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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
継いだ命

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第7話 剣の修業

 崖の高さが日に日に増していき、ランニングの距離と悪路もまた悪化の一途を辿っている。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 この村では珍しい事ではないし、僕と同じくらいか、ちょっと上の子どもたちなんて、笑いながら崖を転がっていくくらいには当たり前の光景だ。

 ちょっとした大きさの石くらいに体を打ちつけたって今更どうということはない。

 この娯楽の少ない原始時代みたいな生活の中では唯一楽しめるアトラクションのようなものだ。

 ちょっと受け身をミスると大痣どころか大量出血を招くが、そんなのはご愛嬌だ。

 受け身をミスらなければ良いだけのこと。


「リオン!お前崖転げ上手いな!」


 四、五メートルの高さはある激しい勾配の崖を白い目で見上げていると、横から元気な声が聞こえて来た。

 最近よく一緒に崖を転がり落ちている一つ年上の男の子、ポランくんだ。

 ポランくんは僕よりのガタイが良く、将来のガキ大将候補だ。

 今のうちに崖友として仲良くしていた方が良いかも知れない。


「ぽランくんも……上手いよ?」


 僕のこの世界の言葉のイントネーションは、他と少し違う。

 くっきりと前世の記憶があるせいか、日本語の訛りがでてしまうのだ。

 言葉自体もまだたどたどしい。

 だから一部では僕のことを「知恵遅れ」と揶揄する大人たちも少なからずいる。

 それを聞いた子供たちも、言葉の意味を理解することなく、僕をそう揶揄ってくる。

 黒髪であることも影響しているのだろう。

 これだから村社会はイヤだね。

 でも大人たちは黒髪に対してはあまり言及してこないように感じる。

 彼らにとっては珍しいことではないのだろうか?

 不義の子なんて噂されたらあの優しい母が悲しむだろうが、母の村での立場も悪くない。

 そんな中でもこのポランくんは僕に対しても他と変わらない態度で接してくれる。

 根が良い子なのだろう。

 少し粗野な所もあるが、彼の性根を考えればそれもご愛嬌だ。

 

 ポランくんが僕の肩に腕を回した。


 「今度はかけっこで勝負な!」


 元気の良いポランくんはすいすいと崖を上って行って先にランニングコースへといってしまう。

 凄い身体能力だ。

 彼が特段優れているという話ではない。

 僕だって同じことができる。

 凄いというのはこの村の子どもたち全員が、という意味だ。

 この村の人間が特別すごいのか、この世界だからなのかは分からないが、地球上の人類では考えられない身体能力を有している。

 言語や精神の成長の仕方だって地球人のそれよりも早い。

 僕と同じくらいの子なんて、もうみんな流暢に喋っているくらいだ

 まぁ、魔力なんてファンタジー物質があるんだから今更な話ではあるが。


 「おーい。早くしろよー。おいてっちゃうぞー」


 下から見えない位置からポランくんの呼ぶ声が聞こえてくる。

 僕は崖を登るペースを上げる事しした。


 ◆


 最近楽しくなってきた「崖転げ」と「かけっこ」を終えた後、すぐにポランくんに別れを告げて、家へと帰る。

 ここ最近、その二つを楽しいと感じ始めている自分がいて、この村に染まってきているのを感じる。

 慣れとは恐ろしいものだ。

 だけど、苦行に感じるよりかは、慣れて楽しめたほうがいいだろうと僕は思う。

 ……その考えも危ういのかもしれないが。


 「がけころ」友達も出来て楽しくなってきた毎日に、再び悪夢が立ち塞がった。

 それはいつもの如く、父である。


 「剣だ」


 父の口数は少ない。

 子どもの言語習得の速度に影響するからもっと話して欲しいのだが、良く喋る父も気持ち悪いし、頻繁に話しかけられても嫌悪感しか返せないためこのままでいいかとも考えている。


「剣……?デすか?」


 僕は父に対して敬語で話すようにしている。

 あまり刺激したくないのと、あまり父として見ていないからだ。

 どうしてもこの仏頂面に、あの日の父の顔と手に伝わる冷たさを思い出して、嫌な感情が湧き出してしまうからだ。

 だから僕は普段から父に対しては距離を取って生活をしている。

 狭い家だからそれも難しいが、一定の距離は保つように離れている。


 崖から突き落とされるのも、走らされるのも、それらに父が付き合っていたのは最初の数週間だけ。

 僕が覚えると父はすぐに僕から手を離した。

 そして今日もまた、新しい虐待《教育》が始まるのだと予感して身構えた。


「お前。剣好きだろ」


 そう言った父が僕に小ぶりな木剣を差出した。

 子ども用のサイズだ。

 そりゃ、男の子なんだから剣は好きだ。

 前世の子どもの頃だって、近くの廃工場から鉄材を拾って、それを剣に見立てて友達とチャンバラごっこに明け暮れるくらいには剣が大好きなやんちゃっ子だった。

 小指くらいの細い枝ならスパっと切れるんだから、今となってはあれがただの鉄材だったかは自信がない。


 僕は父が差出した木剣を握った。


「おぉ……」


 木剣とは言え、柄を握ると男の子の本能が震える。

 中に鉄芯でも仕込んであるのか、木製とは思えない重量をしている。

 これを長く振るうのは骨が折れそうだ。


「表に出ろ」


 え?輩の喧嘩ですか?

 不安になるも、素直に後を追って外に出る。

 広めの庭で父と向かい合う。

 同じく木剣を握る父に対して嫌な予感がひしひしと伝わってくる。

 前世の子ども時代のようなチャンバラごっこに付き合ってくれるという雰囲気ではなさそうだ。


 「痛みと恐怖に慣れろ」


 父が《《ブレた》》。

 

 「は──────」


 消えた父に戸惑う暇もなく、痛みが襲う。


 「ガッ──────」


 何をされたのか分からずに地面を転がる。

 痛みに邪魔されて、得意の受け身も満足に取れない。

 さらに追い打ちをかけるように衝撃が小さな体に連続して見舞われる。

 肺の空気を全て吐き出してなお、えずくのが止まらない。

 チアノーゼ気味に視界が揺れる。

 恐らく今の僕は顔を真っ青になっているに違いない。


 父の攻撃がどう襲ってきたのかすらも分からなかった。

 目が追いつかない速度で接近した父の剣が僕の体を叩きのめした。

 その事実しか理解ができなかった。

 転がる中、残像のように視界に残った父の姿から、剣を振り上げたのだと言う事だけは予想ができる。


 「くっ」


 どうやら息が整う時間くらいはくれるらしい。

 なんともお優しいことだ。

 普通、こういう時は、剣に慣れるために軽く打ち合うのに付き合ってくれるのが、オーソドックスだと思っていたが……

 この父に僕の常識が通用するはずもないということか。


 痛みはびっくりするくらい早く引いていった。

 転がった時にできた擦り傷や打ち身の方がじくじくと痛いくらいだ。

 打ち付けられた胸は不思議と痛みが残っていない。

 殴られたというよりは、まるで放り投げられたような感覚の方が近い。

 おそらく、木剣が胸にぶつかる瞬間に力を抜いて、添えるように木剣で僕を投げ飛ばしたのだろう。

 そう考えるとこの感覚に納得がいった。

 それでも投げ飛ばす程の力だ。

 呼吸が苦しくなるのも当然の結果だろう。


 一連の出来事を自分なりに、そう分析する。

 しかし、そんな《《無駄な》》思考をしている暇などなかった。

 父の姿が再びブレる。

 しかし今度は最初よりゆっくりと。

 急接近してきた父になんとかフォーカスを合わせるが、追いつくのは目だけ。

 体が意識と目に追いつかず、防御することもできないまま、また投げ飛ばされる。

 やはり剣は僕の胸の前で減速しているのだけは分かった。


 「……ほぅ」


 「────あっ、がほっ……げほ、げほっ」


 息苦しさは最初と変わらない。

 しかし、吹っ飛ばされると分かっていれば、何とか受け身を取る事くらいには意識を向けることができた。

 それでも満足いく結果にはならなかったが、さっきよりは大分マシだ。


 「いきナり……ナにを」


 「新しい訓練だ」


 そんなことは分かっている。

 意思疎通の難しい赤子の頃とは違うのだ。

 これから何をはじめるか、言葉で説明してくれてもいいだろ。

 どうしていつも肉体言語一択なんだよ、このクソ親父は。


 それからも父の口から詳しい説明はなかった。

 そう言うものだから受け入れろと言わんばかりに、木剣で打ちのめされていった。


 やっと、崖にもランニングにも慣れてだんだんとこの生活がマシだと思えるようになってきたところだと言うのに。

 僕は傍若無人に振舞う父が、さらに嫌いになった。

 

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