第5話 同い年の女の子
初めて崖(誇張表現)から突き落とされてからというもの、時々帰ってくる父はその虐待染みた村の変な風習を毎回僕にやってきた。
繰り返されるごとに、僕は自分の体が痛くならないようにするための受け身の取り方を文字通り体で学んでいった。
今では落ちてすぐにケロッと起き上がることができるくらいには、滑落耐性が身についている。
だからと言って、強く蹴りだすのだけはやめて欲しいが、父の顔が怖くて言えない。
転げ落ちた時の痣よりも、背中の蹴り痕の方が体にはくっきりと残っている。
いや、これはもう十分に虐待で児相案件でしょ。働け国家。
僕は直接文句を言えない父に代わって前世の行政に愚痴を吐いた。
僕の周りにも僕と同じような子どもがいるが、不思議なことにみんな楽しそうに滑落していっている。
保護者さんも子どもと一緒になって楽しそうだ。
……いや、滑り台じゃないんだから。
僕は一瞬、自分がいる場所が休日の公園なのではないかと錯覚しかけたが、こんなバイオレンスで遊具の一つもない公園があってたまるかと頭を振った。
僕の感覚からするとここにいる子どもも大人も全員がアタオカ判定なのだが、周囲の奴らは暗い顔の僕を見て心配そうな顔をしている始末だ。
ここでは僕がおかしいらしい。
納得がいかない。
その後も異様に強く蹴り飛ばしてくる父に怒りを抱きながら、僕は何度も高い段差を転がった。
背中が痛い。
◆
父がいないときは至福の時間だ。
優しい母が僕を暖かく世話してくれる。
そしてつい先日から、母が僕に新しい事を教えてくれた。
今日もそれを教えてくれるらしい。
それは不思議な力の流れ。
母の手を握り、熱い何かが自分の中に流れ込んでくるのを感じ取る。
それを何度か繰り返し、休憩し、そしてまた繰り返す。
それが何なのか、言葉を理解できない僕には分からない。
便宜上魔力と言ったところだろうか。
こんなスピリチュアルな感覚、前世では一度も感じたことがないから、この世界特有の現象なのだろう。
この感覚を前に一度感じたことがあるような気がするが、しかしそれを上手く思い出せない。
僕は母から体の中に流された何かを感じ取ってから、それとは別のエネルギーを自分の体から感じ取ることができるようになっていた。
母のしてくれたことはおそらく、自分の中にあるそのエネルギーの自覚を促すものだったのではないかと僕は推測した。
僕はそれを動かそうと色々と試す。
すると、ズズッと、何かが動いた。
芋虫が体内を這っているような感覚を覚えて気分が悪くなってしまった。
母が初めて僕に魔力を流してから、毎日のように操作の訓練を行っているが、このやり方であっているのか、上手く行っているのかすら分からないままだ。
言葉が分かれば練習の仕方も間違わないだろうに。
早く言葉が分かるようになりたいが、いかんせん、僕の英語の評価は2だ。
外国語を学ぶ能力は決して高くはない。
言語理解みたいなチートはなんでないんですか?神様。
僕は体に虫が這う不快感と一緒に、神様に不満をぶつけた。
◆
言語習得は難航しているが、それ以外の覚えは幼子らしくとても速い。
魔力の操作も一か月が過ぎた頃には満足に動かせるようになっていた。
虫が這うようなあの不快な感覚も今はない。
スムーズになった魔力の流れに一入の達成感を感じた。
僕がこの世界に来てから初めての努力の成果と言えるものだからだ。
最近では魔力の流れをコントロールできるようになった。
まぁ、だから何だと思うかもしれないが、遊ぶものがないこの世界では、幼児の僕が唯一暇を潰せるのがこの魔力を使った遊びなのだ。
できるからなんだ、というよりも、遊んでたらできるようになったが正しく、そこに目的も理由もない。
いや、一つ成果物があった。
魔力の流れを早くした時に、母の体が僅かに光って見えるようになったのだ。
僕の感覚的に言うと多分、光って見えるものは魔力なんじゃないかと思う。
母がいつものように僕の手に魔力を流し込もうとした時に、それを見て、自分の中に光が移動しているのを確認した。
僕の感じる体感的な所と視覚情報がマッチしているから間違いないと思う。
魔力が見えるようになったことがこれからどう影響するのかは分からないが、あって困るものでもないだろう。
むしろ魔力の操作ごっこで習得できるものがあると分かっただけで身の入り方が変わってくる。
ただの暇つぶしが目的を持った暇つぶしにかわるのだから。
母が今日も僕の体に自分の魔力を流しこんでくれる。
それを改めて観察すると、母が流し込んできた魔力が僕のものになるというわけではことが分かった。
一旦僕の体を経由するだけで、母の魔力は再び母の体へと戻っていってしまうのだ。
僕に魔力の感覚を覚えてもらうための刺激を与えることが目的なのだろうと推測できた。
この世界で生きるために必要なスキルなのかもしれない。
僕が母に感謝していると、玄関にノックの音が響く。
一瞬父が帰ってきたのと思ったが、あの亭主関白な父がわざわざ家の扉をノックするはずがなかった。
母がよそ行きの声で扉を開けると、そこには同じ銀髪姿の女性が子供の手を引いて立っていた。
子どもの手を引く傍らにはかぼちゃのような見た目の野菜が抱えられており、母がそれを嬉しそうに受け取っている。
野菜はこの地域では貴重だ。
それを気前よくおすそ分けしてくれると言うのだから母がこれだけ喜ぶのも無理はない。
母が僕を手招きする。
「─────……──────」
母が何かを僕に言う。
しかし、いまいち何をいっているのか分からない。
苦笑を浮かべた母が、同じ言葉を繰り返した。
「リオン。──────。──────。──……」
最後だけは音が違った。
とんとん、と背中を優しく叩いたタイミングからして多分、最後のは何かを催促ような言葉だと思う。
自然と母の繰り返した言葉を僕は口にした。
「あぃあよ?」
「──────」
母がまた繰り返す。
今度はさっきよりもゆっくりと。
「ありあと……あいがよ?」
母のように上手く言葉を発することができないが、僕はその拙いままの言葉を向かいの女性に向けた。
「あいがとっ」
今まで一番うまく話せたと思う。
向かいの女性が暖かく笑って僕の頭を撫でてくれた。
成人男性としてのプライドが僅かに傷いた気がした。
……いまさらか。
上から頭を撫でられて、自然と俯いた僕の目が、幼女の目と合う。
くりくりとした青い瞳をした大きな目に、それを飾る長い睫毛。
雪のように白い頬は赤く色づいていて愛らしい。
そしてこの村の住人たちの例に漏れない銀髪の幼女の姿はまさに妖精と呼ぶにふさわしい姿。
はじめてあった同年代の女の子に僕は目を奪われた。
……いやロリコンとかではないけれど。
お人形のような見た目の子を見れば誰だってそう思うはずだ。
将来は絶対とびっきりな美人さんになるに違いないと。
「──────?」
「?」
母のように流暢な言葉に驚く。
成長が早いのだろうか?
僕が驚いていると、その子は自分のママの後ろに隠れてしまった。
恥ずかしいのか、太ももにべったりと顔をつけてこちらを見ようとしない。
子どもらしくてつい笑ってしまった。
「──────……──────」
母が僕に感謝を促した時みたいに、その子のママが自分に隠れる女の子に何かを促すように頭に手を置きながら何かをいった。
「──────」
「?」
僕は上手く聞き取れず、首を傾げた。
その分かりやすいジェスチャーに女の子も同じ言葉を続けてくれる。
「※エ───、ユエ」
ようやく聞き取れた。
彼女は自分の自己紹介をしていたのだと僕は気付き、そしてそれが名前だと気付く。
だったら僕も返さねば
「リオン……リオン!」
大きな声にびっくりしたのか、彼女はまたママの後ろに顔を隠してしまった。
恥ずかしがり屋の子に元気よく行き過ぎた。
僕は少し反省した。
これが僕とユエの初めての出会いだった。
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