12.
王都が色とりどりの魔導灯で彩られる星祭りの夜。
ミコトはレオンに贈られた、夜空を映したような深い紺色のドレスを纏い、人混みを避けて路地裏の店を閉めていた。
「……さて、セシル様。来ているんでしょう?」
ミコトが静かに呼びかけると、街灯の届かない暗がりに、ボロボロの法衣を纏った人影が浮かび上がる。かつての端正な面影は消え、顔中に広がった黒いアザと、執念で血走った瞳。セシルだ。
「……ミコト……貴様のせいで、私はすべてを失った……! 神殿の地位も、名声も! 今日、この街に眠る古の『負の魔素』を解放し、すべてを無に帰してやる!」
セシルが掲げた古びた巻物から、ドロドロとした紫色の霧が噴き出す。それは王都の地下に溜まった数百年分の怨念を無理やり引きずり出す、禁忌の召喚魔法だった。
「やめなさい。そんなものを扱える器じゃないでしょう、あなた」
「うるさい! 死ね、偽聖女――!」
巨大な怨霊の塊が鎌を振り上げ、ミコトに襲いかかる。
だが、その鎌がミコトに届く前に、銀光が闇を切り裂いた。
「――ミコトに、穢れた刃を向けるな」
凄まじい風圧と共に、レオンがミコトを背後に庇って着地する。公務の合間のはずだが、その剣筋には一切の迷いがない。レオンの一撃が怨霊の核を正確に捉え、実体を霧散させる。
「レオン卿……! なぜ邪魔をする! その女は魔女だぞ!」
「いいえ、セシル様。魔女はあなたの心の中にいるわ」
ミコトはレオンの背後から一歩踏み出し、懐から特製の「白銀塩の結晶」を取り出した。
「レオンさん、道を開けて。……星祭りの夜に、こんな湿っぽいのは似合わないわ。あなたのその真っ黒な執着、私がすべてお清めしてあげる!」
ミコトが結晶を空中に放り投げ、九字を切る。
結晶が星のように弾け、セシルが呼び出した紫の霧を次々と浄化の光に変えていく。
「ぎゃあああああ!? 光が、光が私を焼く……!」
「焼いているんじゃないわ。あなたが溜め込んだ嘘が剥がれているだけよ」
光が収まった時、そこには魔力を完全に失い、ただの抜け殻のようにへたり込んだセシルの姿があった。駆けつけたカイエンたち騎士団の手によって、彼は音もなく連行されていく。
静寂が戻った路地裏で、レオンが静かに剣を納めた。
「……終わったな、ミコト」
「ええ。お疲れ様、レオンさん。……それで、公務の方は大丈夫なの?」
「ああ。カイエンにすべて押し付けてきた。……さあ、行こう。あなたに見せたい場所がある」
レオンはミコトの手を優しく取ると、人混みを避け、王都を一望できる時計塔の頂上へと連れ出した。
そこは、街中の喧騒が遠くの波音のように聞こえる、静かな「とっておきの場所」だった。
「わあ……綺麗ね」
夜空には満天の星。そして眼下には、平和を取り戻した王都の灯りが海のように広がっている。
「ミコト。……私が自分を信じ、騎士団長という立場さえも賭けて守りたいと思ったのは、この景色ではない。この景色を一緒に隣で見たいと思う、あなた自身だ」
レオンの頭上のオーラは、これまでで最も澄んだ、穏やかな桃色に輝いている。
ミコトは少し照れくさそうに笑い、彼の肩に頭を預けた。
「……あなたって、本当に真っ直ぐね。でも、その真っ直ぐさに、私も少しだけ絆されてしまったかしら」
「……少しだけか?」
「ええ。だから、明日からもちゃんとお店に来なさい。……冷えちゃったみたいだから、またお清め(マッサージ)してあげる」
二人の笑い声が、星降る夜に溶けていく。
「お払い箱の聖女」の新しい人生は、最強の騎士という贅沢な隣人を得て、最高に輝かしいものへと変わっていた。




