第2話 すべては揺れている
完全な静止は存在しない。
物質も、感情も、思考も。
揺れは、どこへ向かうのか。
世界は鏡らしい。
なら、鏡に映る“揺れ”は何だろう。
朝の教室は、やけにざわついていた。
「昨日の転校生、やばくない?」
「偶然で二回当てる?」
「なんか怖いよね」
俺の机の周囲だけ、空気が微妙に歪んでいる気がする。
「気にしてる?」
隣に座ったレスポンサが小声で言った。
「ちょっとな」
「揺れてる」
「何が?」
「空気」
彼女は天井を見上げる。
「万物は振動してる。止まってるものなんてない」
「いきなり物理か?」
「物理でもあるし、精神でもある」
そのとき。
教室の後ろで椅子が倒れた。
「うるせぇな!」
昨日の不良だ。
三白眼がこちらを睨む。
周囲の空気が、ぴり、と震える。
「わかる?」
レスポンサが囁く。
「何が」
「怒りの振動」
振動。
俺は耳を澄ませた。
音ではない。
でも、何かが波のように広がっている。
怒りが、教室を伝播する。
隣の生徒が眉をひそめる。
前の席が小さく舌打ちする。
連鎖している。
「怒りって、うつるのか」
「うつる。振動だから・・・共振ともいう」
不良がこちらに歩いてくる。
「調子乗ってんじゃねぇぞ」
声が低い。
でも、低いだけじゃない。
重い。
空気が沈む。
「振動数を上げて」
レスポンサが言う。
「どうやって」
「笑ってみて」
「は?」
「いいから」
意味はわからない。
でも俺は、口角を少しだけ上げた。
――その瞬間。
空気が、変わった。
軽くなる。
さっきまでの重さが、ほんの少し薄れる。
「何ニヤついてんだ!」
不良の怒りが一瞬乱れる。
波が、ぶつかる。
「振動は、同じ高さで共鳴する」
レスポンサの声が落ち着いている。
「低ければ低いものが集まる。高ければ、高いものが集まる」
俺は深呼吸した。
胸の奥が静かになる。
すると。
不良の拳が振り上げられる前に、動きが鈍った。
「……なんか、ムカつかねぇ」
不良が首を傾げる。
「は?」
「さっきほど、ムカつかねぇ」
周囲のざわめきも弱まっている。
「今、揺れが変わった」
レスポンサが小さく笑う。
そのとき、教室のドアが勢いよく開いた。
「おっはよー!」
茶金髪の男子が飛び込んでくる。
やたら明るい。
そして、やたらうるさい。
「お前が転校生!? 昨日話題の!?」
「……そうらしい」
「俺ヴィブラティオ! 振動担当!」
「担当って何なんだ」
ヴィブラティオは不良の前に立つ。
「今、低いよ?」
「は?」
「ドロドロしてる」
彼は不良の胸を軽く指で叩いた。
――ドン。
空気が震えた。
音が波のように広がる。
教室のカーテンが揺れる。
「な、なんだ今の」
不良が後ずさる。
「ちょっと上げるね」
ヴィブラティオが笑う。
次の瞬間。
教室に、妙な一体感が生まれた。
誰かが笑う。
つられてもう一人笑う。
連鎖する。
不良は完全に調子を失った。
「……なんか、バカらしい」
頭を掻いて、席に戻っていく。
静かになる。
「今の、何した」
俺は聞いた。
「共鳴させただけ」
ヴィブラティオが肩をすくめる。
「怒りも振動。笑いも振動。高さが違うだけ」
「度合いの問題」
レスポンサが付け加える。
俺は窓の外を見る。
校庭。
風。
木々。
確かに、全部揺れている。
止まっているようで、止まっていない。
「完全な静止は存在しない」
ヴィブラティオが言う。
「物質も、エネルギーも、精神も」
「じゃあ、俺の記憶も?」
ふと口にしていた。
二人が一瞬、目を合わせる。
「それも、揺れてるのかもね」
レスポンサが静かに言った。
そのとき。
窓ガラスに、小さなヒビが入った。
誰も触れていない。
それを見たポラリスが言う:
「あなた、無意識で上げすぎてる」
俺の胸の奥が、わずかに震える。
遠く、屋上。
金髪の少女がこちらを見ていた。
「揺れは、上にも下にも動くの」
小さな声が風に混ざる。
世界は鏡で。
世界は揺れている。
なら。
この揺れを、上げることはできるのか?
(第3話へ続く)
ヴィブラティオ、うるさいですが悪いやつではありません。
次回、ツンデレ登場。
ブクマお待ちしています。




