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番外編:宇宙被告人 【魔王だけど勇者のこと告訴することにしたから】

作者: カワサキ萌

 ここは法治国家グリムベルド地方裁判所。


 民事訴訟から刑事訴訟まで、大なり小なりあらゆる揉め事がこの法廷で繰り広げられる。


 地方裁判所が1日に取り扱う事件の数は少ないときでも100件を越す。好きな時に自由に仕事を選べる弁護士と違い、休む間もなく事件に取り掛からなければならない検察官と、民事刑事を問わずすべてにジャッジを下さないといけない裁判官はハードで激務な毎日を送っているのだ。


 どれほど凶悪な事件であったとしても、どれほど瑣末な事件であったとしても、プロである彼らは常に全力で訴訟に挑み、真実を追求しなければならない。たとえそれが――



 どれほどくだらなくて、馬鹿馬鹿しい事件であったとしても。


 ◇◆◇◆


 ロースクールを卒業後、司法修習生としての一年を過ごした私、エミリー・ローゼン23歳は今、裁判長として刑事事件の裁判に立ち会っています。


 初めての裁判。期待と不安、そして憧れの仕事に就けた喜びで胸が張り裂けそうです。


 お父さん、お母さん、娘は今日から立派な裁判官としてお勤めを果たしてみせます。


「それでは、裁判を始めたいと思います」


 たったこれだけの短い発言であったとしても、ただの一介の小娘の発言と裁判官としての発言とでは周囲に与える影響力が違います。


 私の発する一言一言がここいる全ての人、いいえ、被告の人生を左右してしまうのです。


 ――責任は、とても重大です。


 でも、私は大丈夫です。どんな人がやってきても、公正明大をモットーに、良心に基づいて正しい判決を下してみせます。


「では、被告人は証言台へ」


 法廷は声がよく響きます。今日のために一生懸命発声練習してきたのですが、これだけ声が響きやすいともしかしたらあまり意味はなかったのかもしれません。


 ――いけません。一体私は何を考えているのでしょう。ここは法廷です。被告人の人生を左右する、とても神聖で厳かな場所です。

 たとえ無駄だとわかっていたとしても、相手のために全てを尽くす。それが裁判官としてのあるべき姿なのです。


「あの、裁判長――」

「あッ――は、ハイッ!なんですか、シェーファー検事!」


 検事の冷ややかな言葉に、私は背後から突然殴られたような気分になりました。

 この女性検事は私よりも一つしか年が違わないのですが、なんといっていいのでしょう、まるで十年以上は現場経験を積んでいるような威圧感があるせいか、私は少し苦手です。


「そろそろ被告に人定質問をして欲しいのですが?」


 女性検事はやや呆れるような口調で言うので、ますます私は気落ちしてしまいました。


 ですが、証言台に立つ被告を見て、すぐに気分を改めます。


 証言台の被告はとても体調が悪そうで、ひどく青ざめた表情をしていました。


 当然です。被告は住居侵入罪、傷害罪、公務執行妨害など、様々な犯罪を犯し、ここにやってきました。ここでどのような判決が下されるにしろ、彼の今後の人生にとってそれは大きな足枷になります。


 私はプロの裁判官。誰に対しても常に平等に接します。罪を犯した以上、人はそれにふさわしい罰を受けねばなりません。


 ですが、被告には被告の事情があります。もしかしたら止むにやまれない事情があるのかもしれません。



 私が目標とする裁判官。それは――どんなときであっても公正明大、でもそれ以上に良心的で被告のことを第一に考える裁判官なのです。


 さあ、裁判を始めましょう。私は被告に人定質問をします。


「被告人、名前を教えてください」


「ぷぷぷぷぷ、ぽぽぽぽ、ぴぽぽぽぴぽぽ」


「……え?」


 ――あれ?この人今、なんて言ったんだろう?


「あ、あの、お名前を伺いたいのですけど……」


「ぺぽぽぺぽぽ。ぱぷぱぷぽっぽっぽっぽっ」


「ああ、言い忘れてました、裁判長」


 女性検事のシェーファーさんはすごくどうでもよさそうに、呆れた表情で付け足しました。


「被告の名前はトム・マッケンロー。自称宇宙人らしいです」


「え?え?」


「まあ、だから頑張って人定してください」


 ――なにこの人?なんかすごく冷たい。人を滅多に嫌いにならない私ですが、この人は好きになれません。


 私は改めて被告を見ました。被告は相変わらず「ぴぽぴぽ」言っていました。


 お父さん、お母さん、私、決意が鈍りそうです。

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