5:遭遇(so,good)。
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結局の所僕と竃が生徒会室に再び足を踏み入れたのは翌日の放課後の事だった。
あの情事のあと、僕と竃は生徒指導室に呼ばれ、勿論の事指導を受けた。
まあ、竃円もっての説得力もとい、『切説』力があれば、指導される側が指導されるのだ。
彼女を始動させてしまったという言い方が正しいか。
ともかく、僕達は昨日生徒会で活動することはできなかった。それが結論である。
さて、僕の方は活動できなくても全く構わないわけだが、件の一件について、竃円は相当納得が行かないようだった。
それもそうであろう。こいつは我儘な自己中心主義者なんだから。まあ、今回の件は流石に僕も肩は持てないのので如何とも言い難いのだが。
余程腹を立てたのか、現在生徒会室の真ん前で、その生徒会室そのものを鬼のような形相で睨みつけている。正直こいつに凄まれても怖くはないのだが、恐ろしいものは感じる。狂怖だ。
がくぶるる、と震えても何も変わらないので僕は口を開くことにした。
「で、昨日はあんなことがあったわけだが。反省してるのか、お前」
「反省も何も私は何も悪いことなどしていない。ツキの要求に応え、これからの生徒会を学ぼうと“勉強”していただけだ。それを反省するとあっては、私は人の望みも叶えられない、勉学も怠る最悪な女子高生じゃないか」
女子高生だという自覚があったのか。知らなかった。
というか人にキスを見られた事を女子高生は普通気にするだろうよ。
「僕の冗談を本気にし続けるお前も凄いけど、昨日のあの二人、生徒会の役員だよな? 正直言って面倒そうな奴らだったけれど……」
眼鏡の二人組。男が増梶、女が秋野、と言ったか。
会話、というか発した言葉は一言二言だったけど、十分にインパクトのある人物だった。
なんというか、あの二人の言動からは侮蔑を感じた。異端を異端視するのは当たり前だが、普通のモノも、普遍的なものも、不条理なものも分け隔てなく見下している感覚があった。
人をあんな目で見る人間がいるとは思わなかった。いや――思えなかったのを思わせた、が正しいのかもしれない。
「あの二人は三年生の生徒会役員だそうだ。現会長の増梶拓斗と、副会長の秋野鬼花だそうだ。とりあえず
その二人の事は調べておいた。今後邪魔になりそうだからな」
と、竃は言った。さすが竃円と言った所か、下調べは十分らしい。だったら昨日の時点でやっておいてほしかったが。
「昨日の時点では現役職の生徒は調べていたさ。だが、如何せん情報が少ないんだ、彼らは。学校での行動以外がすべて謎に包まれている。特撮番組に出てくる秘密組織のようだ」
ふむ。秘密組織、か。的を射ているようで思い切り外れた比喩だった。秘密組織て。高校生がそんなものにそうそう属していて溜まるか。
そんなものストレスしか溜まらない。
「じゃあちなみに学校ではどんな行動……というか生活をしているんだ? 学校以外ってことは校内での生活模様は分かるんだろう?」
まあ、大概は普通なんだろうけれどさ。
「そうだな……。彼らは、校内では基本的に人と話さないそうだ。話しても授業や行事等の必須となる場合だけらしい。まあ、生徒会の仲間内では人が変わったように饒舌極まりなく話し、喋り、哂うらしいがね――まったく、読めない奴らだ」
「お前も十分よめねーよ。しかし、その割には僕達には普通に話しかけてきたよな。理由はあったにせよ、あそこまで喋る必要はなかったと思うが」
「ふむ。さすがはツキだ、良く見抜いていたな。その不思議さがあるからこそ私は腹が立っているのだよ」
竃は髪を掻き上げながら言った。額には汗が数滴光っている。
「そうか? 僕は逆に喜ぶべきだと思うけれどな。僕たちは言うなれば生徒会の一員として認められたようなものなんだからさ」
「それが気に食わんのだ。私はどうも『特別』だとか『差別』というものが大嫌いなのだよ。差別は罪だ。害悪だ。罪悪だ。贖罪だ。人々は皆平等な命だと言うのに……」
皆私の意見に賛同してくれると言うのに――と続ける。
平等、か。
僕にいちばん近くて、一番遠い言葉だよ。
「お前の説は分かったよ。で、入らないのか? もうかれこれ十五分は立ち止まっているぜ」
会話の時間も含めて、それくらい時間が経過していた。僕としてはさっさと帰りたいので早く生徒会活動を終わらせたい所なのだ。
「入りたいのはやまやまだ。だが、誰もいないようでな。入るに入れないのだよ、昨日と同じ様な誤解を受けても面倒だしな」
こいつが面倒がるなんて珍しい。いつもなら大概の事は気にせずに挑むというのに。
まあ、昨日は僕が関わっているからこいつなりの気遣いだと感じておくことにしよう。
「だったら他の役員を呼んできて、一緒に入ったらいいじゃないか。クラスと名前くらいは把握しているんだろう? 僕はここで待っているから呼んできたらいい」
ひたすらここでこいつと共に誰かを待つよりは早いと思った。こいつの行動力にかかれば大して時間はかからないだろう。五分もあれば誰かとここに戻って来るだろう。
「一理ある、な。だがツキ、お前一人で大丈夫なのか? 私が不在の時に昨日のあの二人が来てもどうすることもできないぞ」
「心配し過ぎだ、円。僕は一人でも大丈夫だって。生徒会役員なんだし暴力を振るわれない限りは大丈夫さ」
実際はかなり不安だったが、僕にはエスケープという道がある。怖いものなどない。
「ふむ。ならここはまかせたぞ、ツキ。――必ず戻ってくる」
「ああ、またな」
そういうと竃は生徒会室前から姿を消した。
作戦成功。今日はなんと、竃円の魔の手から逃れることができた。
いつもなら逃げる前に先回りされるのだ。たまったものではない。奴は男子トイレにだって現れる。
迷惑極まりない存在なのだ。
「さて――、帰るか」
竃の姿が完全に消え、安堵した僕は昇降口に足を運んだ。
明日会った時の言い訳はどうしようか……と考えながら僕は靴を下駄箱から取り出し、履き替える。
昇降口の扉を開け、空を見上げると、音もなく雨が降っていた。
「そんなに強くはないけど……、濡れるな、これは」
天気予報を確認してない僕にはこの雨が通り雨なのかどうかはわからない。だから傘が無い事は即ち濡れるという事だ。説明するまでもないが。
しょうがない――走るか。
屋根のある昇降口から一歩踏み出し、走り出そうとする刹那――、
雨が止んだ。止んだ? 周囲を見渡しても雨は降るばかりだ。
僕が後ろを振り返ると、後方から傘が差し出されていた。
「あら、濡れてお帰り? 風邪を引きますわよ」
振り返った時そこにいたのは、現副会長の秋野鬼花だった。
「今日は生徒会はお休みなの。一緒に帰りましょうか。十六夜くん」
僕は驚きを隠せなかった。なぜここにタイミングを見計らったかのように現れた?
秋野はクスリと笑みを浮かべ、僕の腕を取る。
額と背中に嫌な汗を感じた。
「言いたいことや聞きたいことがあるだろうけれど、今は一緒に帰りましょう、十六夜くん。それとも名前で呼んだ方がいいかしら?」
「苗字でいいです。秋野先輩」
「そう。わかったわ月夜くん」
うふふ、冗談よ。と、嫌味のように秋野は言った。
僕が帰宅できるのは、いつになるのだろう。
そんなことを考えていい場面ではなかったが、やはり僕は僕の事が一番気にかかるのであった。