2:始動(指導)。
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竃が生徒会長になると言い出したのは今年の五月の事だった。
ある朝、僕が目を覚ますと、竃はそこにいた。当たり前のようにそこにいた。
いくら隣人だからと言って、寝込みを襲われるとはなかなか思いつく事案ではないと思う。せいぜい、インターホンを押して迎えに来る程度が常識の範疇だろう。というかこいつはどこから僕の部屋に入ったのだろう。
「どこでもドア~」僕の部屋のドアを親指で示す。
子供の夢を不法侵入で使うな。というかいつ二十二世紀になったんだ。
「さて、相変わらず散らかっている君の部屋は気にしないとして、――私は生徒会長になろうと思う」
「そうか、がんばれ」
僕はそれだけ言うとベッドから降り、着替えを始める。こいつの前では貞操も無ければ羞恥心もない。それは周知の事実だ。
「うん、がんばるさ。で、だ、ツキ、お前も一緒に――」
「お断りだ。毎回毎回僕を巻き込むのはやめてくれないか。僕は静かに暮らしたいんだよ」
「連れないことを言うな、私たちの仲ではないか。ほら、『飛んで火にいる夏の虫』とよく言うではないか」
「意味が違うし、もし例えるとしたらそれはお前の事だと思う」
竃円。こいつは無謀で無策で無知で無益な事ばかりをする。呼吸をするように。息継ぎのように。
昔からそれは変わらない。僕達は幼馴染という奴だから、嫌というほどに分かる。
「そういいながらも、けっきょくはたすけてくれるじゃないか、つきよは」
「棒読みで言うな。聞き苦しいし息苦しくなる」
第一に、メリットがない。
というより今までメリットがあって手伝った事柄が幾つかあったが、圧倒的にデメリットの方が多かった。協力するだけ無駄な気がする。
それに。
「お前と違って僕は成績がいいわけじゃないからな。生徒会なんて早々入れるものではないよ。中学から学年トップのお前にはわからないだろうけれど」
こいつは常識はないが知識はあった。無知、というのも半分当たりで半分外れだ。事欠いて学力については文句の付けどころがないのが竃円、なのである。
「大丈夫だ、問題ない。ツキの学力でも庶務係ぐらいにはなれる。というか私がねじ込む」
全力でやめてほしかった。
「というか、何で生徒会なんかに入りたいと思ったんだよ?」
僕は制服の上着に袖を通しながら言った。五月の朝はまだ少し肌寒い。
「ふむ。簡単に簡潔に言うと、漫画に影響された」
小学生みたいな理由だった!
「恥ずかしくないのか、そんな理由で」
高校生にもなって漫画の影響で部活を決めるとか……、幼稚すぎると思う。
「恥ずかしくなどない。理由は理由だ。むしろ、理由などは付け足しのようなものだ。理由などない。――でも、意味は有る」
竃は淡々と語った。
「意味、ねぇ。意味なんて本当にあんのかよ……。大方、また目立ちたいと思ってるだけなんじゃないのか? 中学の時みたいに」
竃円は目立ちたがり屋だ。注目を浴びてアドレナリンを発する、典型的な目立ちたがり屋。幼い時から目立つのが好きだった彼女は、小学校、中学校と数々の目立つ行動をしてきた。
「入学式に金髪、しかも制服は昭和のスケバンみたいなロングスカートに、背中に竹刀背負って新入生宣誓をする女子なんて漫画を除いてもお前くらいなものだよ。水泳の授業でビキニを持ってくるし、弁当の時間に出前のピザ頼むし……。お前何かの病気なんじゃないのか?」
他にも数えれば彼女の奇行はいくらでもある。というか、変じゃなかった日を数える方が早いくらいだ。
「あれは、反抗期という奴だよ。誰にだって一度くらいはあるだろう? 世界に反抗したくなる時が」
「僕にはそんな時期も学期も任期もない」
「人気がない、か。確かにツキは友達が少ないもんな!」
「お前のせいだろ……」
僕は友人が著しく少ない。これはこいつの尻拭いを昔から僕がしてきた代償だと思っている。代償というより、一方的な損害なのだが、僕の成績が平均以上になっているのはこの功績のおかげなので代償という方が正しいか。
「ツキには、私がいるじゃないか。一人じゃない。それだけで勇気が湧いてくるじゃないか!」
僕はどちらかというと孤独主義なんだが……。
他人となれ合うのは面倒だし、気を使うのが一番嫌だ。相手の顔色をうかがって会話のキャッチボールをするなんて苦痛以外の何物でもない。
まあ、だからこそ気を使う必要のないこいつとはつるんでいるのかもしれないけれど。
まあいいか。どうせ断ろうと強引に僕を引き入れるのだから。
「で、いつから活動開始なんだ?」
嘆息交じりに僕は答えた。
「もちろん、今日だ。善は急げ、悪は丁寧にとよく言うじゃないか。さっそく今日から困っている人を助けるぞ!」
丁寧にしたらかなり性質が悪いと思う……。というか生徒会って人助け集団だっけ?
そんな僕の思考もほどほどに、着替えを終えた僕と竃は学校に向かった。
僕達以外にも学校を目指して歩む影がちらほらと顔を見せる。勿論その中に友人なんて者はいないが。
暫くして学校に着く。登下校中は目立ったことを行わないのが僕と円の約束だ。僕はまだ警察の世話にはなりたくない。円は放っておくと自由すぎるのだ。
自由。
聞こえはいい言葉だが、竃円という少女を形容するにはいささか荷が重いような気もする。
だが、彼女を説明するにこれほど適している言葉もないだろう。
それほど彼女は自由なのだ。そう、登下校中を除けば、彼女は自由だ。
学校に着いた途端、竃は職員室に一目散に走りぬけて行った。生徒会長に立候補するにあたっての手続きをするのだとか、部屋で言っていたっけ。
「僕の静かな高校生活は、どこに行ってしまったんだろう」
呟いて、靴を履きかえる。
本当に、どこに行ったんだろう。もともと、静かだったかというと良くわからないけれど。
とりあえずは、生徒会って何をすればいいんだろうか。なんてことを考えながら僕は授業をうわの空で聞き流すのだった。