即興小説トレーニング
私は中央発令所で、誰にも気づかれないように帽子を深くかぶる。洋上にはまだ敵の駆逐艦がわれわれを見つけようとうろうろしていることだろう。
だがそれも、あと数分もすればいなくなるはずだ。いちいち新鮮な酸素を補給しなければいけない潜水艦と違い、洋上艦は長い間作戦行動が可能である。しかしそれでも、食料などの物資が尽きるということは大いにありうるのだ。
敵艦がいなくなれば、本艦も洋上に出ることができる。そうすればこの閉塞感からも解放されるし、何よりこの付近にいるだろう味方の潜水艦からの補給を受けることも可能なのだ。
「水測長、敵艦の様子はどうか?」
「はっ、敵駆逐艦のスクリュー音が少しずつ小さくなっております。おそらく我々を見つけられずに引き返していくものと思われます」
「そうか……。よし、完全に聞こえなくなったら浮上する」
私は小さく息を吐いた。あのまま敵がまだ本艦の上にとどまっていたら、もう少しで酸欠になって行動不能に陥っていたかもしれない。
「艦長、敵艦のスクリュー音消失しました。この付近には他に音はありません」
「よし、メインタンクブロー、浮上せよ!」
その合図で我々の乗る、鉄鯨のごとき真っ黒な潜水艦から大量の水が吐き出される。圧縮された空気を開放する勢いでタンク内の水は押し出され、艦は強力な浮力を得て浮き上がった。
「深度三十、二十、十、浮上!」
黒い塊は海面を穿ち、その巨大な頭を洋上に現した。その時だった。
「本艦前方百に敵艦! さきほどの駆逐艦です!」
「なにィ!?」
やつはいなくなったはずではなかったか。それならどうしてここにいる。
「水測長、何があった!」
「わかりませんが、スクリューを少しずつ停止させて遠ざかっているように見せかけた可能性があります!」
「クソッ、急速潜航だ!」
「敵艦発砲! 三、二、一、着弾!」
ズズーン! と腹に響くような音とともに衝撃が艦を揺らす。直撃は免れたが、どうやらどこかに当たってしまったようだ。このままでは潜航することすらままならない。ここで決着をつけるしかないということだ。
「魚雷発射管全て開け。ここでやつを仕留める」
「はっ!」 本艦が有している魚雷は残り四発。本来ならここで補給を受けるはずだったの だが、こんな状況で贅沢は言っていられない。
「撃てぇ!」同時に、敵艦の連装砲が火を噴く。私は潜望鏡から目を離さずに、成り行きを見守っていた。
そして、丸いレンズの中に白い閃光が走ったかと思うと、駆逐艦のどてっぱらを魚雷が食い破り、その艦体が真っ二つに折れたのが確認できた。
「敵艦撃沈!」
――その刹那、死に際に駆逐艦の放った主砲弾が、潜水艦の甲板を赤子の手をひねるよりも簡単に撃ち抜いたのが見えた。強烈な衝撃とともに、私の意識はそこで途切れた。