01.
「貴様のような魔力を持たぬ者が、聖女を名乗るなど帝国の恥だ。失せろ、二度とその面を見せるな!」
豪華絢爛な大聖堂の床に叩きつけられ、ミコト——凛子は、鼻先に突きつけられた追放宣告を冷めた目で眺めていた。 周囲には、きらびやかな法衣を纏った神官たちが、汚物を見るような目で彼女を嘲笑っている。
「いや、聖女なんて名乗った覚え一度もないんだけど。__
「……あーあ。結局、自分の寿命は視えないって本当だったのね」
都内の古びたマンションの一室。 二十七歳の佐藤凛子は、冷たくなったコンビニ弁当を前に、静かに息を引き取った。 死因は過労、および霊的エネルギーの過剰摂取。 彼女の元には、連日、政治家から芸能人、果ては浮気調査まで、ドロドロとした執念を抱えた人間が押し寄せていた。
「凛子先生、助けてください」「先生、あいつを呪い殺す方法は?」
そんな声に、彼女はいつもサバサバと答えてきた。 「呪いなんてコスパ悪いからやめなさい。それよりこの盛り塩して寝なさい」と。 人の業を掃除し続け、自分の魂を磨く時間を忘れた結果がこれだ。
意識が遠のく中、凛子は思った。
(……来世があるなら、もう誰も視たくない。静かに、お日様の下で昼寝して暮らしたいわ……)
__気づけば、目の前には真っ白な空間と、光り輝く「神様らしきジジイ」が立っていた。
「佐藤凛子よ。お主の徳は天に届いた。その力を使い、危機に瀕した異世界『レムリア』を救ってほしい」
凛子は即答した。
「嫌よ。定年退職って言葉、知ってる? 私、もう働かないから」
「そう言うな。お主には『聖女』としての適性がある。向こうへ行けば、国中の人間に敬われ、贅沢三昧の暮らしが待っておるぞ」
「……贅沢? 昼寝し放題?」
「もちろんだ。魔法という便利な力もある」
その甘い言葉に、凛子はつい「じゃあ、まあ……」と頷いてしまった。 それが、すべての間違いだった。
◇◇◇
「おお! ついに現れたか、救世の聖女よ!」
凄まじい光と共に、ミコトが目を開けると、そこは重厚な石造りの大聖堂だった。 周囲には、跪く大司教や騎士たち。ここまでは神様の言った通りだ。 だが、ミコトの第一声は、感動の再会とは程遠いものだった。
「……ちょっと、そこ。大司教だか何だか知らないけど、あんたの足元。水子の霊が三体、裾を引っ張ってるわよ。若い頃に相当遊んだわね?」
「なっ……ななな、何を無礼な!」
大司教の顔が、一瞬で真っ赤から真っ青に変わる。 周囲の神官たちがざわつく中、すぐに「魔力測定」の儀式が行われた。 巨大な魔晶石にミコトが手をかざす。
……シーン。
石は、一向に光る気配を見せない。
「……魔力、ゼロ? 嘘だろ、聖女召喚の儀式で、魔力を持たない平民が来るはずが……」
「いや、魔力はないかもしれないけど、私には視えてるわよ。この聖堂の柱、一本一本に『建設時に無理をさせられた工夫たちの怨念』が染み付いてて、今にも崩れそう……」
「黙れ! この偽聖女め!」
大司教は、自分の不祥事を言い当てられた恐怖を隠すように叫んだ。
「魔力を持たぬ者は、この国では人にあらず! 召喚は失敗だ! こんな不吉な女、即刻追放せよ!」
異世界の洗礼
衛兵たちに両脇を抱えられ、裏門から放り出されるミコト。 石畳に膝をついた彼女の前に、一足の高級そうなブーツが止まった。 見上げると、そこには召喚の儀式に立ち会っていた、一人の若い騎士がいた。
「……可哀想に。魔力がないばかりに」
彼は同情の目を向けながらも、ミコトの首にかけられていた「聖女の証」のペンダントを、無慈悲に引きちぎった。
「これは国宝だ。無能な君には相応しくない。……せいぜい、野垂れ死なないようにな」
ミコトは、去りゆく彼の背中を見送る……ことはしなかった。 彼の背後に、「今にも彼を奈落に引きずり込もうとしている、巨大な黒い影」が視えていたからだ。
「……野垂れ死ぬのはどっちかしらね」
ミコトは立ち上がり、パンパンと服の汚れを払った。 神様には騙された。静かな隠居生活なんて嘘っぱちだ。 魔法という便利な力も、自分には与えられなかった。
この国では、魔力量がすべてらしい。魔力で火を灯し、魔力で病を癒やす。 そんな世界で「魔力ゼロ」のミコトは、価値のない石ころ以下。彼女がいくら「この神殿、地下の墓地の霊が浮いてきてて不衛生ですよ」と親切にアドバイスしても、返ってくるのは「不吉な妄言」という罵倒だけだった。
結局、着の身着のままで王都の路地裏へ放り出されたミコト。
手元にあるのは、召喚時に持っていたカバンの中身——財布、スマホ(文チン状態)、コンビニの塩、線香、そして愛用の水晶玉。
「……さて。泣き寝入りして垂れ死ぬほど、前世で修羅場くぐってないのよね」
ミコトはボロボロになった聖女のローブを脱ぎ捨て、袖をまくり上げた。
「魔法だか魔力だか知らないけど、占い師を舐めないことね」
ミコトは、不敵に口角を上げた。
「世界を救う? 冗談じゃない。私は私のために、この『呪われまくった世界』で、最高に快適な商売を始めてやるわ」
こうして、異世界初の「占いの館」のコンセプトが、彼女の脳内で完成したのである。




