少年は未だ帰路の前
────後三人年だ。子どものお前にとっては先のことかもしれないが、それはすぐに来るぞ。
エクルットさんの家から出るときに言われた言葉が酸っぱさの残る口の中に反芻する。
言われなくたって分かっている。
僕だって前世から数えるとそれなりの歳になるんだ。
ヴィリムくんたちのように一日を長く感じる感性などとっくの昔に失っている。
三年なんて、僕にとってもあっという間の時間だ。
勝利の余韻と彼らと仲間になれた喜びに浸っていた僕に、エクルットさんは容赦なく現実を突きつけてきた。
幸せに火照る体に井戸水をぶっかけられた気分だ。
あの人のせいで、僕の手は今震えている。
体から酩酊感が抜けたことによって、腹の底から蘇った殺害の感覚が一気に僕を襲った。
「ルイナさんに悪いことしたな……」
今日はたくさん殺し過ぎた。
最後のホブゴブリンなんて、見るも無残な殺し方となった。
敵だ。後悔はない。やらなければこっちがやられていた。
僕だけならいい。でも他の子たちが怪我を───殺されるなんてあってはいけない。
だから、あれは仕方がないこと。
あぁ、自分が嫌になる。
もうこんな、自分に言い聞かせるような言葉を何回口の中で繰り返したか。
どうして単なる魔物相手に僕はこうも罪悪感なんて抱いてしまうのか。
この村に全く合っていない自分のどうしようもないこの性分が、僕は嫌いだった。
「リオン?」
ユエの声がした。
木々の中から出ると、そこには暗い顔をした彼女の姿があった。
誰が彼女をこんな顔にしたのだろうか。
僕の中の義憤が燻った。
「やぁ、ユエ。聞いタ?今日ね、僕すっごく活躍しタんダよ」
彼女に笑顔になって貰いたくて、僕は努めて明るく振舞った。
僕は顔に出やすいと彼女が言うのだから、目一杯に。
「聞いた。大丈夫?」
彼女が目の前までやってきた。
いつも近いが、今日は一段と近い。
肌と肌が触れてしまいそうなほどに。
「……ッ」
彼女の伸ばした手が、僕の手に触れそうになって、僕は咄嗟に手を引いてしまった。
触れたら、触れてしまったら、この醜い心の中が筒抜けになってしまうのではないかと、そう、怖くなったから。
そんな僕を見ても、彼女は何も言わない。
距離を保ってくれている。
流石はユエだ。
僕のことを良く分かっている。
「大丈夫ダよ。怪我は特にしてないから。流石に疲れタから、もう帰って休みタい……かな」
僕はそう言って、ユエの横を通り過ぎる。
これ以上は持たないと、そう思った。
「リオンッ」
切羽詰まったような声に、僕の足が止まる。
「リオンは……変わらなくていい。そのままでいてほしい。今のリオンが……私……」
言葉が止まる。
嬉しい言葉だ。
そのままでいてほしい。
これほど自分というものを肯定してくれる言葉があるだろうか。
それでも、今の僕にとってその言葉は──毒でしかなかった。
「ユエ。もうそろそろ大雪の時期ダね。もう、震えるほど寒くなってきてる」
「リオン……」
「空を見て。今晩にでも大雪になってもおかしくない天気だ。ユエ。もう帰ろう。風邪を引かれタら僕がユエのお母さんに怒られちゃう」
「……うん」
ユエは僕の顔を見てくれなかった。
せっかく渾身の笑顔を作って見せたのに。
ユエは俯いたまま、家路に着いた。
後ろ姿を見守る中、彼女は何度か立ち止まりながらも、振り返ることはなかった。
「変わらなくていい……か」
変わらずにいられたら、それが僕の一番の幸せなのかもしれないな。
彼女の願い通り、その道は残っている。
特使になる道だ。
そうすれば、僕はこの甘ったれた口で綺麗言を宣うだけの人生でいられるかもしれない。
でも……
───今日からお前が俺らのリーダーだ!よろしくな!
「重たいなぁ」
僕の弱音は白い息と共に寒空の下へと消えた。
あとがき
これにて第二章は完結となります。
数話の幕間を挟んだ後、第三章へと続きます。
次章はリオンくんにとって決定的な章となるでしょう。
まさに運命の分かれ道を描いた章になるでしょう。
そう間を置かずに再開する予定ですのでブックマーク、高評価、感想コメントをどしどし送ってください。
特にレビューが貰えたら飛んで喜びます。
それでは皆様、幕間の後、第三章「騒乱に押される背中」でお会いしましょう。




