!」
「何故、彼女の関係者が藤宮に?!」
彼女達の言う白井 深雪とは、彼女達が藤宮に在学中に転入してきた、かつての同級生である。それも、悪女として名を馳せた。
白井 深雪は転入当初から、当時学院の人気者だった5人の生徒会役員に近づき、職務を放棄させて自分の側に侍らせていたのである。その上、彼女を危険視して役員達から遠ざけようとした人達に無実の罪を着せて、学院から追い出していたのだ。
このお茶会に参加している女性達は、当時の役員達の婚約者だったこともあり、特に酷い目にあっていた。今でもあの頃の仕打ちを夢に見る程である。
どうにか婚約者達を説得しようとしても、彼女に洗脳されていた男達は嫉妬心から嘘を吐いていると決めつけて、一切聞く耳を持たなかった。
学院を追放されることこそ無かったが、全校生徒の前で婚約破棄を発表され、それから卒業まで好奇と憐れみの目で見られ続けたりと、散々だった。
だが、卒業後に白井 深雪の悪事が次々と暴かれ、彼女と彼女に関係ある人間は藤宮立ち入り禁止になったのである。だから、よりにもよって彼女の娘が藤宮に入れる筈が無いのだ。
「どうやら、離婚後に父親に引き取られたらしくて、苗字も母親の名前も違うから審査を通ってしまったようなの」
スッと彼女が差し出した書類の1番上には、鈴木 音舞という名前が書いてある。だが、その横に貼ってある写真の顔は、記憶の中の白井 深雪に瓜二つである。
「この子、本当に白井さんにそっくりみたいで…」
「どうゆうことですの?」
「今の藤宮の生徒会役員達も彼女に夢中らしいんですの」
「なんですって?!」
今の生徒会役員といえば、彼女達の息子達である。
「沙那ちゃんはどうしているの?」
沙那は最初に発言した女性、楠木 阿里沙の娘であり、隣に座る横井 真子の息子の婚約者である。
「真琴君と婚約破棄したいと言っていますの」
「それは…」
「まだ嫌がらせをされたとかでは無いようなんですけど、随分強い調子で詰め寄られたらしくて、申し訳ないけれど関わりたくないと」
かつて同じような目にあった彼女達には沙那の気持ちが十分過ぎるほどわかる。あの女にはまるで言葉が通じなかったので、異星人と会話しているかのような気分に陥ったものだ。誰も好き好んで関わりたいとは思わない。
「沙那が言うには、既に何人か転校しているらしいんですの」
「何てこと…」
自分達が知らないところで、またあの頃のように学院が荒らされていたなんて。それもあの女の娘に!
「それで申し訳ないのですが新菜様、真木家に彼女の素行調査を依頼したいのですが」
「真木家に?」
「はい。沙那が安全の保証書が欲しいと言ってましたので」
確かに、当時の役員達と同じように息子達があの女の娘に洗脳されていたなら、下手な所の調査結果など捏造と決めつけてしまいかねない。
「沙那ちゃんは私達よりも賢いわね」
「本当に。うちの真琴にはもったいなさ過ぎるわね」
「では、真子様…」
「ええ。沙那ちゃんと真琴の婚約を破棄するわ。うちの人にも文句は言わせないから、安心して頂戴」
「ありがとうございますわ」
穏便に話がついて、安心したように阿里沙が息を吐いた。
「それで、この娘とうちの子達はどうしましょうか」
「そうですわね」
和やかな空気が一転して、殺伐としたものとなった。彼女達の中にはまだ、白井 深雪に対する深い恨みがある。あの女の娘が母親と同じ悪事を働くのを、黙って見過ごせはしない。それに、
「折角あの女のような悪女に騙されないように厳しく躾けてきたのに、全部無駄だったなんて」
「本当に。何て不甲斐ない子達なのかしら」
「再教育が必要ですわね」
かつての自分達のような被害者が出ることの無いよう、息子達には散々言い聞かせてきたのに、かつての生徒会役員達と同じ轍を踏んでいる息子達に対する、激しい怒りが沸き上がってきた。血は争えないということだろうか。
「今度こそ、徹底的にあの女の影を排除するために頑張りましょう」
5人の女性は軽やかに笑い合いながら、これからの計画に思いを馳せた。
もうこれ以上、あの女の娘を、自分達の可愛い子供達に関わらせはしません。
無駄な裏設定として、各家の旦那様方はかつての婚約者達です。
卒業後に真実を知り、その後3年間頭を丸めて土下座して謝罪文を渡し続けてどうにか許してもらいました。
奥方達に頭が上がりません。