1:竃円(KAMADOMADOKA)。
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世の中は不正に満ちている。
例えばIT業界だとか、税金だとか、または陸上競技のアスリートだとか。
不正。
まあ、もっと簡単に言えばインチキ、ズルだ。
じゃんけんで言う後出しのようなものだ。
しかし、後出しのように謝れば済むような簡単な話ではない。
子供のうちでは許された事でも、大人の世界では許されることはない。
法が干渉し、法に干渉し、汚いことはより汚く、綺麗なものでさえ汚く法に染まっていく。
支配された世界。
と言っても過言ではない。
――否、支配というよりは征服に近い。
統一された法によって世界は廃れている。
そう、考えた少女がいた。
自由を望み、自由を選び、自由を称える。
そんな少女がいた。
僕ははっきり言ってこの少女の考え方には賛同できない。
不正というのは第一にやってはいけないことだし、ルールは守るためにある訳なのだから、破ってしまってはバランスが取れないのだ。
世界はバランスが取れているからこそ成り立っていると僕は思う。
働く人がいて、その人が働いているときに休む人がいる。バイトのシフトと一緒だ。あるべきところにあるべき人がいる。
そこに無駄な隙間はない。別世界に逃げ込むことは出来ない。
仮に、仮に逃げた人がいても、それはその人の役割であって、その人がそうあるべきだっただけなのだ。
だから、ただひたすらに法を掻い潜り、ルールを破り、型を破り、規則を破り、スタイルを破り、ポリシーを砕き、バランスを乱し、その人間の個性さえも消し去るよなこの少女、竃 円との出会いは僕にとって必要だったものなのか、僕の役割はこの少女を助けることなのか、
と、僕は考えてしまうのであった。
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僕の学校の陸上部の生徒が、陸上競技の砲丸投げで、優勝した。
最初は皆彼を称えた。記録が高校生の日本記録を塗り替えた、ということもあってか『英雄』と彼を呼ぶものも居たくらいだ。
だが、この記録には不正があった。
言わずもがな、ドーピングだ。
彼は大会前の尿検査、血液検査を掻い潜り、トレーナーを騙し、監督をも欺いて、筋力を一時的に上げる麻薬を使ったのだそうだ。
発覚したのは、大会後の体育の授業で、全国で記録を残した生徒である彼は自慢の砲丸投げを見せようとアップを終え思い切り砲丸を投げた。
砲丸は放物線を描き、誰もがまたしても記録を塗り替えるのではないかと期待の眼差しを彼に注いだ。
しかし、結果は大会に出られるレベルの距離ではなかった。
たまたま手が滑っただけだ、と彼は皆を諭した。優勝した時の高揚感がまだ残っており、気が抜けてしまっているのだ、と。
優勝者が言うのだ、間違いはないと皆は口をそろえたが、それも最初のうちだけだった。
何度投げても、記録は一投目と変わらない。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も彼は投げた。
でも記録は変わらない。
彼はかのドーピングをしてから、薬の副作用で筋力が衰えてしまっていたのだ。
能力のない僕からしたら、彼の記録は衰えた後でも十分すごい。だが、世間はそうはいかない。
期待を受けた人間は、期待に応えなくてはいけない。
彼のその後は、言うまでもないだろう。
記録は勿論無得点扱い、優勝は剥奪、推薦で入学が決まっていた大学の内定も取り消された。
英雄が一気に落ちこぼれになった瞬間だった。
そんな彼を、一人だけかばった女がいた。
そう、竃円だ。
「気に病むことはない。君は勝ちたかったから薬を使ったのだろう? それは人間として当然のことだ。ゲームだって、勝ちたいから強い武器を使うだろう? それと同じことだ。自分が非力なのを知っている君は偉いと私は思うよ。勝ちたいからやった。それだけだろう? 理由ありき行動には敬意を評するべきだと私は思うんだ。おめでとう、少年」
彼女は不正が発覚し、校内から消え去りたい、退学したいとひたすらにひたむきにネガティブな彼に言い放った。
彼女の言葉を聞いて彼がどう思ったかは知る由もないが、衝撃を受けたのは否定できないと思う。
彼女はその日以降、偏見の眼差しを受け、奇異な視線を送られるようになった。たったの一瞬だが。
言うまでもないだろう。犯罪者を擁護したのだから。
自分の意見を貫くのは良いことだ。正直な事はいいことだ。それはわかる。だが、冤罪でもない限り犯罪者を庇うことは世間体的に良いとは思われない。
僕もそう思う。
でも、彼女は、そんなことを気にする素振りなど見せない。
逆にこの感覚を愉しんでいるように見えた。
目立ちたがり屋なのかもしれない。
いや、実際彼女は目立ちたがり屋なのだろう。
自己主張の塊。
自己表現せずには居られない。
自分を他人に知ってもらいたい。
だからこそ、彼女はこんな名も廃れてしまった高校の生徒会長になろうとしているのかもしれない。