09.
レオンとカイエンが隅っこでせっせと書類を捌いている、ある日の午後。
カランカラン、と軽やかな鈴の音と共に、以前よりもずっと足取りの軽い「常連」が姿を見せる。
「ミコトさん! こんにちは!」
フードを外し、透き通るような若草色のオーラを振りまきながら入ってきたのは、エルフの青年・ルニ。以前の青ざめた顔が嘘のように、今の彼は内側から発光しているような瑞々しさに満ちている。
「あら、ルニくん。顔色が良くなったわね。……その様子だと、何かいいことがあったのかしら?」
ミコトが微笑みながら尋ねると、ルニは頬を赤らめ、大事そうに抱えていた小さな花束をカウンターに置く。
「はい! あの後、ミコトさんに言われた通り、自分を磨くことから始めたんです。魔法で気を引こうとするんじゃなく、毎日彼女の仕事を手伝って、自分の言葉で想いを伝えて……。そうしたら昨日、彼女から『最近のあなた、とても素敵ね』って言ってもらえたんです!」
「あら、良かったじゃない。おめでとう」
「それで、来週の星祭り、彼女と一緒に回ることになりました! これ、そのお礼です。僕の里でしか咲かない、浄化の力がある花なんです」
ルニが嬉しそうに報告する傍らで、鑑定室の隅から「……ミコト」と、低く地を這うような声が響く。
見れば、レオンがペンを握りつぶさんばかりの勢いでルニを凝視している。その頭上では、せっかく落ち着いていたピンク色のオーラが、再び「どす黒い嫉妬の紫」を帯びて渦巻いていた。
「……星祭り、だと? 私はその日、夜通しの警備が入っているのだが。なぜその男があなたに花を贈り、祭りの報告をしているのだ」
「レオンさん、ルニくんは純粋にお礼に来てくれただけよ。……ルニくん、気にしないで。この人、最近ちょっと情緒が不安定なの」
「あ、あの……団長閣下、お久しぶりです」
ルニは、帝国最強の騎士が放つ「本物の威圧感」に身を縮めた。けれど、今の彼には自分を信じる強さがある。
「団長閣下、僕、ミコトさんに救われたんです。だから、僕が彼女と幸せになることが、ミコトさんへの一番の恩返しだと思ってます!」
真っ直ぐなルニの言葉に、レオンは毒気を抜かれたように毒々しいオーラを霧散させる。
「……。……ふん、精々その幼馴染を泣かせぬことだ」
レオンがぶっきらぼうに視線を書類に戻すと、ミコトはルニにそっとお守り代わりの「お清めハーブ」を渡す。
「良かったわね、ルニくん。恋を叶えるのは魔法じゃなくて、あなたのその誠実さよ。星祭り、楽しんできなさいな」
「はい! ありがとうございます!」
ルニが軽やかに店を出ていくと、店内には再び、ペンが紙を走る音と、レオンの深い溜息だけが残る。
「……ミコト。星祭り、警備の合間に少しだけなら時間が作れるかもしれない。……その、あなたの店に屋台の菓子でも持ってきても、迷惑ではないか?」
「ふふ、あなたって本当に……。いいわよ、待ってるから。ただし、最高級の塩じゃなくて、たまには普通の綿菓子でも買ってきてちょうだいね」
ミコトの言葉に、レオンのオーラは瞬く間に「直視できないほどのハッピーピンク」に染まり、彼は猛烈な勢いで残りの書類を片付け始めた。




