13.
バルト男爵が、相変わらずの派手な馬車を店の前に乗り捨て、勢いよく飛び込んできたのは、星祭りの余韻も冷めやらぬ数日後のこと。
「ミコト殿! 大変だ、またしても不可解なことが起きているのだ!」
鑑定室の隅では、定位置となった簡易椅子に座るレオンが、不機嫌そうに書類から顔を上げた。その頭上には「私のミコトとの時間を邪魔するな」と言わんばかりの、トゲトゲした紫混じりのオーラが浮かんでいる。
「あら、バルト様。こんにちは。……今度は何? また足音が聞こえるのかしら」
ミコトはルルに新しいお茶を淹れるよう合図しながら、男爵を椅子に促した。
「いや、足音は止まったのだ! あの飴玉のおかげで、孤児院の子供たちの霊とはすっかり仲良くなってな。今では私の金庫番をしてくれている。……問題は、私の『口』なのだ!」
「口?」
「そうなのだ! 大事な商談や夜会で、思ってもいないことが勝手に口から飛び出すのだ…。昨日も、取引相手の太った侯爵に向かって『その腹は、中身のない空っぽの貯金箱のようですね』と、面と向かって言ってしまった! 私はそんな無礼なことを言うつもりは毛頭なかったのに!」
男爵は顔を真っ赤にして、必死に自分の口を押さえている。ミコトは彼の顔をじっと覗き込み、思わず吹き出しそうになった。
「バルト様、あなた。……背後に視えるわよ。子供たちが、あなたの喉元をくすぐって遊んでいるわね」
「な、なんだと!?」
「彼ら、あなたが大好きになっちゃったみたいね。だから、あなたが本心で思っているけれど、我慢して隠している『本音』を、代わりに喋らせてあげているのよ。……あなた、あの侯爵のこと、本当はそう思っていたんでしょう?」
「そ、それは……確かに、強欲な男だとは思っていたが……」
男爵が口ごもると、彼の喉のあたりから、子供たちのクスクスという笑い声が幻聴のように響く。
「……ミコト。やはり、その子供たちも一度『物理的』に清めるべきか?」
レオンが立ち上がり、剣の柄に手をかける。最強の騎士の威圧感に、男爵はヒッと身を縮めた。
「レオンさん、座って。子供相手にムキにならないの。……いいですか、バルト様。これは呪いじゃなくて、過剰な懐かれ状態です。あなたが彼らを受け入れすぎたせいで、心の壁が薄くなっているのね」
ミコトは、今度は飴玉ではなく、真っ白な「手拭い」を男爵に手渡した。
「これを、毎朝首に巻きなさい。私が少しだけ『結界』を張っておいたわ。これを巻いている間は、勝手に本音が漏れることはありません。……でもね、バルト様。たまには本音を言うのも、精神衛生上はいいことですよ?」
「……。わかった、ミコト殿。……いや、正直に言おう。あの腹の立つ侯爵に一言言ってやった時は、正直、最高にスカッとしたのだ!」
男爵が晴れやかな顔で笑うと、背後の子供たちの霊も満足げに跳ね回った。
「はい、鑑定料。……あ、お代は前回と同じ、季節の果物でいいわよ。とっても美味しかったわ!」
「承知した! すぐに手配しよう!」
嵐のように去っていく男爵を見送って、ミコトはレオンに視線を戻した。
「レオンさん、あなたもそんなに怖い顔をしないの。本音が漏れるのが怖いなら、あなたもその手拭い、使いましょうか?」
「……いらん。私は、自分の本音を隠すつもりはない」
そう言ってミコトを見つめるレオンのオーラは、一点の曇りもない、深い深い愛のピンク色。
ミコトは顔を赤くして、慌ててお茶を啜った。
「……あなたこそ、少しは言葉を選びなさいな」
占いの館は、今日も騒がしく、そして少しだけ甘い空気に包まれていた。




