─プロローグ─ 現実
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という、何とも壮大な夢を見た。夢の中の出来事にしては、やけにリアルで、寒気がした。しかし同時に、鳥肌がたっていた。
俺はその余韻を味わい、頭の中で静かに推理していた。あの光は何だったのかと。
しかし、直ぐ様考えるのを止めた。これは夢の中の出来事で、実際には起きていないのだから。
俺は目を開けた。周りを見渡すが、そこは見慣れた俺の部屋。パソコンに漫画にラノベ。娯楽の道具ばかりだ。
しかし、この部屋に違和感を感じた。その元凶は俺のベットに寝ている一人の少女だ。そう、俺の横で。
俺は焦った。冷静さを取り戻すため、とりあえず状況把握をすることにした。
髪は綺麗な長い黒髪で、この世の人とは思えないほどの可愛らしい顔立ち。
しかし、この顔に何故か見覚えがあった。
そう。夢の中で一緒にいた、逢だった。服装は夢の中と変わらず、ファンタジーなもので、この部屋で物凄い浮いていた。
「……ん?」
俺の視線に気付いたのか、彼女はゆっくり目を開けた。まだ、眠いのか、目を擦りながら、辺りを見渡していた。
そして、その焦点が俺の目に合う。こうなると必然的に見つめあう形になってしまう。心臓の鼓動が跳ね上がった。
その状況がどれだけ続いただろうか。静寂を破ったのは彼女の嬉々とした声。
「啓太! 無事だったのね!!」
彼女は俺に抱きついてきた。頭の中が真っ白なった。女性に抱きつかれた経験がない啓太にとっては刺激が強すぎた。逢の温もりが伝わってくる。
何の反応もない俺に違和感を感じたのか、彼女は俺を上目遣いで見上げてきた。
そして、その視線は俺の服装に移る。そして、直ぐ様、彼女の顔に笑顔が生まれた。
「そっか!! 戻ってきたんだ。戻ってこれたんだ。この世界に!」
彼女の言った言葉は俺には理解出来なかった。戻ってこれた? どこから? あの変な世界からか?
俺の表情を見てか、彼女の顔は直ぐに悲しみで歪む。
「啓太。あなた、もしかして記憶が……」
ホントに頭の中が混乱した。俺には確かに記憶がある。東京に生まれ、なに不自由なく過ごした記憶が。
しかし、頭の中に靄がかかって記憶が曖昧な部分があった。ここ一年の記憶が曖昧なのだ。この状況から、恐らく俺の記憶がすっぽり消えているのだろう。
だけど信じられない。俺があんな世界にいたことも。
これがもし、俺ではなく、他の誰かだったら、多分発狂して、頭がおかしくなっていただろう。だが、俺は至って冷静だった。
それは、まるでどこかで相当な数の修羅場を潜り抜けてきたかの様に。
――叫べ! この名を!! 望め、力を!!
突然、何者かが俺の脳に直接囁きかけてきた。俺はこの声に聞き覚えがあった。
だが、思い出せない。思いだそうとしても、そこに靄が掛かっていて、その記憶にたどり着けなかった。
「……いた。啓太?」
逢の声で俺は現実に引き戻された。そこには不安そうな顔をした逢がいた。この子のこんな顔は見たくなかった。
夢で見たあの笑顔でずっといてほしい。俺は彼女に一つの嘘をつくことにした。それは……、
「大丈夫だよ。逢。ちゃんと覚えてる」
「本当? 本当に!!」
逢の顔、声が明るいものに変わった。その笑顔を見て、俺は安堵する。どうやら信じてくれた様だ。
俺が彼女についた嘘。それは記憶が無いことを隠すこと。これは彼女の為についた嘘ではない。
俺が彼女を、逢を不安にさせたくなかったからだ。自分勝手過ぎるのは解っている。しかし、これ以外に選択肢はなかった。
「本当だよ。それにしてもビックリだよな。まさか戻ってこれるなんて」
「本当だよね。でも……、私は完全に帰ってこれた訳じゃないみたい……」
「それはどういうことだ?」
俺は逢に訊いた。逢は視線を自分の手に向けた。俺もつられて視線を移す。そこにあったのは昨日の玉だった。
俺はその玉に触れようとした。しかし、それは逢の手によって拒まれた。
「ダメよ。触っちゃ。何が起こるか解らないわ」
逢は続けて俺に説明した。
「この玉の効果は、
触れた者を一度だけ元の世界に戻し、その玉から手を離すか、玉が壊れてしまった場合、直ぐ様、夢想に戻される。
だから、私は完全に帰ってこれたって訳じゃないってこと。解った?」
俺は言葉が出なかった。俺が何か言っても状況は悪くなりはするが、好転はしないだろう。
しかし、逢の話を聞いて疑問点が幾つか浮上した。
一つ目は俺がここに居ることについてだ。あの玉は一人限定の筈だ。
そして、仮に俺があの玉の効果で戻ってきたのだとしたら、何故、俺は玉に触れていないのに、夢で見た世界、『夢想』に戻らないのか。
これが第二の疑問だ。そして、第三の疑問はもっと根本的なところにあった。
それは、あの玉がさっき、あの世界にいるときと違うのだ。正確に言うと、あのときの綺麗さは褪せ、溝の様に濁っていた。
疑問点を並べてみたものの、さっぱりわからなかった。情報が少なすぎるのだ。
俺は考えるのを止めた。今できるのはこの玉が壊れないでいてほしい、と願うこと。ただそれだけだ。
しかし、神は本当にいるのだろうか。いるとしたら残酷過ぎる。
その時は突然訪れた。部屋中に玉子の殻が割れたような、澄んだ音が響き渡った。それくらいの大きい音だった。
俺は直ぐに玉に視線を移した。するとそこにはひび割れた玉があった。そのひびの間から、昨日見た、眩い光が放たれる。
そして、それを持っている逢の手は……震えていた。
表情は堅く、悲しみを隠す為か、見ていられないような作り笑いを浮かべていた。少しでも触れたら壊れてしまいそうな、そんな笑顔。
「そろそろ時間みたいね。楽しかったよ。君が住んでいた家に来れたことだしね!」
光に包まれる逢は少しづつ消えていく。
俺は必死に考えた。逢と一緒にいる方法を。
それは、おそらく記憶を失う前の俺の望みだろう。その望みだけは叶えたい。俺はそう強く望んだ。
その時、脳裏にあるワードが浮かんだ。これが何を意味するかはわからない。そして、何が起こるかも。
でも、やらないよりはマシだろう。俺は、後数秒したら割れてしまいそうな姿の玉に向けて叫んだ。
逢は俺が何を言おうとしたのかを感じ取ったらしく、俺を必死に止めようとしていたが、俺は無視した。
「『Death or Dead 』!」
叫んだ瞬間、突如、あの玉から放たれていた光が俺も一緒に包み込んでいく。そして、俺は意識を刈り取られた。
「バカ……」
意識を失う直前、誰かにそういわれたような気がした。しかし、その声は言葉とは裏腹に温かさを帯びていた。
目映い光が徐々に弱まり、俺の視界には荒れ果てた荒野が映る。
そして俺の頭に響く声。
ようこそ、夢のファンタジー世界・『夢想』へ