15.
「ねえ、レオンさん。あなた、今日も朝からうちにいるけれど……騎士団の方は本当に大丈夫なの? いくら副団長のカイエンさんが優秀でも、そろそろクビを言い渡されるんじゃないかしら」
ミコトが呆れ顔で尋ねると、レオンは羽ペンを止めることなく、淡々と答えた。
「問題ない。むしろ、私が団本部に座っている時よりも、今の方が騎士団の運営は円滑だ」
「……どういう意味?」
ミコトが首を傾げると、横で一緒に書類を整理していたカイエンが、涙目で食い気味に説明を補足した。
「ミコトさん、聞いてくださいよ! 団長が本部にいると、その凄まじい威圧感のせいで部下たちが蛇に睨まれた蛙みたいに固まって、報告一つまともにできないんです! でも、ここで姉御のお清めを受けて、憑き物が落ちたような穏やかな顔で爆速で書類を捌いている今の方が、決済が回るのが三倍は早いんですよ!」
「三倍……」
「さらに、団長がここに居座るようになってから、王都のこの区画の治安が異常に良くなったんです。最強の騎士団長の『圧』が街の隅々まで漏れ出しているせいで、悪党たちが震え上がって、この界隈には近づくことさえしませんからね」
レオンは無表情のまま、山のような書類に次々とサインをしていく。
実は、彼がここで捌いているのは、帝国全土から上がってくる「魔法では解決不可能な怪事件」や「軍事機密」の数々だ。彼はミコトの側で精神を安定させることで、本来の「超人的な処理能力」をフル回転させていた。
「それに……」
レオンがふと顔を上げ、ミコトをじっと見つめる。
「皇帝陛下からも、『お前がその占い師の側にいて大人しくしているなら、国費で塩を買い占めても構わん』という密勅をいただいている。私が暴走して国を滅ぼすよりは、路地裏で書類仕事をしている方が、帝国にとっては安上がりだということだろう」
「……陛下にまでそんな心配されてるの?」
ミコトは天を仰いだ。
つまりレオンは、サボっているのではなく、「ミコトの側で精神を浄化されながら、遠隔で帝国を動かしている」という、極めて高度(?)な公務の形を取っていたのだ。
「……というわけで、ミコトさん。団長をクビにするなんて、帝国が滅びるのと同義なんです。だから、これからも団長をここに置いておいてください。お願いします、この通りです!」
カイエンが床に頭を擦り付けんばかりに土下座する。
「はいはい、わかったわよ。……レオンさん、あなたも。そんなに陛下を心配させてるなら、たまには自分から顔を見せに行きなさいな」
「……。……あなたが一緒についてきてくれるなら、考えてもいい」
「行きません。私はここで、次のお客さんを待ってるんですから」
ミコトが即座に断ると、レオンのオーラは一瞬で「しょんぼりしたグレーがかったピンク」に。最強の騎士団長のクビが飛ばない理由は、どうやらこの「ミコトへの依存度」を帝国が管理下に置いているから、という側面もあるようだった。




