6
頭がかち割れそうな感覚と今にも嘔吐してしまいそうな感覚を俺は必死で抑える。そんな状況の中でもなぜか俺はなぞの声が言う『新たな神』というフレーズが頭から離れようとしない。
激しい痛みの中、なぜか思考は『新たな神』とはなんなんのかということを考えつつ、俺は静まり返った周りを見る。
高倉家の中、初音と玲奈はすでに動ける状態ではない。
この二人を助けるには俺が何とかするしかない。――しかし
「うおおおおおおおおおおっ!」
両方の手で自身の頭を押さえる。そうでもしていないと痛みでおかしくなってしまう。今までどんなに痛い目に合おうとも痛みを感じていなかった俺にとって今の痛みは超越極まりない。
「ぐわっ――、ぁぁあああ」
リビングという狭い空間に俺のうめき声が走る。それでも俺は必死で謎の声の主の瞳をとらえようとする。
「それが今までにあなたが受けた痛みです」
声の主はまるで俺の心を見透かしたかのように悲しい表情でそういう。
「付け加え、心の痛み……」
声の主がそう言った瞬間、何もかもが変わった気がした。
「――ッ!?」
俺の心臓に大きな鼓動が走った。今までの痛みを断ち切るほどの感覚が俺を支配していく。
「それが今まであなたが失っていた感情……、あなた自身です」
「あ……」
俺は唖然とする。どこを焦点にしているのかさえ今の俺にはわからない。目の前がぐるぐると回転し、思考の邪魔をする。
「それがあなたの失われていた……涙です」
「なみ、だ……?」
鉛のように重く感じる手を俺は自身の瞳にやる。すると、声の主が言ったように俺は……。
――俺は大粒の涙を流していた。
止めようと思っても止まらない。まるで滝のように涙が俺の頬を濡らしていく。
「もうすべて思い出したはずです。新たな神、歩夢」
声の主が最後にそういうと同時に今までにないほどの強大な鼓動と大粒の涙があふれた。
どうにかして今の感情を押さえつけないといけなかった。そうしないと、俺は壊れてしまう。血反吐が出る感覚を必死に抑える。――が。
もう、そんなことを我慢しても無駄だった。
何もかもを思い出してしまった俺にとって、そんな感情、感覚が押し寄せてくるのは当たり前なのだから。
「はつ、ね……さちえ、……――――かあさん――!」
今までずっとおかしいと思っていた。最愛なる母の死を聞いても何も思わなかった俺の感情がおかしいことなんて。今まで俺のために人生を削ってきた人のことを愛しまないなんてありえるわけがないのに――――。
今までずっと好きだった、大切な大切な少女のことを忘れるなんて絶対にありえるわけなかったのに。いつも俺のそばにいて、俺を支えてくれた少女の存在のことを俺は片時も忘れるつもりなんてなかったのに――。
――――大好きな女の存在を忘れる俺ってなんなんだよ――。
今までの記憶が蘇り、逆に俺は今の俺を追い詰めていく。今まで何一つ疑わなかったこの世界に俺はどう向き合っていけばいい?
「私と一緒に来ませんか?」
「……」
俺はまるでその声の主を神のようにあがめるかのように見上げていた。
神だろうが神でなかろうがどうでもよくなった瞬間だったかもしれない。これからどこに連れていかれようとも俺はすべて受け入れるだろう。
「たの、む」
「……わかりました」
声の主は少々、顔を歪ませる。俺がここまで素直に返答するとは思わなかったのだろう。
いわゆる、俺はこいつらからしたら大きな存在だったのだろう。しかし、残念ながら俺はお前たちが思っているほど大きな存在ではない。神だったとしても俺には神の器はない。人間だったとしても俺は弱い分類の人間に違いない。
――だって、俺、ここからすぐにでも逃げ出したいんだもん。
そんなやつがこの世に存在する必要なんてない。もちろん、人生をやり直す選択肢なんかも存在しないことは分かっている。
それでも、それでもだ――。
「それでは、行きます」
今の俺はこの少女がすべてだと思った。これからどんな人生が待ち受けているかはわからないがこの少女は俺に未来を与えた。否、逃げ道を与えてくれたというべきか。
それはそれで負い目があっていいのかもしれない。
「――ごめんなさい」
最後の俺の言葉はごめんなさい。誰に向けられていったことなのか自分ですらわからなかった。
光り輝く空間がゆっくりと俺を覆っていく。と、その時。
「――だめ!」
一本の細細しい何かが俺の髪の毛を引っ張る。
「いだ、いだだだだ」
「女神、お前はすでに退場した存在」
「これも全部、神の意志――!」
「それではあなたも連れて行きます」
謎の声の主がそう言った瞬間。
「きゃああああっ」
「どわああああっ」
光り輝く空間に大きな落とし穴ができた。それに俺と……初音は真っ逆さまに落ちていった。
数秒も経つと俺の意識は薄れ、そして――ブラックアウト。
いつ目覚めるわからない永い眠りについた。
「……はつ、ね」
夢を見ていた。
幸せな夢なのかそうでないのかは俺にはわからなかった。
でも、なんとなく……。
遠い未来を見た気がした。
俺はそこで泣いていた。
しかし、その表情は決して険しいものではなかった気がする。
ただ、はっきりと自覚していたことは……。
「……お別れ、なのか?」
誰に向けられた言葉なのかわからないことを俺は口ずさんだ。
そして、目覚めるとそこは野原の上だった。