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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
継いだ命

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第9話 狼と少女

 この村は変わっている。

 いや、変わってるなんて生易しいものじゃない。

 異常だ。

 まだ幼い子どもを崖から平気で突き落ちすし、獣道をひたすらに走らせる。

 剣を握らせて一方的に打ちのめすなんてことも日常茶飯事だ。

 暴力は疎まれるどころか、喧嘩が推奨される始末。

 ───死ななきゃええやろ。

 そんな軽い風潮すら感じてしまうほどの血生臭ささが村を覆っている。

 人口を増やす事より、個の強さを維持することに重きを置いたこの村は、平気で口減らしのための子殺しすらもやってしまう。

 日本で生まれ育った現代人としての倫理観が根本から壊されるような感覚に、最近頭の中がふわふわとした妙な錯覚に襲われることが時々あった。

 口から魂が抜けそうだ。

 どうかこのまま、僕を元の世界に返してくれないだろうか。


「リオン。今日も頑張ったね。食事にしましょう」


 母が僕を抱き上げる。

 いつもの如く父にめっためたにされて、自力で立ち上がるだけの体力がない僕にとって救いの手だ。

 毎日恒例となった、飴と鞭。

 抜けそうになる魂を急いで体の中に引き戻し、母の胸に顔を埋めた。

 この人がいる限り、前世に戻りたいなんて思うのは罰当たりかもしれない、

 せめて、親孝行はせねば。

 父親には?……しらん。

 あの日のまさかの謝罪の日から、剣の稽古は遂に攻撃方法の段階へと進められた。

 上段から学び、袈裟、逆袈裟、中段、下段と一通りの型を徹底式に刷り込まれた。

 意外とレッスンの内容は言語化されていて、拙い点や間違った点を言葉で教えてくれた。

 変な癖がついたらいけないからと、この人生で初めて父と長く言葉を交わしたかも知れない。

 圧倒的な体格差を前に、僕の全力の打ち込みは、父に対してなんの痛痒も与えない。

 当然ではあるが、少し悔しい。

 しかし、今の僕に悔しさを噛みしめるだけの暇はない。

 父は言葉で僕の動きを矯正するが、間違いの指摘は言葉ではなく、鞭だ。

 打ち込みが甘い。型が甘い。判断が遅い。

 父はそれを手に持った木剣で僕に教えた。

 踏み込みが浅ければ「臆病」と叩き伏せられ、教えられた動きをなぞれなければ「怠惰」と突き飛ばされ、それらが上手くいった手応えに喜んで手を緩めれば「阿呆」と殴りつけられる。

 そんな厳しい稽古は父がいる日は欠かせず毎日行われた。

 父の無茶苦茶なスパルタっぷりには慣れたが、嫌悪感が募らない訳ではない。

 あのクソ親父を虐待うんぬんで村中に訴えてやりたいが、非常に残念なことに、この教育は僕だけでなく村全体の子どもたちに行われているらしい。

 ポランくんの体にも時々酷い痣が見えるし、添え木で腕を固定している子も珍しくない。

 マジでどこのスパルタンだよ。


 そんな僕にも最近、大きな楽しみができた。

 それは村の少し外れた位置にある厩舎だ。

 しかし、ここで飼われているのは馬や牛ではない。

 立派な体躯の狼だ。


「おおっ。シロ!ラブ!ソックス!元気にしテタかぁ!」


 僕は勝手に名前を付けた三匹の狼の体のモフモフ体毛へと思いっきりダイブする。


「ハッハッハッ」


 ゴロンと寝転がる三匹の狼が立ち上がり、僕を囲う。

 顔を舐めまわされてベタベタになるが、いつものことだ。


「お前タちが僕にトっての癒しダよ~」


 僕の体よりも圧倒的に大きいこの白い狼の種族名はハウル。

 この冬の大地に古くから住み着き、この村の住民と長い共生関係にあるようだ。

 大人たちはこの狼たちを決して家畜やペットのようには扱わない。

 大人たちは皆口を揃えて言う。「彼らは友人だ」と。


 午前に午後に、と厳しい訓練が続く中、少ない休憩の時間を見つけては、こうしてここに遊びに来ては日々の疲れを癒している。

 ただ遊びに出るだけなら父も僕を強制的に家に連れ戻しにかかるだろうが、ハウルたちと友好を築くなら、とお目溢しを貰っている。

 僕は全身真っ白のハウルのお腹に顔を埋めて大きく深呼吸をキメる。


「うーん。この獣臭さがタまらぁ~ん」


 前世から無類の動物好きである僕にとって、この環境は地獄の中にある唯一のオアシス。

 彼らがいなければ今頃僕は父に反旗を翻していただろう。

 そうしてぼこぼこにされて、また厳しい訓練に放り込まれるのだ。

 ……うん。なにも変わらない。


 そんな僕の悲壮感を嗅ぎ取ったのか、ラブとソックスの二匹が僕を囲い、そのふわふわな体毛に僕を包んでくれる。

 そんな羽毛布団のような心地よさの中、ラブが僕の服を口でめくって、痣になっているところを舐め始めた。


「くすぐっタいよ」


 こしょばゆさに思わず笑うと、シロとソックスも僕の体を舐めだした。

 彼らなりのいつもの気遣いだ。

 心配して傷を癒そうと舐めてくれているのだ。

 事実、ハウルたちに舐められ始めた以前と以後では傷の治りの早さが違う様に僕は感じていた。

 プラシーボ効果かもしれないが、そうだとしても、僕がそれだけ彼らに精神的に助けられていることの裏返しである事に違いはない。


 全身を舐められて笑い転げる中、ハウルたちの柔らかなその体と、暖かい彼らの体と気遣いに、次第に瞼が重くなってくるのを感じる。


「お日様もポカポカダし、良いお昼寝びよ……り……」


 この寝るに最適な現状と、訓練の疲れも相まって、僕はまどろみの中へと誘われた。



「うぅん。あれ、ねテタ?」


 どうやら僕はいつの間にか眠っていたらしい。

 まだ少し重たい瞼をゆっくりと開いた。


 「……」


 「……」


 目の前に女の子の顔があった。

 それもとびっきりの美少女のもの。


 「やぁ」


 なにも言わない女の子に僕は少し気まずくなって、不器用に言葉を掛けてみた。

 するとその女の子はささっと厩舎の建物の影に隠れてしまった。


 見覚えのある女の子。

 それもそのはず。

 はじめて親同士を通じて会った女の子。

 ユエだ。


 クリっとした目は猫のように綺麗なアーモンド形をしていて、色素の薄い碧眼はまるで吸い込まれそうなほどに目を奪われる。

 まだ幼いにも関わらず目鼻立ちはすでに整い始めており、将来美人になることが簡単に想像ができた。

 つやつやとした天然銀髪という、前世では見たことのない幻想的な髪色も相まって、まるで妖精を目の当たりにしたかのように僕は固まった。


 そんな人形のような女の子は、そのまん丸の目で今も陰から僕をじーっと見ていた。


「えっト……僕の顔になにかツいてる?」


そう言葉を掛けた途端、ユエはさぁーっとどっかにいってしまった。


「なんダっタんダ……」


 僕は少し呆然としながらも、ゲームで激レアモンスターに逃げられた時のような悔しさに見舞われていた。


「よし。次は捕まえよう」


 イエスロリータ、イエスキャッチ!


 僕は前世では掲げられないスローガンを胸にした。

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