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クリスマスイブに最初の一歩(の反対側)

作者: 右田川 叶

「あれ、デートですよね?」

小坂が言う、あれ、とは「本当にすみません! お先に失礼します!」と、がばりと頭を下げて帰って行った三上のことだ。


同じ経理課の同僚。三人の中では俺が一番年が上、次に小坂、その一つ下が三上というラインナップだ。

小坂と三上は仲がいい。シンプルな服装の三上と気合の入った服装の小坂が仲がいいっていうのはちょっとおもしろい。


返事をしないでいると、小坂はさらにたたみ込むように続けてくる。

「ミカりん、最近、変だと思ってたんだ~。恋しちゃってたのか~。ふーん」

「……クリスマスデートだからって、わざわざ半休はとらないだろ。小坂だってとらないじゃないか」

小坂は社外に彼氏がいると公言しているのだ。

「うちはあ、もう付き合って長いですもん」

「半休とって何すんだよ」

「セルフエステして、マニキュア塗り直して、着ていく服を再考して、美容院でセットしてもらってメイクも」

「わかった、もういいわ」

小坂を遮って机に向かった。


机にあるのは、今帰った三上が残していった証憑。

振り込み金額間違いで先方からさっき連絡がきた奴だ。たった1円だけど用意する書類は通常のものより多くなった。

それを揃えて、後は入力して上司に回すだけってところで三上に声をかけた。

「お前、今日早退だろ? 帰っていいぞ、やっとくから」

時計を見ながらひどく焦った顔をしてたから。


小さく息を吐くと書類に目を通す。

今回の支払いの書類に最初に支払ったときの書類のコピーがついている。簡単に事情も書いてあり、不足はない。

そうだよな、三上の作る書類はいつもこんな感じだ。過不足なく丁寧。入力も同じ。

1円間違いなんて、いつもの三上ならしない。

小坂じゃないが、付き合い始めで浮かれてた、とかじゃなければ。


まあ。

まあ、あれだよな、早く何とかしなかった俺が悪いんだろう。

でもな、難しいんだよ、社内恋愛って。

うまくいけばいいけど、うまくいかなかったときは特にそうだ。片方が辞めたり、本人たちも周りも長いこと気まずい思いをしたりする。

例えば、営業部長の奥さんは総務部長の元力ノだってことを30年たってもみんな知ってるみたいな。

一度はうまくいったとしても、資材の長沢と人事の中野みたいに離婚するとか。

三上は同じ課だし、うまくいかなかったときのことも考えると余計慎重になってしまった。

その結果、他の男と付き合いだしてしまったっていう。

そして俺はその男とのデートのために仕事を引き受けている。

馬鹿みたいだ。

全部、自分のせいなんだけどな。


1円追加伝票の処理をして、自分の仕事を終えると19時近かった。

クリスマスイブのせいか、今日は残業している奴は少ない。小坂も「ちょっといいワインバー予約してるんですー」と言って、定時に帰って行った。


コートを着込んで、マフラーを手に取る。早く新しいのを買わないとな。

昨年まで使っていたのはボロくなったので捨てた。

今年はまだ買ってなくて、着けないですませてたら、母親がしゃしゃり出てきた。

「あんた、マフラーは? えっ、ないの? 捨てた? そういえば古くなってたもんねえ。何年くらい使ってたんだっけ、5年くらい? それくらいよね? それじゃ仕方ないわよねえ。じゃ、編んだげるわよ、え、いいって? だって、あんた、面倒がってなかなか買いに行かないでしょう? 大丈夫、ぱぱっと一日で編んだげるから。お父さんのセーター編んだ残りの毛糸があるし。……あら、足りないかしらね。私のカーディガンの残りと」

嫌な予感がしたが、案の定、出来上がってきたのは、濃いめのグレーに山吹色の横線が入った妙な色味のものだった。

「あんたの首なんて誰も見てないわよ」

と押しつけられ、やむなく使っている。


早く新しいのを買いに行かないと、これを使い続けるハメになる。

わかっていても今日買いに行く気はしない。クリスマスイブに自分のマフラーを買いに行くなんて、というしょうもない見栄だ。明日もクリスマスだから駄目、そういえばもうすぐバーゲンだ。

そう考えながらも、バーゲンの混雑の中で買い物をするのを億劫がる自分を知っていた。

そして、クリスマスイブに一人で真っ直ぐ家に帰るのが嫌で、かと言って行く場所もなくて結局いつもの駅前の立ち飲みに寄ってしまうのも。

こんな感じでー生を終えていいのか、俺。

人生のやり直しができるなら。

まずは、三上が誰かと付き合う前に、何なら入社後すぐに声をかけてどっかに誘うとかして。

いや、具体的にどうするかは思いつかないけど。


クリスマスイブのせいか、いつもより人の少ない店で2杯目の久保田に口をつけ、手慰みに携帯を弄ろうとしてLimeが入っているのに気づく。

母親からだった。

クリスマスイブに来るLimeが母親からっていうのが我ながら終わってる。

「お父さんがケーキ忘れてきちゃったから帰りにとってきて」

相変わらず情報が足りない文章だ。店の名と支払いは済んでいるのか問い返すと「いつも買ってるとこよ。予約のときにお金は払ってあるから。8時までだから急いで」という返事に店の名と最寄り駅が付け足されていた。後は自分で調べろってことか。

いつもどこの店で買ってるかなんて知るわけない。母親がここ数年気に入っている店だってことくらいしか覚えていない。

っつか、この駅、逆方向じゃないか。

自宅の最寄り駅を越えて3駅。今から行くと閉店時間に間に合うかどうか。

グラスの残りを急いで飲み干した。


最寄りの駅に着いたとき、残り時間は10分を切っていた。

駅前の広場にはピカピカ光る大きなクリスマスツリー。その横を足早に通り過ぎると商店街の中にあるケーキ屋が見えてきた。

あと5分。

「すみません、予約してたケーキ」

売り子のお姉さんに声をかける。

「あれ、三上?」

売り子のお姉さんがなぜか三上であることにうろたえ、視線をさまよわせると三上の手前の台に置いてあるケーキがあと一つなことに気づく。つまり、うちの引き取りが遅れたから、こんな寒いところにずっと立たせてたってことで。

「これ、石井さんのだったんですね」

うわ、すまん。

口に出して謝ろうとしたところで、手際よくケーキを渡された。

「うん、駅前のいつもの立ち飲みで飲んでたら、母親からLimeが入っててさ、親父が受け取るのを忘れて帰ってきちゃったって。親父の会社と違って俺、逆方向だっての。気づいたのがぎりぎりでさ。悪かったな、閉店前で」

言い訳。寒いところで待たせて本当にごめん。

って、何かデートの待ち合わせみたいだ。

いいよな、それくらいの妄想したって。だってクリスマスイブに会えたんだから。

……ん?

あれ、こいつ、デートで早退したんじゃ?

「石井さんは今日はデートじゃなかったんですか? そのマフラーの人と」

いや、それは俺の台詞だろ。

「うるせえ、母親が作ったんだよ。悪かったな、彼女いなくて。お前こそ、早退したから絶対デートだって小坂が言ってたぞ」

「デートじゃないです。見ればわかりますよね?」

!!

デートじゃない。デートじゃないってよ、小坂、ハズレじゃん!

いや、だからって付き合ってる奴がいないと確定したわけでもない。

でも、これはチャンスじゃないか? ほら、あれだ、人生やり直せるなら。

「……ボーナス、少なかったもんな。副業届、ちゃんと出したか? 金ないんなら、今度昼飯奢ってやるから」

ちゃかしつつ、誘ってみる。

「違います! 妹がデートで、その代理です! お姉ちゃんはクリスマスイブ暇でしょうって。副業届はちゃんと出しました!」

「そっか」

昼飯のお誘いは華麗にスルーされたが、付き合ってる奴はいないと確定してよさそうだ。

後はどうやったらスルーされずに、セクハラにならずに誘えるかだが。

「でも、ランチは奢ってくれてもいいですよ? というか、私が奢ります。今日は振り込みミスの修正ありがとうございました。バイト代も入るし、明日のお昼はどうですか?」

あー。

ぎりぎりスルー回避はありがたいが、三上、お前、さすがに俺も後輩に奢ってもらうのはな。しかもこれから口説くつもりなのに。

「いや、それくらい別にいいけど、じゃ、とりあえず明日の昼な」

絶対、俺が払う。

「石井さん、酔ってるからって忘れないでくださいね」

「忘れないって! 気をつけて帰れよ」

「はい!」


これは、あれだ、三上から誘ってきたんだからセクハラじゃないからな。

とりあえず、これくらいの誘いは三上的にセクハラに入らないってことで、今後も何かしら理由をつけて昼なり夜なり飯に誘って、三上の好きなものとか行きたいところを聞き出して、それを次の誘いへの足掛かりに。

来年のクリスマスは一緒にいられるように。

そんなことを考えながら、ピカピカ光るクリスマスツリーの横を通り過ぎる。


早く明日が来ないかな。


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