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3:KISS(傷)。

3



 結局活動するのは放課後になった。担当の先生が出張で席を外していたらしく、学校に戻ったのが午後四時。一日の授業が終わる約三十分前。 僕はとてつもなく帰りたかったのだが、竃に引き摺られ(文字通り引き摺られた)終礼が終わると同時に職員室に連行された。

 と言っても、僕は面倒な手続きは彼女に任せてあるのだが。

 いや、任せさせられたが正しい。

「手続きは私がする。ツキは入り口で連絡事項でも確認しているといい」

 と連れられている最中に伝えられた。面倒事を片づけるのなら別の面倒を片づけてほしかった。

 むしろ……、面倒を増やされた気がする。

 僕が掲示板の『写真部部員募集!』のポスターに目を引かれている間に竃は先生と話をつけてきたようで、数分後には職員室から一礼をして退室してくる竃の姿があった。

 相も変わらずどうしてこうも口が達者なのだろう。

 二枚舌ならぬ、三枚舌、いや――、数える方が疲れるくらい饒舌なのだ。

 彼女は大抵の大人子供、老人から貴婦人に至るまでいかなる人種も説得し説法を説き説教をして説明してしまう。いわば、彼女にとっての『イエスマン』にしてしまう。

 一般人から見たら彼女は異常だ。常軌を逸していて、奇異で奇怪で奇抜で奇妙奇天烈雨霰。

 いや、口というよりもその才能が異常――なのか。

 最初はみんな変だと思う。異常だと思う。異質だと思う。異端だと思う。気でも狂ったのかと心配する。でも、それは本当の本当に最初、だけなのだ。

 ――逆に、彼女を異質に見る方が異質になっているの。

 論理がすり替わるどころか、論理が入れ替わるのが竃円。

 異質すぎるそれは、誰が気付くわけでもない異端な才能だった。

 彼女が奇行を行おうとも、誰もがそれを奇行だとは思わない。「彼女がやっているのか。だったらそこまで驚くようなことではないな」これで終わってしまうのが、その才能の怖い所である。

 彼女は何をやっても認められ、何をやっても咎められない。犯罪者にさえ彼女はなれる。なるかならないかは、彼女次第だ。

「で、許可は? いつから活動できるんだ?」

 下りないわけがない。彼女は他人を『納得』させることができるのだから、もともと交渉の余地もないようなことなのだ。

「そうだな、今日の所は時間が時間だから下校するように指示を頂いたが、明日から本格的に指導していいそうだ。やったな、ツキ。明日から私たちは生徒会役員だ」

 始動の発音が違う気がする……。

 まあ、大抵の人間はこいつを認めてしまうのだから、『指導』の方が正しい気もする。

「そうか、よかったな」

 僕は無表情でそう告げると、校門への道へ踵を返した。

「待て、ツキ」

 と、後ろから腕を掴まれる。

「なんだよ、まだ僕に用があるのか? 今回の話だって、別に僕が居なくてもお前一人で出来たことなんだ。早く帰らせてくれないか」

 冷たく、言う。竃円に協力者は必要ない。大抵の人間は彼女に協力的なのだから。

「今日の事でツキに礼がしたくてな。結果論とはいえ、確かに私一人で事は成った。でも、ツキは付いてきてくれたじゃないか。だから、礼がしたいんだよ、いや――今日から私たちは共に生徒会を歩む仲間だ。そのお祝いと言ってもいいだろう。だから、もう少しだけ付き合ってくれ。いいだろ?」

 嫌だね――、とは流石の僕も言えなかった。

 満点の笑みで。万年の笑みで。僕を誘う彼女を、蔑には出来なかった。僕もそこまでデリカシーに欠けた人間じゃない。

 シンパシーには欠けているかもしれないけれど。

「……、分かったよ。で、僕にいったい何をしてくれるっていうんだ?」

 彼女に礼を言われることには慣れている(全然嬉しくないレベルに)が、行動でそれを示すのは初めての事だった。

「そうだな、ツキは何がいい? 何をしてほしい? 何でもいいぞ。ラーメンでも焼きそばでも月見うどんでもいいぞ。パスタなんかも小洒落ていていいかもしれないな。でも、

まだ肌寒いこの季節には温かいきしめんなんかもオススメだぞ?」

 僕はいつからそんなグルメなキャラになったんだよ……。というか何故麺類しか選択肢がないんだ……。日本人なんだから米を食え米を。

「ん、ツキは麺が嫌いだったか? なら牛丼ならいいだろう。いや、かつ丼も捨てがたいな……、いや、今日は月曜日。月曜日と言ったらやはり天丼かぁー!?」

 どうやら竃の頭の中には麺類と丼物しか存在しないようだ。炭水化物ばかり取っていると、栄養不足で倒れちゃうわよ。なんて母親じみたことを心で呟いておく。

「僕はどれもいらないよ。お腹すいてないし、第一、家に帰れば食事にはありつけるからな」

 第一こいつと共に食事をとりたくなかった。

「な、なんだ釣れないな、ツキ。他に欲しいモノでもあるのか? 金銭のやり取りはさすがにまずいからそれ以外なら大概はかなえてやれると思うぞ、さあ、望みを言うがよい!」

 神龍(シェンロン)かお前は。僕は七つも玉を集めた覚えはないぞ……。

 今日はやけに突っかかってくる竃円だった。異常な女は普通以上に面倒だ。

 さて、金以外に望みと言えば学校の成績くらいだが、これはもともと何とかしてもらっているものだし……。ふむ。

 数十秒考えたが、特に何も思い当らなかった。

 ので。

 僕も竃円を見習い、漫画の影響を受けることにした。

「円」

「お、願いが決まったの……ネガイガキマッタノカァ?」

「わざわざ神龍みたいに言わなくていいよ……。で、お礼っていうか願いなんだけど」

「おう、何でも言ってみろ!」

「僕とキスしてくれ」

 僕は冷めた顔で言った。笑いもなく、焦りもなく、恥ずかしみもなく。動揺すると思った。竃円も異端とはいえ、女だ。女子高生だ。口付けを要求されれば動揺を隠せない筈――――

 だと思った僕が一番異常だったのかもしれない。

「なんだ、そんなことでいいのか。わかった。じゃあするぞ――」

「な、お前本気に――」

 準備も練習も予測も推測も前兆もない、不意打ちのキスだった。

 キスは出来たが、心には傷が残ったかもしれない。



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